小刻みに時を刻む秒針が止まることは無かった、ずっとずっと長い年月を、その時計はかちこち、かちこちと音を小さく響かせて、続いていた。時間は尊く、永遠のものだった、戻ることも止まることも出来なかった、ただ前に進むだけだった。それに異論は無いけれど、後悔はたくさんしたと思う。
鳴らない腕時計を見下ろして溜め息を吐く、どうしようも無いのでポケットにしまった。
……折角、ヒビキから貰ったものだったのにな。
気を落とした俺を心配したピカチュウが肩に上り、頬を舐めた。ざらざらした舌が擽ったい、悪いな、大丈夫だよ、俺の不注意が原因だから。
ピカチュウの頭を撫でようとしたら前から大きな荷物を持った若い男の人が、世話しない動きで歩いてくる。咄嗟に右に避ければ自分より遥かに小さい女の子にぶつかりかける、身を引いてかわしたが、身体付きがとても宜しい男性と衝突した。「お、悪いな、兄ちゃん」にかりと歯を見せて笑って颯爽と去っていく、頭を下げる暇も無かった。
人が、多すぎる。
ざわざわとした人混みに頭痛がする、避けるように建物の間、微かな隙間に滑り込んだ。背筋をひんやりとした壁に付けてずれた帽子を直した、ついでに先ほど触れなかったピカチュウも撫でてやる。
困った、時計屋が見当たらない。これではわざわざタマムシまで足を運んだ意味が無い、というか人混みの波で前に進めなかった。ポケットに手を突っ込んで壊れた時計に触ろうとした。が、無い、あるはずのそれが、無い。ずきずきと頭が痛む、まさか、落とした?
探さなければ、壁から背を離して走ろうとしたら、自分が入ってきた建物の間、一人の老人が立っていた。杖を付いて、背中を丸めて、眼鏡のレンズ越しに細められた、柔らかい眼差しが俺を見据えていた。
「……ああ、もし、君の落とし物は、これかな?」
こつりと杖を鳴らして静かな足取りで俺に近付き、白い手袋をはめた手を差し出した。ゆっくりと指を開いて、その手のひらには無くした俺の腕時計。「…俺の」「ふうむ。やはりか、ならば君に返そう」ぽとりと手の上に落とされた、ここで違和感、揺れている、秒針が、動いている。「これ」「うん?何処も壊れて無いようだ、良かったね」落とした際の衝撃で直った、のだろうか。
「……ありがとう」
「いいのだよ、少年」
目尻と頬が優しくほころんで、暖かい笑顔で老人は笑った、そうして思い付いたかのように、口を開いて俺に問うた。
「少年、君は時間は好きかね?」
問われたそれに首を傾げて、問いかけられたそれについて頭を動かす。時間は、好きか。
「…時間は、好きになるもの?」
「逆に聞かれてしまったな…。そうだね、じゃあ、君は永遠は好きか?」
「……長い時間は耐えられないことは無いけど、酷く、退屈」
「退屈、そうか。退屈か」
老人は背を向かい側の壁に付けて俺が言った言葉を繰り返した、さっきからピカチュウが眠そうに鳴くのでボールに戻す。
「時間は永遠だが、人は一瞬だ」
長くなるがいいかね、困ったように笑ったので無言で頷いた。時計を届けて貰ったし、何よりこの人が何を語るのか自分でも珍しく、気になった。
「何処かの地方には時間を自由に操るポケモンが居るそうだ。しかし永遠に長い時間を生きることは、きっと耐えられないだろうね」「それは多分、なんとなく、分かる」
ちくちくと手元にある時計が鳴る、時間がずれていた、止まったあの日から、動き出している。
「そうか。さてそんな、君は、時間は苦痛だと思ったことはあるのかな?」
「……ある、」
前まで、ひたすらに、長い時間を、過ごしていた。
時計を握り締めて過る記憶を内部深くへ、押し込んだ。
「例えば、どのような、と問うような野暮な事はしないよ。ちなみにね、私も思うことがある」
杖を撫でて、なにかを悔やむように、惜しむように、ただ面面と老人は続ける。
「人と関わらない時間と言うのは、酷く苦痛で退屈さ」

頭痛は気付けば治っていた。かつりと杖を地面に突き、腰を曲げて一礼。「老いた老人の戯言に付き合って頂き、感謝するよ。少年」脈は得なく、ゆらゆらとして曖昧で、確かな感覚すら掴めないが、何故か無性に、納得をしてしまうのは。
「それでは」
君は大事なものを無くさずように。
緩やかに老人は歩き出して人の並みに紛れていった、ポケギアを出して時間確認。ついでにずれたままの時計を調整した。
この時計はいつか、また止まってしまうだろう。
小刻みに時を刻む秒針は世話しなく動き続ける、時間はずっとずっと長い年月を置き去りにして、人も忘れ去られていく。時間は尊く、永遠のものだった、戻ることも止まることも出来なかった、ただ前に進むだけだった。それは仕方がないことだ。
また鳴り出した、小さく響く音を聞きながら、後悔をしないように。

老人のように人混みに紛れて歩き出した。
まずはヒビキにでも時計を買ってやろうと思う。


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時間泥棒。
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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