絡まって、捕らえられて、
なら、離せないと、笑ったあの顔に。

安堵したなんて、嘘だ。




.5/ジャーファル

「どうか、留めて、おいて、ください」

ぐじゃぐじゃになった顔を両手で隠しながら彼は泣いた、背中を丸めて肩を下げて必死に小さくなろうと無意識上に抗う姿は悲惨で、いたたまれなかった。優しく、その震える頭を撫でて、言葉の追求を促す。

「アリババくん、泣かないでください、どうしました?どこか、痛いですか?」
「ちがいます、すいません」

涙で濡れた手で私の肩を押して距離を再度保った、戸惑いながらもその腕を掴んでそっと顔を覗き込んだ。真っ赤に目元を染めて、ぼたぼたと涙を溢す彼になんと声をかけていいか、分からなくなった。

「片隅で、いいんです、一部だけでいいから、ほんのすこし、ひとつまみ、だけでいいから」

俺を貴方の心に残して、
はくはくと吸い込めない酸素を唇を開閉することで微量でも体内に吸収して、アリババくんが嗚咽を飲み込んだ。そうしたら、生きていけるから、と涙を流す彼に言葉を返せなかった、返せなかったけど、手離せなかった。

「……それ、は」


それは、もしかして。

「君の、恋愛感情が、含まれてます、か」

問い掛けでは無かった、疑問では無かった、確信が合った、言葉にしたのは実感を伴うためだった、アリババくんを責める気なんて一切含まれてなかった、けれど。

「、」

呼吸を喉の奥で詰まらせて、傷付いたように瞳を揺らがせた彼が耳まで真っ赤にして、私を突き飛ばして逃げたから、ああ、なんだ、なんだ、ああやはり。

それは、君の拙くて幼稚だけれど、確かな恋心なんだね。


(私は、)

(それを守って、やるべき?)

君の可愛い恋心を今までと同じように優しく優しく優しく、大事に守ってあげたら、君は、嬉しい?


.4/アリババ
恋心が可愛らしいなんて、誰が形容したんだろう。
甘くて優しくて柔らかい、蕩けそうなものだと、思っていたけれど、そうではなかった。
恋心は辛くて痛くて気持ち悪い、けして綺麗な感情ではない。

張り裂けそうな心臓部分を服越しに抑えた、浅い息を繰り返しながら火照った熱を逃がそうと、寄り掛かった木の根元にずるずると座り込んだ。

ハッキリと、好きですとは、言葉にしてないが、もう、見透かされているだろう。
それでも曖昧なままにはするよりは幾分かマシかもしれなかった、だけど、けれど、

(こんな汚い感情の塊を、恋愛感情だなんで、形容、したくは、ねーな。)

他人を手に入れたい、自分のものにしたい、束縛したい、それが出来ないなら、せめて、留めておいて欲しかった、あの人に、俺という存在を他と同じように見て欲しくはなかった、我が儘だった、自分勝手な感情を押し付けていると解っていた、それでも、それでも。

「片隅でいい、一部だけでいい、ほんのすこしで、ひとつまみだけで構わねーから、俺を特別にして、そうしたら多分、もう手離せるから、そうしたら、きっと」
「それを本人に言って下さい」

膝を抱えて目を閉じていたから、反応が遅れた。声が聞こえた瞬間、反射的に腰を上げて逃げようとしたが両肩を掴まれて体重が乗せられた。へたりこんだアリババの足と足の隙間に膝を着けて屈んだジャーファルが困ったような顔で、自分を見詰めてくるから、見たくなくて視線を反らした。

「アリババくん、」
「ジャーファルさん、おれ、ぜんぶは、いらないです」

全部欲しいだなんて、欲張りなこと、言わないし、言いたくない。貰ったものを俺は返せない、だから、一回だけ、一言だけ、ひとつまみ、だけ、砂糖みたいな、甘い塊が欲しい。


「ただ俺は、い、一回だけの、か、身体の関係、みたい、な、一度だけで、いいから、嘘でいいから、甘い言葉が欲しい、全部はほしくない、いらない、必要ない、だから、嘘で、いい、から」
「……それで、いいんですか」

ジャーファルさんが困ったような、泣きそうな顔をして、それから、びっくりするくらい、綺麗な顔で、微笑んだ。


「戯言でしたら、はなせません。」


.3/ジャーファル
恋心が可愛らしいなどど誰が形容したのだろう、甘くて優しくて柔らかい、蕩けそうなものだと、誰が嘯いたのだろう。
恋心は、舌先でざらりぐじゃり、砕けて爛れる砂糖の塊なのだと思う、砂糖ならば甘いのかと錯覚しがちだが、甘いは、質量によって、痛い、に変化する。口一杯に拷問のように糖分の塊を詰めて、咀嚼させる。噛んではぐじゃりと砕けて、ざりざりと溶けきれない粒が擦れて、舌をぴりぴりと刺激する、飲み込もうとしても喉の奥で絡み付いて、じりじりと焦がしていく。

恋心は辛くて痛くて気持ち悪い、けして綺麗な感情ではない。


綺麗、って、なんでしょうね。

例えば傷ひとつない真っ白な肌?例えば湿った真っ赤で妖艶な唇?濡れた睫毛で伏せられた瞳?傷みが無く、さらりと透き通るような髪?吐き出される喘ぎ混じりの吐息?
私が君に向ける感情?
君が私に向ける感情?

