「お前のために削れるものはなにひとつもない、」

パラパラとちゃぶ台で雑誌を捲りながらバリバリと煎餅を歯で砕いていた俺に、隣で体を丸めて爪を切っていた先輩がいやにはっきりとした口調でそう呟いた。

「そうっスか」

煎餅のカスでべたつく指をぺろりと舐めた、懸賞が当たると細かく記入されているクロスワードを埋めるためにペンを取ろうと立ち上がった。

「それだけかよ」
「それだけっスよ」

ぱちん、爪を弾く音が小気味良く響いた。何処かふてくされたように萎んだ台詞に少しだけ可哀想に思った優しい俺は、ボールペンを指先でくるくると回しながら会話の意図を繋ぐ。

「よっこいしょー」
「座るだけなのにじじくせえな」
「うっさい、先輩に言われたらハゲるわボケ」
「なんでだよなんか扱い急激に酷いよお前」
「っていうかさっきのなんなわけ、いきなりさあ」
「軽やかにスルーやめようよ」

体育座りで俺に背を向けていた先輩が首だけでくるりと振り返った、そうして口を開いたと思ったら閉じて、また口を開いたと思ったら閉じて、結局また前を向いて爪を切る作業を続行した。
意味わかんね、なんだそりゃ。
せっかく人が聞いてやったのにと思いつつまあいいかと考えて煎餅を一枚、歯で挟んで舌で濡らして柔らかく崩して地道に食していく、指先と脳内ではクロスワードの難問を解くことを開始した。

「……なあ、」
「むが」

いつの間にか爪を弾く音はぴたりと止んでいて、ボールペンが紙を擦れる音と、お互いの呼吸音だけがこの場を満たしていた。

「さっきのあれさあ」

ぐっ、と背中に重み、じわじわと熱を移すそれは、多分先輩の背中で、寄り掛かって体重を傾ける先輩に不満を唱えようとしたら遮るように先輩が言葉を静寂に刻んだ。

「お前のために削れるものはなにひとつもない、だから」

「二人で得ようよ、増やそう」

ばきりと歯で優しく挟んでいたはずの煎餅が割れた、ついでにボールペンが答えの記入欄を盛大にはみ出して家出した、さらについでに俺の顔が多分、馬鹿みたいに真っ赤なんだけど、なんてあほなことを言いやがる。

「先輩のばかたれ!!」
「えっなんで!?」

ばかやろう!!あんたのせいでクロスワード応募豪華商品in〜ホウエン美味しいもの巡りの旅〜(二人様用)が台無しじゃねえか!!責任取って先輩の自腹削れ!そんくらい削れ!ばかやろう!

∴正解の結論理。