金無し状態で赤と響。

もう貴方の元へは、来ません。
あの子は静かに笑って、俺の前から消えた。
俺は白い銀世界に佇む、吹き付ける雪混じりの風が酷く冷たくて痛かった。
ヒビキ、呟いたその名前は、一際強い風に呑まれる。
不思議な、関係だった。シロガネ山に俺が込もって三年間、あんなに奇妙な子は居なかった。バッチを集めて山頂へと挑む奴や、登山家ならごろごろ居たし、ヒビキもそいつらと同じように単なるトレーナーだと思っていた。(「すいません、あの、寒く無いんですか。」)未知のものを見たかのように目を見開いて問われた台詞にボールを構えれば、慌てたようにボールを取り出そうとして、取り出そうとして、倒れた。受け身を取らずに顔から雪に突っ込んで微動だにしないので死んだのかと眉を寄せて近付けば、寝ていた。なんだこいつ、不信感に捕らわれながらも目の前で凍死されたら困るので、拠点である洞窟へと連れて行った。
目が覚めた瞬間に言った台詞は、「あ、火曜の景品炎の石じゃんか。」なんの話だ、若干苛つきながら説明を乞うヒビキに倒れた、と一言呟けば真っ青な顔で謝られた。彼のボールを指差せば困ったようにバトルは得意じゃ無いと前置きしながら、外へ出てバトルをした。
結果は2体やられたが、俺の勝利に終わった。
しかし色々と感慨深いバトルでは合った、と思う。ヒビキは確かにバトルは強い訳じゃない、しかしひとつひとつの指示が的確でトリッキー、面白い戦術だと思う。ただ“戦う”と言うよりヒビキのそれは。(僕は“魅せる”戦い方を好んでるんですよ。)
魅せる、指示は次へ次へと繋がり組み合わせられた技の威力や技を繰り出すポケモンの美しさには目を奪われた、成る程、確かに彼は戦い向きでは無いようだ。勿体無い、とも思う、彼の戦術を戦いへとベクトルを向ければもっともっと強くなるのに。もしかしたら、この、俺よりも。
惜しいと思いつつも、綺麗なバトルだった、それを彼に伝えれば嬉しそうに笑って首に巻いたマフラーをほどいて俺に巻いた。
(「また来ても、いいですか。」)
薄く笑って、勝手にすればと言えばまた嬉しそうに笑った。
それから約一ヶ月間、彼は三日に一日の割合で俺の元へと登山して来た。食料を持ってきたり、防寒具を手土産に、いつでも笑いながら。
彼は着々と強くなっていた、当たり前だ、彼は魅せる事に特化していただけでバッジを16個を集めるほどの確かな実力者なのだから。
そんな一ヶ月がたった、ある日。
本当にギリギリまでに追い詰められて、それでもなんとか勝利を得た日に、ヒビキは言ったのだ。
(「もう貴方の元へは、来ません。」)
意味が分からずに、妙な焦燥感に包まれ俺はヒビキの腕を掴んだ。振り払われはしながったが、哀しそうに顔を歪めた。
俺は気付く、後にも先にもヒビキが哀しい表情を浮かべたのは、これ一回限りだ。だってあいつはいつでも笑って、いた。
何で、せっかくヒビキは俺に勝てそうなのに、困惑を含んだ瞳で睨めば違う、と哀しげなまま、微笑んだ。
腕を掴んだ指を優しく剥がされ、崖へと後退するヒビキはトゲキッスが入ったボールを取り出して、同じ台詞を呟く。
「もう貴方の元へは、来ません。」
あの子は静かに笑って、俺の前から消えた。

「…なんで、」
君は笑ったの、あんな。
あんな、切なそうな顔で笑わないで欲しかった。
白く降り積もった雪に膝を付く、寒い冷たい痛い、目眩がする。膝が崩れてうつ伏せに倒れた、じわりと滲んだ視界には舞い落ちる雪が白い花弁に見えた。
はらはら、ひらひら。
落ちるようだ。真っ白に染められた世界に、世界で、ヒビキ、ヒビキ。
何故お前は俺を倒してくれなかったの。




白き献花の海の中で呼吸を忘れた俺はきっと 呪うよ

Title/選択式御題様
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