(人は左脳でくっそ下らねえ理屈をかき混ぜて捻らせてるらしい、そして右脳で感覚を司るらしい。)
だからジュダルの思考は常に右側に片寄る。
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戦、桃、強い奴、面白いこと。
好ましいもの。
退屈、説教、人間、つまらない奴、弱いこと、馬鹿、めんどくせえこと、逃げるバカ殿、小難しい話、あと拝謁もくそくらえ。
煩わしいものならまだまだたくさん上げられる、最近だって二つほど増えた、正式には二つではなく、二人だが。
「ァ、あー、アー?」
先程から母音をひたすら口に出して首を横に傾ける、べっつに頭がイカれてるフリとかじゃなくて、ただその煩わしい二人の名前が母音の初めの音から始まることをなんとなく覚えていたから、だから口に出して記憶を引っ掻いて確かめている。
「アラ?アレ?アル?アホ?どれだし」
確実に一番最後のは名前では無く悪口である、やがて思い出せねえと投げやりに諦めて手で弄んでいた桃にかじりついた。だがそれも二口ほど食べた後、まだ瑞々しい白い果肉が半分以上残っていると言うのに「ああ、くっそ思い出せねえ腹立つ」と、自分勝手な八つ当たりの道具になり、地面に叩き付けられた。
「アリ?アラジイ?アラババア?ジジイ?アラアラアリジイアハバアジンアモンアジアンアリージナアリジャ……あああああああくっそ腹立つややこしいんだよもうアホ!!」
己の名前を老婆やジンと混ぜられた本人達が居たならば"おめーがアホだボケ!"とでも確実に言いそうなものだがいかんせん、ここはジュダルが神官と言う特別な地位を築いて身を置いている煌帝国。その二人、正しくはアラジンとアリババは今、シンドリアで食客として心身を癒すために匿われている。だからジュダルが彼らに問う術も、二人が名前の訂正を行う術も無かった。
だが、
「……バカ殿にちょっかい出しに行こうかなァ」
二人がシンドリアに匿われているという事実をジュダルは知らない、ジュダルの近くで小難しい馬鹿げた計算などをする上司はもしかしたら知っては要るかも知れないが、とりあえずジュダルは本当に知らないのだ。だが、ジュダルが暇潰しとして会いに行こうとしている人物はシンドリアの王である、すなわち、バカ殿に会いに行くという行動は、ジュダルの思考とは計り知らずとも、二人にも会える確率が有るということ。
「そーしよ、居ないんなら適当にババアに土産でも拾ってってやるか」
右脳は感覚を司る、ただしジュダルの五感は基本的にとても冴えている、獣並みに。
そうやって繋がりは手繰られるものだ、それは運命とまでは名付けられないが、あえていうならそれまた、偶然であり必然なのだろう。
世の中には不思議な縁というものがあるように。
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(誰かに優しくされたいと思うのなら、君も誰かに優しくあろうと、想うべきだ。)
魔法器具である絨毯の全速力の移動は少し腹が減る、それだけでやることはないしシンドリアに着くまで暇なので自身のほつれた三つ編みを直しながらぼんやりと脳に漂う記憶を思い出していた。
少し前にジュダルは自分と同等の存在であるマギの少年と戦った、その少年はアラジン、先程からジュダルの脳内で名前を弄られている煩わしい二人の内の、片方。
その時に諭されるようにたくさんの理屈で構成された言葉達を投げ掛けられた。ハッキリ言ってうざかった、けれど同等の存在であり、煩わしい奴でもあるから、忘れられず、記憶の断片に今でも鮮明に残っているのだ。
(君にも伝えたいことがある。)
内面をぐちゃりと有無を言わさない圧倒的な力で荒らして、静かに語りかける青くて白い子供。
ぐちゃぐちゃと荒らされる感覚にやめろと、吐き気に堪えながら憤慨して叫べば目を伏せて、何故か被害者ぶって傷付いたように言葉を続けていた煩わしいあのガキ。
