学パロ。付き合っている設定。
刑部を幸せにしたかった。


『よしつぐううううう!!』

「何ぞ」

『トリックオアトリート!!』

ハロウィン当日の朝。
廊下を車椅子に乗って移動していた吉継の前に、手を差し出すような形で立ち塞がる。

「ヒヒッ、見事なカタカナ発音よの」

『ああ!?じゃあこれでどうだ!!
Trick or treat!』

「我の彼女は今日も元気よのう」

『さあ!菓子を差し出せ!!』

まったく、高3にもなってハロウィンでこんなにハイになるとは…
とか
もう少し女子として恥じらいを…
とか何とか聞こえた気がしたが、無視だ無視。
大体、女子としての恥じらいなど、スカートの下に体育のジャージを履いている時点で無きに等しい。

今日はハロウィン。
ローマカトリックの諸聖人の祝日の前夜祭らしいが、そんな事はどうでもいい。
大体、諸聖人って誰だ。
カトリック教徒で無い私には関係の無い話よ。

私にとってハロウィン=お菓子or悪戯の日だ。
合法的に悪戯が許され、更に悪戯出来なくてもお菓子が貰える、私にとってまさに天国のようなこの日!!

『で、吉継はお菓子持ってるの?』

「すまぬなあ、持っておらぬ」

『そっかー。でも意外だ』

去年も一昨年も、ちゃっかりお菓子を持って来て私の悪戯から逃れていた吉継が、3年目にしてお菓子を忘れるなんて。

正直、持ってくると思ってたから悪戯の内容を考えていなかった。
吉継にはどんな悪戯をしようか。
鞄に入っている猫耳カチューシャを着けるか?
それとも筆箱からカラーペンを抜くか?

…ちょっと待て、彼氏に悪戯を仕掛ける彼女ってどうよ。
一年半の片思いの末、ようやくお付き合いし始めたのが3ヶ月ほど前。
やっと彼女になれたのに、この悪戯が原因で別れるとか立ち直れない。
そう判断し、悪戯をするのをやめる事にした。

『聞いて喜べ!吉継は彼氏だから悪戯するのはやめる!
そのかわり、クロカンに悪戯してくる、チャオ!』

そう言って、クロカンが居るはずの体育館裏へ向かうために踵を返す…

が。

私が足を一歩踏み出す前に、控えめにカーディガンの裾を引っ張られた。

引っ張ったのは勿論…

『吉継…何ぞ』

「いや、"Trick or treat" なのであろう?」

『いや、だから、吉継は彼氏だから…』

「"or"なのであろう?」

たらり、と額から汗が流れ落ちた。
そうか、最初から悪戯が狙いか。
思わず後さずった私を、吉継が追い詰める。
背後には壁。
前には吉継。
普段であれば技の一つや二つをかまして逃げるのだが、相手は我が最愛の彼氏である吉継。

車椅子のタイヤが廊下のゴム床と擦れた"キュッ"という音に、大袈裟に肩が跳ねた。
それと同時に、ギュッと目を閉じる。

ふわり、鼻をかすめる自分の物とは異なる石鹸の匂い。
不思議に思い、恐る恐る目を開けると…

ちゅっ

唇に、キスをされた。

「ヒヒッ、悪戯よ、イタズラ」

口元の包帯をずらし、不敵な笑みを浮かべてそう言った吉継。
目を見開き、固まっている私を置いて、彼は車椅子を物凄い速度で走らせ逃げて行った。

へなへなと、廊下にへたり込む。

『は、反則…!』

きっと今の私はゆでダコのように真っ赤な顔をしているのだろう。








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