一人でしぬのが怖かった、いや、違う。
忘れられていくのが怖かった。

一人で置き去りにされるなんて真っ平だ、ぐしゃぐしゃになった顔でぐずぐずと鼻を鳴らしてみっともなく駄々を捏ねて泣いていた。
とても狭い空間に思えた、僕が閉じ籠った世界は酷く息苦しくて窮屈だった。けれどもう誰にも会いたく無くなった、誰かの記憶に残りたくなかった、もう誰も僕を思い出さなくていいよ、忘れてくれていいと思った。

冒頭と矛盾した感情、いいやそれも違う、僕は誰かに忘れられていくのが死ぬほど怖いから、だから僕が死ぬまえに忘れて貰いたくなった。
優しい忘却。痛んで傷んで、悼んで思い馳せる記憶じゃなくて僕を思い出すなら優しい記憶で、いて。
世界を救った話でも、伝説と呼ばれるポケモンを従えた、そんな現実味が無い話じゃなくて、もっと些細な、微弱で、小さな切れ端でいい。ああそういえばこんなこともあったね、くらいでいい、僕をころさない、そんな記憶を思い出して欲しい。
そう、

僕はこの狭く暗い空間で、一人寂しくしんでいくのさ。

涙が止まらなくなった。
顔を腕で覆って身体を丸めて声を上げて泣いた、誰にも気付かれないからどれだけ泣き叫んでも良いだろ、もう誰も僕を、思い出さない。
ああ、願いがもしひとつだけ、叶うとしたら僕は、きっと、願わない。
叶わない願望を口に出すことなんてしない、願わない、僕は、僕は、僕は。

「なんで一人で泣いてんの?」
不意に、唐突に、かけられた声。思わず顔を上げれば良く知った、昔からの知り合いが当たり前にそこに居た。腕にたくさんの、赤い花を抱えて。

「な、にそ、れ」
「ああ、これ?もうすぐさ。俺、が産まれるんだ」
顔を緩ませてたくさんの花を大事そうに抱き締める、はらりとひとつ、赤いそれがこぼれ落ちた。

「それ、ルビーにやるよ、お前にお似合いだろ?」
「なんで赤なの、君が産まれるなら、金色だろ」
「そいつ、色じゃねーんだ多分」

違和感は働かない、当たり前のように会話は進む。彼が、ゴールドが産まれる話なんてどうでもいい。どうせ、産まれるのはゴールドじゃないんだから、僕には関係ない、他人だ。

「一人?」
「ひとり」
「泣いてた?」
「泣いてない」
「うっそだ」
「嘘吐いた」
「やっぱり。一緒に行く?」
「行かない。けどお願いがある」
「なに?」
「僕と一緒に、」
「居て?」
「しんで」
「やだ」
「いやだ」

花を指先で弄る、ゴールドの拒否の意見なんて却下するから、だって君も忘れられていく人間だろ、なら僕と一緒にしんでよ。

「じゃあ花、どうするか」
「一緒にしんでくれるの?」
「お前が飽きるまでしんでやるよ」
そう言って笑って、ばさりと花を手放す。地面いっぱいに広がった赤い花達、その上にゴールドは寝転がった。

「届けたかったけど仕方無いよな。ルビー、横来いよ」
「……血みたいだね?」
「餞だよはなむけ、しぬ俺達への餞別みたいなもん」
「良く分からないよ」
「俺達の原点は、赤だからお似合いだろ」

ああ、そういえばあの人は一人でしんじゃったのかな、俺達は二人でしぬから、寂しくないな。

「ねえ、僕達は誰かの記憶に残るかな」
「さあな、興味無いけど、俺はルビーのこと忘れないよ」
横に並んで寝そべった僕の手をゴールドは握り締めた、ぼろりといつの間にか止まっていた筈の涙がまた溢れた。貰った一輪の花を胸に寄せて心の中で、彼に謝罪と感謝を。

ゴールド、ごめんな。
この狭く暗い空間で、一人寂しくしんでいくのはつらいからって、お前を巻き込んでごめんな、でもさ、凄く嬉しいんだよ。
誰も僕を思い出さないと拒絶したのに、ゴールドは僕の記憶を思い出を全部抱えて、僕を忘れてくれるんだろ。
手を強く握り返して目を瞑った、ねえ、僕は君を忘れないから、ねえ、ねえ。
僕を忘れないで、ね。

(願いをひとつ告げよう どうか共に心中してしてはくれないか?)
Title/選択式御題様
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