感覚が、無い。
吸い込んだ酸素が肺まで到達したと脳が感じる前にひゅう、と湿った呼吸が唇から溢れた。吸い込んだはずなのに吐き出してしまった体内の熱がじんじんと痛む、酸素が足りないと訴えている身体が重い。
耳元で冷たく弾けた音がして、虚ろになっていた思考を無理矢理引き戻す。相手の剣の切っ先を弾いた腕がびり、と痛むのを奥歯を強く噛み締めることで誤魔化した。ゆらりと崩れた体制を片足を後ろに下げることで瞬時に持ち直し素早く地を蹴る、痺れた腕に体重をかけて剣を降り下ろす。

「―――ッ、脇を締めろォ!」

空気の振動だけを受理していた鼓膜を震わす怒号を脳が認識した瞬間、脇腹に遠慮も躊躇いも一切無い叩き付けるような蹴りが食い込んだ。

「っ、が…ッう、あ」
「横ががら空きだぜェ、馬鹿弟子?」

咄嗟に握っていた剣を手放し、両手で身体を抱え込むように地面を転がることでなんとか受け身を取った。ズキズキズキズキズキ、地面に踞り脇腹の痛みを緩和するために息を深く深く吐き出す。痛みの熱が含まれた吐息がやがて荒々しい咳に変化した。

「は、ッ」
「あーわり、やべェ結構本気で蹴ったわ」
「……だいじょぶ、です」
「嘘つけ」

自分を吹っ飛ばした相手、師匠であるシャルルカンが煌めかせていた剣を鞘に納める、そうして踞るアリババに険しい顔で近寄り上着を捲って腹にそっと触れた。

「ほらァ、熱もってんじゃんかよー」
「あばらだいじょうぶっすかね」
「あばらバーラバラ?」
「はは、笑えねえです、冗談じゃない」
「多分腫れんじゃね、んで真っ青な痣出来そう」
「師匠サイテー」
「修行だから当たり前だろ、ンな口聞けんなら問題ねーわ」
「はは、」

額に汗を浮かべて痛みを含みながらも辛そうに笑った、シャルルカンは心の中でちょっぴり反省しながらも飄々と笑い返した。修行だから笑える、これが本物の戦闘だったら穴が空いてる、青痣くらい可愛いもんだろう。

「師匠すいません、肩貸してくれませんか」
「んー……、その前にちょっと触っていいか?」
「は」

間抜けな声を漏らしたアリババの返事を聞かずに熱を持つ皮膚に広げた五つの指を押し当てて、力をじわりじわりと込めた。驚いたように見開かれたまんまるの目がシャルルカンを見上げたので唇を弧を描いて綺麗に笑ってやった。固い指が柔らかな肌に押し込まれてアリババのまんまるい瞳が苦痛できつく閉じられた。

「ひ、ァ……い、だ、いだだだ、んッ」
「お前案外腹ぷにぷに」
「アダダダーッ!くっそいてえええんだよ!いだいだい!」
「あーハイハイ、わりィ」

爪の後が残る皮膚を見てようやく満足したのか、うわべだけの謝罪を呟きゆっくりと手を放した。涙を目尻に浮かべてギリッと赤くなった顔でアリババが睨む、へらへらとやはりシャルルカンは笑う。やがて仕方無い、と諦めの溜め息を吐いのは被害者であるアリババだった。

「もういいです、良いからさっさと肩貸して下さい」
「諦めが肝心だよなァ」
「気抜いてた俺が悪かったんで、こんなんじゃ駄目だ。もっと、強くならねーと」
「……へえ?」

ふ、と。シャルルカンの声にざらりとした違和感が混じる。伏せていた目を開いてアリババは顔を上げた。

ぱちり、とお互いの視線が交差して、それだけ。数秒間意味も無く見詰め合って、それだけ、のはずなのに。アリババは喉元に刃を押し当てられる感覚がした、むしろ刃と言うより、シャルルカンの固く生ぬるい指先が喉に、食い込む感覚が、したのだ。

「お前シンドリア来た頃、なんか二週間くらい行方不明になったんだっけ」
「はあ、」
「ま、いいや興味ねーし」
「……はあ?」
「いつかさ、」

シャルルカンがアリババの肩を支えて立ち上がらせた、先程よりも近付いた声が笑っている、彼はずっと、ずっと楽しそうに嬉しそうに、笑っている。そうやってシャルルカンが面白がるように発した言葉をアリババは脳に、鮮明に、刻み込んだ。そういえば彼は剣を愛しすぎて、実際の恋愛を、確か、駄目にしたんじゃ、なかっただろうか。それがどういう意味を持つかなんて、実際、どうでもいいことなのかも知れないけど。

(感覚が、無い。)


「いつかさ、お前が俺より強くなったら、俺にお前を斬らせてくれよ」

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剋イ軸(ジクジク)、これも一種の馬鹿。
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