キルアはギャンブルや賭け事が好きだ、本人にそれについて言わせれば「当たるか外れるか、奪えるか奪われるか、掛け金の価値、勝敗の行方、スレ切れる感じになんつーかドキドキする、っていうかめっちゃ興奮する」らしい。

「ふーん?」

ゴンには半分くらいしか理解出来なかった、ので、相槌を濁して首を傾げることで疑問を露にした。それに苦笑しながらもキルアは口内に真っ赤な飴を放り込んで口を閉じ、それ以上の細かな説明を放棄した。

「今さあ」

コロコロと口内で転がる飴は、喋ろうと動かして吐き出した言葉の邪魔をして、ふやかしたような曖昧な言い方に変化させた。

「すげえほっしーもんがあってさあ」
「またギャンブル?」
「そ、次はでっけー賭けをする」
「リスキーダイスみたいに命とか賭けるのはやめてよね」
「んー、どうだろ」
「なにそれ」

がり、と唇の端から零れた砕ける音をゴンが耳で捉える。並んで歩いてはずのキルアは数歩分の間を開けて歩みを止めていた、ゴンが振り向いて同じように足を止める。

「賭け金を、ゴンは聞きたい?」
「聞きたい」

「俺の心臓と人生」

真っ赤な飴玉を噛み砕いて飲み込んで、ゆるりと弧を描いた唇は飴玉より真っ赤で思わず目を引いた。笑んだ唇が投げた言葉はあまりにも衝撃に満ちて、何も返せなかった。

「ゴンも応援しててくれよ?」

応援するしか無いだろう、それは。どうしようも無い一番の友人に頭を抱えたくなった、ついでに一発殴ってやりたくなった。

なんてどうしようもない。

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「キルアのあほ」

本人が居ないこの場で悪態を呟いたって意味は無い、それでも言わずにはいられなかった。貰った飴玉を指先で弄りながら投げ出した足で空を蹴った。ひゅんと風を切る音すら苛立つ要因として体内へ蓄積された。

「あほばかキルア」

人がせっかく心配しているのに、学習しない、いつもこちらを振り回しては置き去りにして、気付いたらあの憎たらしい笑顔でまた振り回して、繰り返し、繰り返し。なんてひどいやつ!
ホテルの安物のベッドに身体を沈めながら内心で燃えたぎるような憤慨を持て余す、飴玉の封を切って口に放り込み、糖分の塊を転がした。

ころころ、ころり。

(いつだって、キルアはそうだ。)

置いていかない、と諭す癖に、自分自身を置いていく、並べてくれない、自己犠牲の自己防衛の自虐的な後回し。引っ張るのは、いつだってゴンの役目だったはず、足を揃えて歩みたいと思っているのは、自分だけだと、遠回しに告げられたようでなんだか。

「……ばかキルア、」

さびしいよ、とは言葉に表せず。

相対、言葉が足りない繊細を聞きたい、心配を建前にした口論は激しさを増し、お互いに一旦休戦。頭を冷やすとキルアは外に行った、きっと明日になればまたいつもどおり、いつもどおり、だけど。

心臓と人生を賭け金にした博打を止めようと思った、駄目だった。ならば巻き込まれようと思った、拒否された、不貞腐れて駄々を捏ねて却下したくなった、無駄だと思った。

(いつだって、いつだって、キルアは、)

がり、っ。

(いつだって、俺を、)


「……キルアのあほばーか!!」


飴玉を砕いてゴンがつらづらと内心で吐き捨てた言葉は彼自身にも当てはまることを指摘する人物は今はここにいない。


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何よりも欲しいものがある。

欲しくて、欲しくて、奪いたくなった、手元に欲しくなった、所有されたくなった、束縛されたかった、欲しい、欲しい。どれだけ時間をかけてもいい、どれだけの浪費を惜しんだっていい、それを得るためだったら、その分の損失だって喪失だって、構わない。

(欲しい、欲しい。)

札を並べろ、弾を注ぎ込め、駿馬を走らせ、ハズレを引くな、洗牌開始、ジョーカーを奪え、ダイスを降れ、勝敗を揺らそう、賭けをしよう。

(なあ、ゴン。)

(お前には、解る?)

一世一代の、賭けをしよう。


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「ゴーン」
「なーにーキルアー?」

3日間、様子を見た。
変化は無し、溜め息を吐きたくなった、3日間の間にゴンの頭が思考のし過ぎで数回ほど、ショートして爆発した。

「菓子食いたくねえ?」
「食べたい!」
「じゃあジャンケンで負けた方が買い出しな」
「結局そういうオチかー!」
「ったりめーだ!勝負に情けはねーぜ!最初はグー、ジャン、ケンッ」
「ちょっとま、早い!ずるい!キルアせこい!」
「ポンッ!」
「ポ、ンッ」

「あいこで、ショッ!」
「あいこでショイッ!」

「あいこでしょー!」
「あいこでショイヤー!」
「ッチ、あいこでショショーイ!」
「意味わからなー、ッショ!」
「うるせーわかれっしょ!」

「あいこで」「ショイッ!」
「あーいこーで」「しょーい!」


「……キルアしつこい!」
「お前がな!」
「なんでこんなにあいこなわけ?」
「ズルしてんしゃねーぞゴーン?」
「するわけないでしょ、するならあいこじゃなく勝ってる」
「だーよなァ?」

仕方ねー、とジャンケンは打ち切り。立ち上がって、もこもことした厚手のジャンパーを羽織ったキルアが靴紐を結び直した。布が擦れる音を聞きながら、ハンガーに引っ掛けたマフラーをゴンは自分の首に巻いた。

