あの日から逃げ出したのは、ほんとは俺だった。
「これは夢です。初めまして、レッドさん」
鋭く冷めた冷気を感じさせる口調で、後輩に良く似た彼は、現れた。
「全然あの人とは似てないけど、世界が違うから、そんなものなんでしょうね。」
思考を共有させようなんてしない、作業を確認するだけの一人言を、彼は面面と紡ぎ続ける。
瞬間、突き離すような、鋭い紺の眼光が、俺を捉えた。

「僕は貴方が憎いです、」
バトルに勝っても彼の餓えたような紺の煌めきは失われることはなく、俺に人差し指を突き付けて、言った。
「こんなにも求めてるのは、貴方だ。違うでしょう、差し出した手を握ったのは確かに貴方で、それなのに貴方が金を手放したんだ。」
指先を手で避けた、俺を弾くように彼は一歩後退り、小さな手を振って笑った。
「…さよなら、あの人の破片、欠片、違う世界のレッドさん」
「   、」
ぐにゃりと視界が揺らぐ。
歪んだ世界の中、沈み行く俺はなにかを呟いた。
内心から浮上して、目が覚めた時、紺の彼の記憶は酷く曖昧で。何が、なんて分からない、何を、なんて知らない。それでも、確かに彼は俺を否定したあの冷たさは、この胸の内で、確かに燻って。
誰に言う必要は無いけれど、あの日俺が手放した、あの手をもう一度握って、聞いて貰いたくなったんだ。

駆け出した、この日を、俺は忘れない。



(SP赤と響。)




お前は虚無に沈んだあの日を覚えているだろうか。
「ゴールド!」
その手を掴んで、両手で握り締めて、名前を呼んだ。
木に寄り掛かって、寝ていた彼は驚いて飛び起きた。
「………ゴールドです、」
何を今更、紺の彼と間違えて何か居ない、知っている、お前はゴールドだ。
「俺はレッドだ。」
握った両の手を木に押し付けて、覆い被さるように額同士を付けて間近で金の瞳を見た。 
「好きだ、ゴールド」
あの日、差し出された手を手放した俺を許して欲しい、握った手を離して逃げ出した俺を受け止めて欲しい。
わがままで、ごめん。
俺は虚無に沈んだあの日を塗り替えて、今日この日、幸せになろうと、伝えるために走って来たんだ。
だからあの日、放棄した答えを聞いて、その答えをちょうだい。
「いっしょにいこう、ついてきて。」


あんたは幸せに包まれたこの日を覚えているだろうか。



(SP赤とSP金。)








「…ん、?」
寝返りをしようとしたら動けなかった、何だか窮屈であったかい。
「…ヒビキ、」
頭上から声が降ってきた、身を捩って顔を上げると眠そうなレッドさんと至近距離で目が合った。
「おはよう、ございます」
「…まだねむい。」
欠伸を噛み殺して呟かれたその緩やかな口調に笑った、そう言えば。
「変な夢、みたよ」
「えっ、レッドさんも?」
驚いて身動ぎしたら膝がレッドさんの身体に当たったらしく、鈍い音がした。
「あっ、う、ご、ごめんなさい…」
「いい、…もう少しだけ寝ようか、ヒビキ。」
有無を言わせずレッドさんはぎゅ、っと俺を抱き締めた。レッドさんの固い胸板に頬を付けて、俺は目を瞑った。
彼と彼はきっと、繋がった筈だ。
あたたかい春、うららかな優しさを、柔らかな心音に感じながら俺は小さく囁く。
「おやすみなさい、レッドさん」
まどろみのなか、落ちた日を思い出す。
「…おやすみ、ヒビキ」
貴方に落ちたあの日のことを、僕は忘れない。



(初代赤と響。)






     

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