アリババ君を、王にする?

まさか。彼がそのような偉大な器では無いと、研ぎ澄まされた感覚が訴える。

透き通った眼孔は酷く夢見がちで甘い、犠牲を覚悟しない、全てを掬えない、生半可なものだ。私は、自らが仕える王のように、彼の無限の可能性を秘めた友のように、尽くせるものや、与えるものは何もひとつないと自己判断する。うわべだけ、柔らかく接するだけに留めようと早々と区切る、そうして瞼の裏に、いつか彼が墜落する先を想像した。
簡単に脳裏に浮かんだ。

全ては王が傷付かないために。
先回りの予測を怠りはしない。


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あのジャーファルさんって人は多分、っていうか確実に俺のことを嫌悪している。
分からんでもないっていうか、理解出来ないものに対しての、あの隔離は正しい。だから俺は意外な事にあの人に純粋な好感を持てた。

渇きに餓えたこの国の人達を背に引き連れて確かな足取りで城へと進む、のし掛かるのは期待と羨望と、重い想いの願いだ。アモンの剣を撫でて心を静める、大丈夫、俺はやる、俺は絶対に成し遂げるよ。

カシムや昔の仲間にもアラジンにもモルジアナにもシンドバットさんにも兄さん達にも、民にも。
そして俺を嫌いなジャーファルさんにも、胸を張って笑えるように。

俺は俺でありたい、アラジンが、アモンがこんな俺を選んだように、俺も俺の正しいであろうこの強かな意思を尊重したい。

王にはなれないけど、誰かの幸せをこころから願う人に、俺はなりたい。

あの人が、自分の王の幸せを、一番に願うように。

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アリババくん、が。

アリババくんがバルバッドを救った。形は当初の我々の思案とは格段に違うが、彼にしか出来ない、彼にしか起こせないやり方で、新しい国を構成させた。

今でも焼き付いて、離れない。

最愛の友人を失っても、前に進もうと、涙を堪える姿が。この眼球に、この脳裏に、この心臓に、深く深く刻まれて、ただ鮮明に。

「マギとは凄いな」
「……そう、ですね」

懐かしいものたちとの出会いを果たし、微弱な切なさと惜しみない愛しさを贈るものたちに溢れたこの優しい国は、生まれ変わるのだ。
王が震えるような感嘆の息を吐き出して呟いた言葉に頷いて、それでもふと。

アリババ君が居なければ、起こせなかったきらびやかな奇跡に、一人、同じように感嘆の吐息を静かに吐き出す。

深く深く。


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アリババくんが掴み取った自由と確かな未来を確定したものにするために、王を中心にして世話しなく執務に追われていると時間の感覚を失う。彼を嫌悪して侮蔑して自己判断で隔離して、遮断した頃が懐かしい。過去と今の心境を比べるとやはり、人の価値観と言うものは曖昧なものだと思考する。

インクを走らせていた手を止め、書類の不備を確認。漸く一息着けそうだ、目頭を指で押さえてこりを解すように揉む。
疲労はやはり溜まる一方だが飼い慣らす方法も、甘やかす方法も自分が一番理解している。

浮かべるのは、あの光輝く優しい光景。

胸が温まるようで、けれど少しの哀しさをとぷりと混ぜて、それでいて、不思議なことに、無性に、いとおしいのだ。
不意に重ねてしまうのは何故か、彼と私の王は、似ていないというのに。
思わずくすりと笑みを溢した。

アリババ・サルージャ。
君が導いた世界は美しい。

私は貴方を心から、認めている。

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人間の三題欲求のうちのふたつを無気力に抗う、彼の話を小耳に挟んで胸がざわりと泡立つ。睡眠と食をまともに取ろうとしないと、困ったように侍女達が顔を見合わせる、書庫から引っ張り出してきた書物を侍女の一人に任せて裾を翻した。

