着信音は脅迫だったように思う、いつからか、とは覚えて無いけど。
ポケギアを手放すことは、俺の自由を失うことに多分、繋がっていた。

鳴ったその音に呼吸が止まるような圧迫感を覚えた。音を消してしまいたかったけれど、気付けなかったら、と考えたら音は最大にするしか無かった。通話ボタンを押す指は震えた、でも一回目のコールで出ないと責められるから、鳴った瞬間に通話ボタンを押す癖が付いた。着信音が鳴って画面に表示される名前を見たくなくなった、通話ボタンを押してあの人じゃなくて違う奴だった時、安堵して、同じぶん、疲労が溜まった。
電波が立たない場所に行きたくなくなった、電話が出来ない場所には行ってはいけないと理解していた。それでも、電波が無い場所に行かなくちゃならない時は自ら電話した。その時の心情は忘れられない、聞こえる呼び出し音のコールに吐き気がした。行ってもいい許可を得られた時は電話が出来ないその状況に酷く歓喜した。けれど電波が自由になったらすぐに電話を寄越せと言われた、妥協した内心はもうぐらぐらだった。あの人が俺を離さない、俺は嫌だと話せない、放せなくなったポケギア、何度このポケギアを破壊しようと考えたか。
その度に出来なかったの、だけれど。

着信音は恐怖だったように思う、俺を縛るその音に泣きたくなった、耳を塞いで聞こえないふりをしたかった、電話なんて、だいきらいだ。


その、だいきらいな電話、俺のポケギアが、壊れた。

それは、本当に一瞬のことで。あの人と通話している時に足を滑らして階段から落下、ポケギアと共に地面に叩き付けられた。
幸い、では無いかも知れないが、俺は大した怪我も無く、無事だった。ポケギアは画面が割れて、壊れてしまった。
俺がある意味では待ち望んだ、あの恐怖の着信音からの解放。
それと同時に脳内で鳴り始めた盛大な警告音、解放、された?
まさか、まさかまさか、まさか。

そんな訳、無いだろ。

悲痛な警告が鳴り響く脳内で必死に思考、理解したその瞬間、俺は全力でその場から走り出した。
打ち付けた身体より、俺は優先する、逃走する、選択を。脳内に、瞬時に駆け巡った幻想は、現状が、最悪の結果になることを俺に伝えた。

吐き気と頭痛と冷や汗と震え、もう、もう、何も考えたくねえ、もう、電話なんて、俺は、俺は、自由に、なりたい。
それだけのことが、俺には許されない。

小さなコール。
小さな、小さなコール、音と言うより、感覚的なそれが俺には聞こえた気がした。まとわりつくようなその音に足を止める、そうして、それで、そうやって。

「捕まえた、」
後ろから回された腕に、泣きたくなった。
もう、俺には泣く自由すら許されない、ポケギアを失うことは、俺の自由を手放すことに繋がっていた。

着信音は脅迫で、恐怖だった。


電話なんてだいきらいだ。

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着信音の脅迫、電話恐怖症。
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