密やかな宣戦布告 2
「幸人がこんな所で本読むなんて珍しいね。」
リビングの扉を開ければそこにはソファに座って法学の本を片手に寛ぐ幸人がいた。
普段の彼なら自室にこもる事の方が多いのに、本当に珍しい。
「壊れかけていたドアノブにとうとう限界が来たんだ。」
本をテーブルに置いて代わりにコーヒーの入ったマグカップを手に取る。
幸人の答えに僕は納得した。
あの扉ずっと壊れてたからな…。
何度か閉じ込められた幸人を助けた事があった。
幸人の言うとうとう…とは多分ドアノブ自体が落ちたのか…そんな所だろう。
自分で勝手に解釈して隣に続くキッチンに入った。
幸人が使ったのかコンロの上にはヤカンが一つだけ置いてある。
それを軽く持ち上げれば随分重い。
カウンターキッチンから、こちらに背を向けて座る幸人に目を向ける。
幸人の考えてる事はよくわからない時がある。
気が付かれない様に小さく息を吐いてヤカンを火にかけた。
カチッと音を立てて青い炎がヤカンの底を覆う。
幸人は普段誰よりもしっかりしている。
それは多分彼にかかわれば簡単にわかる事だ。
でも、このヤカンのようにたまに奇怪な行動をする。
一人分のコーヒーを入れるためにヤカンいっぱいに水を入れなくちゃいけなかったのだろうか…。
そう、そんなどうでもいい事では彼は無頓着と言うか興味がない…。
食器棚から愛用のマグカップを取り出してドリップコーヒーをいつもの様にカップにセットする。
準備万端なはずなのに横にあるヤカンはまだまだ音を立てない。
暇を持て余した僕は再び背中を向けている幸人に目を向ける。
学校では生徒会やGフェスの事で色々あるけれど家に帰れば僕たちは普通だ。
別に嫌っているわけでもないし…幸人は生徒会長の仕事しているだけで僕もGフェスの仕事をしているだけ。
「あれ、珍しいね。幸人がこんな所にいるなんて。」
幸人の背中を眺めていたら突然声が響いた。
それに僕は小さく肩を揺らす。
「美影も棗も俺をどんな奴だと…。」
「だっていつも部屋に引きこもってばっかじゃん。」
さすが…妹…あの幸人にも負けてない…。
二人のやり取りを軽く聞き流しながらやっと小さく鳴りだしたヤカンに目を向ける。
しかし…まだ沸騰には至らないらしい…最初に少し流せばよかったかな。
幸人はいつもと変わらない様子でコーヒーを飲みながら文章を目で追っている。
僕の場所からでは見えないので、らしい…と付けるべきだけど…。
「あの…お邪魔します。」
そこに再び増えた遠慮がちの声。
見なくたって分かる。
「あ、ごめんね繭子。じゃあ私の部屋行こっか。」
顔を向ければリビングの入口に繭子が立っていた。
普段と違って制服ではなくショート丈のデニムパンツに上は女の子らしいフリルの付いたシャツとパーカーを羽織っている。
髪形も横に一纏めにしていて白い首筋が見えていた。
「うん。幸人先輩、棗先輩お邪魔します。」
そう言って頭を下げた繭子は恵人の妹と出て行った。
聞こえるのは楽しそうな笑い声と階段を上がっていく足音。
残された僕と幸人、一瞬目が合ったのは気のせいなのか?
ぼんやり考えていると大きく主張しだしたヤカン。
勢いよく吐出している蒸気が沸騰を知らせてくれていた。
慌てて火を消して、少しだけ収まるのを待ちながらさっきの光景をまた思い出していた。
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