かつりかつりと床を鳴らして急いた足取りで彼の部屋に向かいながら、何を言うか頭の中で必死に浮かべては浮かべてはこれではないと否定する。

白い世界に埋もれた君が笑わない世界は、それでは、意味が、意味が、何処にも無い。


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「アリババ君」

椅子に浅く腰掛けて死んだように目を瞑り俯く彼は酷く頼りない、思わず焦ったように名前を呼べばぴくりと小さく肩が揺れた。

「……ジャーファル、さん」
「侍女達に聞きました、食事も睡眠もろくに取っていないと」
「そこまで、大げさなもんじゃないですよ」

へらりと笑おうとした筈の口元がなにかを堪えるようにきつく結ばれた、眉は下がり目元には隈が出来ている。なんて、痛々しいんだろうか、なんて、哀しい姿だろうか。

今更の事だが私はふと気付く。彼はまだ、幼い少年のような透き通った夢見がちで甘い、そして優しいこころを持っている。生半可な弱さを抱えている、まだ、彼は、幼いままなのだ。

「アリババ君、」

手を伸ばしてその蜂蜜色の柔らかな頭を胸にしまいこむように抱き締めた、どうか、無理に大人びて笑わないで欲しい。

どうか、涙を溢して、わんわんと赤ん坊のように、叫んで激しい痛みを訴えて、甘えて欲しい。

その弱さごと、全部受け止めて見せるから。


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泣くな、と全神経を熱を灯し始めた眼球に集中させ零れそうな涙を無理矢理押し込んだ。ぎゅうと拳を強く握って唇に歯を突き立てて、必死に堪える。

「っ、ぐ」

ジャーファルさんの腕を剥がそうと手で触れたがさらにきつく抱き締められるだけだった、酸素が上手く吸えなくて、苦しい。

くるしい、つらい。

「大丈夫です、アリババ君」

ここは息が出来ない、喉でつっかえて、吐き出せない、飲み込めない、伝えられない。

「大丈夫、」

喉が胸が瞳が熱い、心臓があらぶって徐々に動悸が激しくなる、つっかえたままの塊に亀裂が入ったように、喉から胸から瞳から零れそう、だ。

「大丈夫、全て受け止める」

いたい、くるしいあつい。

「私が貴方の痛みを掬いましょう」

貴方がいつか、そうしたように。
(王が、私にそうしたように。)

ぼろりと溢れたのは感情だろうか涙だろうか嗚咽だろうか、やっと、泣いてもいいのだと漸く許されたような気がした。

カシム、俺はお前を、忘れない。

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「ジャーファルさんは、俺のこと、嫌いでしたよね」
「おや、そう思いましたか?」
「多分、この人は俺を理解したくないだろうなあ、ってなんとなく」
「まあ、頼りなく見えていたのは本当です」
「今は?」
「どうでしょう」

ずるいなあ、と赤く腫れた瞼を擦ってアリババ君が笑った。先程は見れなかった、懐かしい彼特有の親しみやすさを覚える、くしゃりとした笑顔が、私は今では好きだった。

「食事にしますか、それとも一旦睡眠を取りますか?」
「あ、ちょっとやっぱ、ねみーです」
「隈が凄いことになってます」
「うげ、まじで」
「起きたら美味しい食事をたくさん用意させましょう」
「楽しみだなあ、食べ過ぎて太らないようにしないと」

幾分か細くなった彼の腕を掴んで支えて寝台へと誘う、柔かな頭をそっと撫でてアリババ君をベッドへ寝かす。枕元に座りシーツを被せて心臓のリズムで背中を叩いて上げれば可笑しそうに噴き出した。

「ジャーファルさんってお母さんみたいですね」
「性別は歴とした男性なので悪しからず」
「雰囲気が」
「失礼な」

くすくすとお互いに笑い合った。とろりと惚けた蜂蜜の瞳がゆらゆらと微睡む、ぐずぐすにほどけた言葉がおぼろげに吐息を乗せて運ばれた。

「俺、案外」
「なんでしょう」

「俺は、最初から結構、ジャーファルさんのこと、好きでしたよ」
「……今は?」
「どうでしょう」

そうして笑いながら意識を手放した君の笑顔が今では、私は、とても大好きだった。
これが私の、答えだ。

おやすみなさい、アリババ君。

1028/微睡み微笑んだ君の世界は美しい。

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