呼吸をとめた。それは昨晩の出来事を連想させ尚更締め付けられるように胸がずきずきと痛んだ、首にはまだくっきりと首輪のような手形が残っているのだろう、爪で引っ掻けば消えるかな、気持ち悪くてきもちわるくて吐きそうだ。断片的に途切れそうな意識を必死に手繰り寄せて身体を小さく丸めた、がたがたと意思とは関係無く震える身体には恐怖が刻まれている。
逃げたい。
あいつの、シルバーの、瞳はなにもうつしていないのに、俺を見詰める目は死んだ魚のように白く黒くグロく濁っていて、なのに何処までも純粋に真っ直ぐ、な狂気を孕んで、無邪気そうな網膜で隠して異常な視線を向けるんだ。それがこわくて仕方がなかった、けれど大事な友達だと思っていたから側に居続けた、それは根本的な根底からの間違いでシルバーは俺を友達だなんて見ていなかった、あいつは異常だ、ぶっ壊れてる。あの眼球をつぶしてやればよかった。
どくどくと鳴り響く心臓と絞められた首と逃走のため酷使した足と、鎖骨が痛い。かじかむ手で浮き出た鎖骨に触れれば手に数量の血液、そういえば噛み付かれたっけ、どんだけ強く噛んでんのあいつ、汚い気がしたから服の袖でごしごしと力を込めて拭いた。ぐしゃぐしゃな自分の格好にまた泣きそうになった、逃げたい、逃げた筈なのに恐怖が付きまとう、逃げたい、いつかの優しい過去に戻りたい、逃げたい、逃げて、ただ走った、止まったら終わりを知っている、ぎしぎし軋む、軋む、内面が軋んだ音をたてて、崩壊していくのが分かる。どれだけ逃げてもあいつは追い掛けてくる。シルバーの声が体内に染み込んで、ぐちゃりと腐った俺の心臓を揺さぶる。散々犯された身体が重い、あいつはきっと俺の中身を抉り尽くすまで満足出来ないんだろう、首を絞めたあの細い骨みたいな指先がナイフを握り、俺に突き立てる未来はそう遠くは無い、んだ。

がたり。
無音だった空間で自分以外が動く小さな物音、それを黙っていればやり過ごせたかもしれないものを、俺の喉が勝手に情けなく惨めで空気が抜けるようなみっともない悲鳴を上げてしまうもんだから俺の存在がばれてしまった。とめたままだった呼吸を開始、直ぐさま立ち上がって走り出そうとするが急な展開に付いていけない身体が安定せず、体制を崩した。がくりと前のめりに倒れて、かつりと地面を蹴り上げる音が背後でして、あ、馬鹿、俺、振り向くな、よ。
唇が綺麗に歪んで笑みの形へ、血みたいに赤い髪の毛があいつが歩くたびに揺れて、細められた銀色の瞳がぎらぎらした刃の切っ先によおく、似ていた。
ああそっか、ナイフはお前自身だったわけだ。


ざくり。

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こきゅうがとまる。
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