馬鹿馬鹿しい。

腹を指先で撫でて真新しい傷口をなぞった、皮が裂けてかさついた唇を舐めて、視界に映る全てを拒絶したがる、閉じられた眼球を睨み付けた。もう片方の手で汗ばんだ髪を指先に絡めて動きを制限、否定ばかり吐き出される唇を噛み付くように食んだ。
私が君に向ける感情?
君が私に向ける感情?

(はなせなくとも、君は抱けますよ。)

矛盾だらけだ。

綺麗なものだなんて、ひとつもなかった。


(きたない。)



.2/アリババ
「口開けて、舌出して」

脳に到達した言葉に素直に従って口を開いておそるおそる舌を出した、膝の上でぎゅうと両手を強く握って羞恥を堪える。

「そのまま、目を合わせて下さい」

伏せていた瞼を持ち上げ、滲む視界で声の持ち主にピントを合わせる、指先が伸ばされて頬をすう、と撫で、耳の後ろを指で弄り始めた。

「ふ、ッ」
「口閉じちゃ、駄目ですよ」

ぞわぞわと未知の感覚が背筋を這うように身体を侵食する、優しく宥めるような声なのに、有無を言わせないような圧力と迫力を感じて、脳を痺れさせて、内側から犯されているような気分に陥る。開きっぱなしの口から舌を伝い、唾液がぽたぽたと、握った拳の上に落ちた。恥ずかしい、恥ずかしい、浅ましい自分の姿を、好きな人に、見られている。こんな自分の情けない姿を見て、なんて、想っているのだろう、解らない、すっげー恥ずかしい。
想い合っていれば、こんな、こんな心配しないんだろうな。相手を信じられる関係だったら良かったのに、俺にはジャーファルさんが何を思って、誰を想って、何を感じて、俺をどう見ているか解らない、利害一致の関係ですら、無いからだ。

それに必死にすがりついたのは、俺だけど。

ぽたぽたと涙が垂れた、耳を弄っていた指先が顔のラインをなぞって涙と唾液で汚れた俺の顎を掴んだ、少し上に傾けて生ぬるい指先が唇に触れる。


「アリババくん」
「?」
「"あ"」
「ぅ、あ?」

母音の形に口を開いた瞬間に、歯が固いものに当たってがつりと音がした、舌をちゅうを吸われて、目尻に溜まった涙が衝撃で全部落ちて、クリアになった視界が思考より先に現状を、確かに捉えた。

「ひ、」

思わず驚いて腰を引いたがするりと背中と頭に回された腕が俺の動きを阻止した、うなじの髪の毛をざらりと掬って、ぐ、と逃げないようと力が込められた。

「ぅ、っう、あ」

口を閉じようとしたら唇を噛まれた、舌を押し付けるように絡めて、飲み切れず溜まった唾液をごくりと喉を鳴らして飲んだ音に泣きたくなった、歯をなぞる舌先にぞわぞわと肌が泡立つ、こんなキスは知らない、お互いの酸素を奪い合うような、こんなキスは知らない。
苦しくて途切れ途切れに名前を呼んだがそれさえも飲み込むように深く口付けられた、また滲み出した視界がぼやけながらも捉えたのは何処か楽しそうな、ジャーファルさんの表情だった。

見なきゃ良かった。


.1/ジャーファル
泣いて喚いて叫んで、拒否して否定して抵抗して、遮断すれば良かったんだ。
(今更遅いけどね、お互い。)

アリババくん、
私が君の背中を追ったのは手離せなかったから、だ。
君の拙くて幼稚だけれど、確かな恋心を、守らなかったのは私も、君と同じ、感情を抱いていたからだ。


知っているかい、アリババくん。

君の脳を耳を体を心を犯すように放たれる私の言葉には、汚い穢い、思惑が合ってね、私はね、君の意思を略奪したいんだ、君が拒んだり否んだり抗ったり断ったり、私から逃げたり、そんな思考をね、自由をね、奪いたくて仕方無いんだ。
だから少しずつ少しずつ、少しずつ、洗脳するように、調教するように、暴力を奮うように、君を蝕んでいこうと思って。

君が私の全てを欲しがるように、ね。

(君が全部欲しくないと、私に言った時、私がどんな心情だったか、君には理解、出来る?)
これもね、君と同じ恋心なんですよ。


知ってたかい?


(大人はきたないんです。)



.0/ジャーファル




好きだよ、と結論的に、多分。
言ってしまえば楽だった。
けれど、絡まって、捕らえられて、それなのに全部欲しくない、と。

拒否されて否定されて抵抗されて遮断された私には、こうやって君を略奪することしか残されていなくて。
本当は、君の恋心を誰よりも、私が大事にしてあげたかった。


1221/見事に失態。
BGM:サイノウサンプラー
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