逃げたら、逃げなきゃ?
逃げなきゃって思った。

耳を塞いで背中を向けた、手を伸ばされる前に全力で走り出した。なにあのひと、意味わっかんねえ!ばたばたと背中のフードが上がったり下がったり、耳を覆っていた手を離したらごうごうと風を切る音だけが鼓膜に響いた。
耳障りなあの声が聞こえないことに酷く安堵して、そうして後ろを振り返ろうとしたら腹に来た衝撃のせいで地面に倒れ込んだ。
「うおっ!」
背中から草地に飛び込む、固い地面じゃ無いだけマシだけれどそれでも痛い。
「うぐぐ……なに、すんすか」
「ゴールドが俺から逃げたから」
俺の上で先輩はにっこりと笑った、あっやべ、耳を塞ごうと手を動かしたら、掴まれて顔の横で固定された。
「っ、ちょ」
「ゴールド」
頭を下げて俺の耳元に唇を寄せた、ぎゅっと目を瞑ったら小さく笑う声、そうして俺の耳たぶを柔く噛んだ。
「ね、ゴールドは俺が好きなんでしょ」
「好きじゃ、ねーし、っ」
「顔真っ赤、かわいいなあ」
「うっざっ、先輩の勘違いうっざ!」
「俺はこーんなにもゴーのこと大好きなのに?」
「し、しらねーよ!」
ふうん、強情だなあ。
からかうように弾んだ口調で囁く、背骨を這うようにぞわりとした悪寒、ああもううざってえなあ!
「いい加減さ、俺の告白受け取ってくれてもいいんじゃない?」
「むーりー、超むーりーっすね」
「逃げてもいいけど、ほんとはどうせ無駄だって、分かってるんでしょ」
無駄、なんか。
見透かしたようにすらすらと、そんな事を言うから言葉を返せなかった。黙った俺の耳を甘噛みして、食んだまま戯言を、先輩曰く愛の告白を続けた。
「ん、っ」
「俺はゴーが好きで好きでたまらないのになあ、俺のものになれば愛でて愛でて愛してあげるよ?ゴーのためなら何でもあげてもいいし、捨ててもいいよ。ゴーが俺のためだけに生きてくれるなら、俺のぜーんぶあげてもいいんだけど、そのくらい、ゴーが大好きなんだけど」
黙れ、黙れ黙れ黙れ……っ、だまれ!
「黙れくそばかやろう!」
頭を起こして勢い良くその額に頭突きを食らわした、そうして自由になった手でその肩を押して退けた。顎を抑えて踞る背中を見下ろして、息も絶え絶えに俺は荒々しく叫んだ。
「ぜってーお前なんかに掴まらねー!」

逃げたら、逃げなきゃ?
逃げなきゃって思った。
これ以上捕らわれたら、気付かれてしまう。

(いやほんとはもうとっくにこの拙い感情は見抜かれてるんだろうけど!)

∴認めてしまえよ。