「根本から根こそぎ、ってとこですかね」
「はあ」
「私なら」
「はい?」
「例えば、貴方の一部分だけを愛でるとかじゃなくてですね、私の使用権利が貴方の物にもなることだってありえませんし、過去の記憶で延々縛ることもしませんし、じわじわとなぶるような脅迫的な侵食もしないです、貴方の身体だって欲しがりません、貴方の心臓を奪うことだって、」
「ジジ、ジャーファルさんちち、ちょっと、ちょっと意味が、意味が」
「例え話ですが」

ぐいぐいと笑顔のまま迫っていけば疑問を顔に浮かべながらも目の前の少年が後ずさる、それでもさらにぐいぐいと攻めていけばやがてその小さな背中が無機質な壁に当たる。ひやりと表情を歪めて咄嗟に横に逸れようと逃走を謀る少年を自分が見逃すわけも無く、両手を素早く壁に触れさせて自分の身体と壁で彼を拘束、自由を奪った。

「ジャーファルさ、」
「アリババくんはまだ子供ですねえ、無用心すぎます」

太陽はとうに沈み、月がどろりとした宵闇の空に寂しそうに浮かんでいる。あまりの静けさに耳鳴りがしそうな、皆が寝静まった、深夜。こんな時間に訪ねてきた自分を拒否することなく招き入れた彼には、危機感が足りない、まあだからこそ、この状況があるのだが。

「こんなんじゃ、拐われてしまいますよ」
「誰にですか」
「夜に」
「……夜に、」
「まあ、君がまた拐われるのを、私が許すわけ無いんですが」

反応は一拍遅れて。言われた言葉を理解した瞬間に、闇の中でも綺麗に輝く蜂蜜色の瞳がぱちりと見開かれた。ゆらりと揺らめいた視線がおそるおそる、こわごわと微弱な恐怖を含んで見上げてきたので笑い返した。
なんとなくねえ、アリババくん、分かるものなんですよ、そういうのって。

そういう、楽な方へ、逃げたがる、惰弱な気持ちって。

「逃避出来る方へ奪われたら楽だった?食と睡眠を得る時間を減らしてまで、過去の幻像を記憶で懐かしむくらいには逃げたかった?大事な友達をこれ以上無くすのは辛かったから自己満足と喪失感で強さを求めたりして、他人と自分の答えを誤魔化し続けたんだろう?向けられた好意が最初の逃避のようで、こわくなった?」

糾弾される言葉の途中で伏せられた顔を見たくなって指先で顎を掬った、表情という色が落ち、ただ自分だけを映す透明な瞳が、たまらなく、いとおしい。

「ジャーファルさん」
「どうでしょうかアリババくん」
「……はは、大正解、です」

くしゃりと痛々しく力なく疲れたように少年が笑う、可哀想に。まあ、決定的な追い討ちをかけたのは自分だが。
頬を手のひらで撫でれば擽ったそうに目を閉じた、なにかを深く考えているかのように、暫く無言で動かなかったがやがてゆっくりと確かな口調で意思を紡ぎ出す。

「俺はまだ、弱いです、けど、強くなります、なってみせる」
「はい」
「王になれるかは解りません。けど、誰かの幸せを心から願える人になりたいです、例えば」
「例えば?」
「貴方が、王の幸せを心から願うように」
「……なるほど」

にこりと、迷いを断ち切った清々しい笑顔で彼が滑らかに語る。いつかの時、私の王がこの少年から語られなかった全てを私は聞いているのだ、沸き上がるのは隠しきれない、どろどろとした、仄暗い満足感。

「ご迷惑は、これ以上、お掛けしません」
「そうですか」
「はい」
「まあ、それは別にどうでもいいんですが」
「……は、えっ、うええ?」
「時にアリババくん、最初に私が呟いた言葉を覚えていますか」
「えっ、あっ、根本から、根こそぎ?」
「そう」

狼狽える彼の耳を指で摘まんで唇を宛がう、ようやく本題に入れそうだ。

そう、
自分にとっては、なにもかもが有難い伏線でしかない。自らの腕に巻き付いた武器の一部である赤い紐のように、はっきりと確かなもの、頼れる誰かの意図、残念ながら全部全て統べてここで、拾わせて貰う。
突き放して、絡め取って、甘やかして、締め付けて、一生、離してやらない、逃がしてやらない、誰にも、あげてやらない。
有り難う、この子は私が引き受けたよ。

「なので、アリババくん」
「な、なんでしょうか」

「私に君の人生を下さい」


とらえた。

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