(誰かに優しくされたいと思うのなら、君も誰かに優しくあろうと、想うべきだ。)
うざい、うるさい、だまれ。
(それが優しさの手渡しだ、それが人から与えられる、自分が人に与える一番の幸せなんだ。)
(僕はきみにも、 )
そこから先は良く覚えてない、理屈を引っ張り出して物を考えるのは俺のやり方じゃない、俺の許容範囲外だ、だから。
(僕が君に伝えたいことはそれだけだよ。)
意味わかんねえんだよ、くそガキ。
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ジュダルの精神年齢は確実に幼い。
今現在の会話や思考の節々でも読み取れるだろうが、ほんとうにまだまだ幼いのだ。
大人になることは捉え方は人それぞれだが、自分自身で動いて導いたり、回りを動かしたり共に進んだり、時には誰かを引き上げたりする、そんな役割を得ていくものなのだと思う。
けれどジュダルは、子供は、他人を動かす、動かそうとする、ジュダルの好きな戦争しかり、これは他人を動かさねばならない。他人を手の内で操って、弄んで、駒にする、要らなくなったら廃棄、自分が楽しければそれでいい。
単純な思考回路をしている、けれどそれもひとつの生き方だ。
そして。
流されるのも、それもまた人の生き方だ。流されて、そこから抗えるのか、が、それぞれの生き方を明確に示すのだろう。それは、密かにジュダルの思考に沈んだままのアリババ・サルージャの生き方を指すのかもしれない。
まあ、ジュダルが左脳で理屈を捻らせることは、この段階では無いのだけれど。
(閑話休題。)
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バカ殿にちょっかい出しに来たはずが萎えてしまった。
三つ編みを上手く結べなかったのでモチベーションが下がった、とりあえず島国、シンドリアの上空でふわふわと漂ってはいるが腹も空いたので適当に飯だけ食ってもう帰ってしまおうか、ジュダルは手持ちの敷金を確認しようとした。
しようとして、手持ちの金が無いことに気付いた。
「……ウワッ、そうだ、ここ煌帝国じゃねーんだ」
何を当たり前のことを呟いたのかと思うが、ジュダルは自分の国である煌帝国では王に支える神官という特殊な立場である。つまり、腹が減ったと外に赴きあれがほしいこれがほしいと我が儘に呟いても無償で与えられる立場なのである、その癖がついてしまい、金などは持ち歩く必要性が無かった。それがこのシンドリアでは通用しない、失態だと舌打ちをして木々が生い茂る森の方へ向かった。
このまま何もせずに帰るのは癪だ、ただ力が充分に出せないこの状況でおいそれと目立つ行動は出来ない、だからシンドリア特有の鳥でも適当に狩ってそれを手土産にしようと考えたのだ。
子供は子供なりにまた、考えるものだったりする。
「ババア胸ちいせーしなんか肉になりそうなのにしてやろう」
これはこれで普通にセクハラである。
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「……ん?」
緩やかな風に乗りながら下降する、ふと木々の隙間からごつこつとした白肌の崖が見えた、崖は人が安易に上れそうな生易しいものではなく、岩が鋭く尖っているのが目立つ。その白い岩肌とは対照的な赤い染み、みたいなのが見えてジュダルは目を凝らした。
「んん?」
人である、しかも女、さらに知っている人物だ。
「ああ?あの女ってマギのくそガキとその王候補の仲間じゃねーか」
モルジアナ。岩をすいすいと登る彼女の名前だ、少女は普通の人間の動きとは言い難い動作で崖をかけ登り、時には岩をへし折るくらいの強さで蹴り上げて上へ飛び、曲芸師も唖然とするような身のこなしで何故か、崖を上へ上へと攻略していた。
「っていうかあの女いるってことはあいつら二人いねーの」
