くるくると軽快に達者に良く回る口だと比喩では無く、称賛を込めて内心で褒めてみた。
彼が言葉を弾ませようと肉付きの良い唇を開く度に、真っ赤な舌が白い歯の間からちろちろと艶かしく覗く。なんだか、なんだかそれが、とても。思わず首を傾げて、ふと沸き上がる衝動をそっと沈ませた。

にこりと笑う彼に曖昧に微笑み返せばまたくるくると会話が軽やかに跳ねる、相槌を打ち返し時には意見や思考を述べながらも視線は何故か一ヶ所に、釘付けで。

なんだか、なんだか、とても。


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自分は確実に何処か可笑しいのだと思う、頂いた瑞々しい果実に唇を押し付けて一人思考。つるんとした光沢を放ち、すべっとした真っ赤な皮からは濃厚で熟成しきった香りがふわりと漂う。母国では控えめであっさりとした果物が多かったので、やはりこういう所にも地域の違いは明確に現れる。この国は太陽の光をふんだんに帯びる、だからこのような甘い果実が熟れるのだろう。少量のスパイスは、風で運ばれて侵食するように染み付いた、海の塩。シンドリアの果実は見た目から食をそそる、考察と感想を混ぜたこれも、知識として体内へ蓄積する。

歯をゆっくりと立ててじわりと裂けた箇所から滲んだ果汁が口内へと滴る、お裾分け、と渡してきた彼がふと脳裏に浮かぶ。

ぐちゃり。

まあ、
歯応えは、まあ、複雑なところだが、味は上々。唇を汚す汁を舌先で舐め取って首を傾げた。皮が案外固いから分からなかったが、中身は驚くほどぐずぐずに柔らかい。
一口かじって見なければ、外見だけではなにも分からない、美味しそうに見えたなら、やはり食べたくなるものだ。
結果はどうであれ、期待は多分、裏切らないだろう。

ぐちゃり、もう一口。



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「アリババ殿」
「おー、白龍!」

剣術の修行の帰りだろうか、数時間前に会った時には無かった擦り傷、汚れがいやに目立つ。疲労を微かに顔に滲ませながらもこちらの肩の力が思わず抜けるような、柔らかい笑顔を浮かべた。向けられたそれに、ずきりと、下腹辺りが疼いて、咄嗟に片手で抑えた。

「ん?どうしたよ」
「あ、いえ、あの」

訝しげに眉を寄せて無防備に顔を近付けて来るものだから焦ってしまう、しどろもどろに崩れた俺の言葉に見かねてゆっくりでいいぞと呟いてまた、笑った。

言っても、良いのだろうか。

多分良識的には確実に駄目な類いだろうが、甘美な誘惑だ。邪な方へ一瞬だけ揺れた己の貧弱な思考を叱咤、流石にそのような戯けたことは申してはならない。
話し掛けた当初の目的を浮上させてゆっくりと口を開いた、ずきずきと軋む部分が、情けないと訴えるかのように内側を静かに痛みで抉る。

自分でも薄々と、この歪んだ感情の名前を、なんとなく、理解してはいるけれど。


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「先程の、果物、有り難う御座います。とても美味でした」
「あーあれか!わざわざ言いに来てくれたのかよ?」
「いえ、偶然アリババ殿の姿を見掛けたもので、ついお声を」
「そっかそっか。はー、やっぱ白龍って真面目だなあ」
「そんなことは」
「あるって」

ぐしぐしと頬についた泥を指で払いながらくるくると唇を踊らせる、その度に滑らかにうごめく赤い舌先に、ぞくりと背中が震えた。

ああやはり、やはり、なぜか、なぜか、どうしても。

美味しそう、などと、


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「食べたい、」

昔、姉上に、貴方はどこか一度切れてしまうと、突き進むまで止まれないのでしょう、と言われた事がある。それは、泣き虫で延々と涙を流す惨めな俺を優しく濁したものかもしれないし、元々の一途すぎる性格をはぐらかして言い表したものかもしれない、答えは姉上の胸の内に秘められたまま。
だが、確かにこの状況では的を得ている。

「美味しそう、だ」
「え、おま、え」

どうしたと、問われる前に若干、俺より高い頭を両手で挟んだ。指先から零れた髪の毛がさらりと揺れて、それがなんとなく笑えて、口元が緩やかに弧をえがいた。ただし、獲物を捉えたような高揚感も図らずとも含んでいるから少々不敵なものになってしまう。

「アリババ殿、申し訳無い」

一口かじって見なければ、外見だけではなにも分からない、美味しそうに見えたなら、やはり食べたくなるものだ。
俺が叩き出した答えは明らかに幼稚なものだ、痛んでいた筈の下腹からどくどくと熱が膨らんで身体中に弾けた。
一度切れたら、後は突き進むだけ。

結果はどうであれ、期待は多分、裏切らないだろう?

「貴方の唇を、食してみたいのです」

きっと熟れた果実のように、ぐじゅぐじゅにとろけて、ひたすらに、卑猥で甘い。

いただきます。

1029/微かに破廉恥。

∴据え膳食わずは男の恥と、誰かの言い訳を含んだその偉大な言葉は、君のために存在している。
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