「はーあ行くか」
「うん」
「さみー、なあゴンそのマフラー貸して」
「半分個する?」
「いや寄越せよ」
「じゃあいやだ」
「ケーチ」


今日もいつもと変わらず、だるそうに背中を丸めたキルアにゴンは笑って二人で買い物に出た、変化は無い。


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「ごーんごん?」

一週間、様子を見た。
変化は一切無し、頭を抱えたくなった、多分一週間の間にゴンの頭がショートして爆発した回数は、数回を越えて数十回の域に到達した。

「……なに、キルア」
「オレンジと炭酸どっちにするよ」
「どっちも好きだからどっちでもいーいー」
「俺もすーきー」
「んん?」
「うん?」
「……うん?」
「ゴンが両方好きなん知ってる、だから俺も好きだからゴンも好きなやつ選べよ」

気のせい、気のせいだろうか。日本語がっていうか言語がっていうか、文体がっていうか、なんだか、色々、可笑しい気が。違和感は残るが追求するのは止めた。


「じゃあキルア、」

が、むしろ選んでよ、と人差し指を本人へ向けたはずが、ふたつのジュースの缶が不意に落下したので咄嗟に両手のひらで受け止めた。

「あっ、あぶな、あぶないよ!」
「ご、」続かない言葉に疑問を抱いたゴンが缶を回収し、キルアを見上げようとしたら「うわ、」両目を塞がれた、見えない、「見んなボケ!」言葉は繋がれたが、まだ揺らいでいる。

「どうしたの」
「なんでも、なんでも、ねえ、」
「……そうなの?」
「そっ、そうだ、よ!」

(嘘吐き、本当は照れ隠し?)


「うそだ、」
「うそ、じゃねえなんでも、ねえし」
「ね、教えてよ」

俺も、そろそろ限界なんだよ。


「解らないことばかりで、全部、キルアのせい」

何度も何度も振り回されて、どうにもこうにも、そろそろ、頭が爆発しそう、なんとかしてよ。
両目を覆う手を剥がしてようやく見上げたキルアは驚いた表情で白くて整った顔を彩りながら、頬を赤く染めて、あ、かわいいと素直に思った。


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「言ってよ、教えてよ、全部」

剥がした指先を逃がさないようにぎゅうと握り締めればぴくりと震えた、キルアの唇がふるふるとわなないて、静かに零れ落ちた単語をひとつひとつ、ゴンは拾い上げた。

「欲しいもん、が、ある」

見透かすように真っ直ぐにゴンの瞳がキルアを見上げて、こうなりゃ維持だと乗せられた意思、敗けを認めたのはどちらだったのか、それでも手遅れ、落ちたのはもはや両方だったのだから。

「何がほしかったの?」
「……ゴンの、ここと、」

するりとゴンの手から逃げたキルアの片方の手が、撫でるように伝うようにそろりとゴンの服を滑り、左の胸で動きを止め、心臓がある位置を指先で軽く押した。


「お前の人生、が」


「……そっか、そうかあ」
ぎゅうと手を握り直して縦にぶんぶんと揺らした、それだけじゃ物足りなかったので思わず抱き締めた。数秒後に羞恥が沸き上がったキルアがゴンの頭をはっ叩いた。

「お、おいッ!?離せよゴーンー!?いてえ、いてええ!!」
「うん、うん」

うん、キルア、俺の。


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何よりも欲しいものがあった。

欲しくて、欲しくて、奪いたかった、手元に欲しくなった、所有されたくなった、束縛されたかった、欲しい、欲しい。どれだけの時間を、年月をかけてもいい、共に居れるならば、それだけでむしろ満足だった。
贅沢言うなら一緒に死を迎えたいな、なんて。だから、どれだけの浪費を惜しんだっていい、それを得るためだったら、その分の損失だって喪失だって、構わないと思った。


そんなこと、思えた奴、始めてだったんだ。
置いていかない、と笑う癖に、どんどん無鉄砲に前に進んで俺を置いていく、止まってくれない、自己中心の自己主張が強い馬鹿な奴。引っ張るのは、いつだってお前の役目で、だからお前の危機には、数歩後ろで冷静に察知して手を引いて、止めてやろうと思った。ずっとそうしてやりたいな、って考えた。特別だった。


(欲しい、欲しい。)

札を仕舞え、弾は切れた、駿馬は走らない、アタリを引いて、麻雀終了、ジョーカーは手元に、ダイスは降らない、勝敗は掲げられた、賭けはもう止めにしよう。

(なあ、ゴン、お前にさ、)

俺の人生を託していいかな。

抱き締め返せば確かな存在がただ傍に。うん、お前の人生と、お前の心臓はありがたーく俺が頂くことにする、うん、じゃあ交換条件、成立ってことで。


うん、俺の、ゴン。


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「はい、だから俺の勝ち」

嬉しそうに仄かに赤く熟れた頬がいつかの真っ赤な飴玉を連想させて、美味しそうだなあ、と思って、なんだかはめられた気がして少し悔しかったからその頬を指で摘まんで伸ばした。

「キルアの自爆のような気がする」
「いいの、俺の勝ち、カチカチ」
「はいはいカチカチ」

赤い頬に、噛み付くとか唇を押し当てるとかまだ、そんな甘い選択肢はゴンには存在しない、けれど緩んだ顔がそれ以上に甘さを確かに伝えるから今はこれで構わないのだと思う、今は。
(まだ、お互いに子供なんだから、いいんだ、たくさん遠回りしても、いいよ。)


「キルア」
「なに?」
「キルアって案外めんどくさいね」
「まわりくどいと言え」
「用意周到くらいに変えなよ」
「うるせー!しかもそれもなんかちげーし!」
「あーもう!うるさいなー!」


ほんっとうにどうしようもない、お互いに。


1208/あのこがほしいの。
BGM:ポーカーフェイス

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