絨毯から身を乗り出して下を見下ろす、木々や花達は色鮮やかで詮索の邪魔するが、それでも目立つ群青色と蜂蜜色は探しても見当たらない、つまんねーと期待を裏切られた気分になりながら、また少女へ視線を戻す。
登る登る登る登る登る登る登る登る、止まる。
軽やかなその動作は自分には到底出来そうに無いもので、見ているのは案外面白い、だが少し突き出た岩に片腕だけでぶら下がったと思いきや一連の巧みな動作は止まった。止まった彼女が風に素足と服と、血みたいに真っ赤な(と、ジュダルは褒めているつもりだ。)髪を揺らして奇妙な動きを見せた。
彼女で隠れて見えないが、どうやら花を摘んでいるらしい。
岩肌にぽつぽつと可憐に咲く、透き通って見えるほど薄い色素の、柔らかい花。
ジュダルはあの花の名前を知らないし効能だってあるのかも不明だ、モルジアナがわざわざ身の危険まで晒してそのような行動をする意味だって分からないし、興味ない。
ただ、そこまでして、欲しいものとは分かる。
肩にかけた上布の内側に仕舞っている杖を取り出す、杖はジュダルを含める魔法使い達にとって、魔法を放つために経由する必要な武器だ。無ければ魔法を使うための命令の計算式をルフ達に正しく伝達出来ない、魔法が使えない。それを取り出して、杖の切っ先をゆっくりと照準を岩にぶら下がったままのモルジアナに合わせた。
ジュダルは、面白いことが好きだ。
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不意に少女が片腕でぶら下がっていた岩肌ががらりと崩れた、花をしっかりと抱いて、不安定な体制のままモルジアナが落下していく。
ジュダルが大きな舌打ちを漏らす、杖から放たれる魔法の計算式をルフが読み取る、そうして、その結果にまた舌打ちをして、ほつれた三つ編みを盛大に嘲笑うような強い突風が吹いた。
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モルジアナは突風で体制を持ち直し、足の裏で崖の斜面を叩き付けるように力を乗せて踏み込むことで勢いを殺す、一際大きな岩の窪みに、空中で一回転し、怪我も無く無事に着地した。
使用した杖を仕舞って、詰まらなそうにジュダルがその行動を見下ろす。
「……飽きた、帰ろ」
そう呟いたジュダルの目前にふわりと白いものが過り、思わず反射的に片手で握った。ゆっくりと開いた手のひらにはモルジアナが大事そうに抱えていた白い花が一輪、突風でここまで舞い上がって来たのだろうか。
「ババアの土産これでいいや!」
ぱあっ、と一拍前とは相対過ぎるほどの無邪気な子供のように顔を輝かせて笑う。たった一輪なのは花冠を作れない、土産に持って帰ろうとしている"ババア"に対してのジュダルなりの微妙な優しさである。
ちなみにババア、と何度も口に出されて呼ばれているのは、煌帝国 第八皇女 練 紅玉 ―――十七歳の花真っ盛りな少女である。
ここまで来ると悪口というよりセクハラというより、失礼を通り越して人として最低である、と紅玉は後に語る。
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煌帝国へと帰る途中。
深い深い群青色の海上を絨毯で滑るように進みながら、ほつれた三つ編みをまた弄るジュダルは心なしか嬉しそうに笑っていた。
花は移動中に萎れてしまうだろうから氷付けにした、そうやって美しい姿を保っている、大事そうに軽く胡座をかいた足の間に閉じ込めて、帰ったらババアにやろう。
これがあのくそガキが言ってた、幸せの手渡しって奴じゃねーの、どうよ?
下手くそな三つ編みを潮風で弄びながら、ジュダルはやはり、嬉しそうに、もしくは、ある意味見方によれば、
とても、幸せそうに笑った。
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(僕はきみにも、優しくしたい、)
(……ジュダル、くん。)
1123/お裾分けと手渡し。