「きゃーっ!!名前ちゃん可愛いですっ!」
『あ、ありがとう、鶴姫ちゃん!!』
「名前は元が良いからな。よく似合っている」
『孫市も、ありがとう』
肌触りの良い上質の絹で出来た白を基体とした白無垢のような装束を身に纏うと、昨日まではあれだけ沢山文句を言っていたはずなのに、いつの間にか気分が高揚していて。
白無垢。
結婚式はドレスが良いな、と思っていた頃もあったのだけれど、いざ白無垢を着てみると、これはこれで良いんじゃ無いかと思えてくるから不思議だ。
「……名前ちゃん、私、名前ちゃんにはとても感謝しているんです」
『どういうこと?』
突然、神妙な面持ちでそう切り出した鶴姫ちゃんに、私は思わず首を傾げた。
記憶を取り戻してくれた件について私が彼女に感謝することはあっても、彼女が私に対して礼を言うような事を私はしていない筈なのだが。
「名前ちゃんは、松永さんの脅威から私の領地を守って下さいましたから」
『守った?私が?』
ますます意味がわからない。
此方に引き摺り込まれてからこの2年間、私は1度も松永さんの領地以外に行ったことは無いのに。
それなのに、どうやって私が鶴姫ちゃんの領地を守るというのか。
そも、鶴姫ちゃんの領地の正確な位置すら把握していないのに。
疑問が顔に出ていたらしく、鶴姫ちゃんは微笑みながら私に説明してくれた。
「松永さんは元々自分の欲求を満たすことにしか興味の無い人だったんです」
『うん、それは本人から聞いた。
だから、私の事も最初は愛玩人形くらいにしか思ってなかったって』
「…名前、それを聞いて怒らなかったのか?」
『ほら、前も説明したけどさ、私のお父さんは別の世界の"松永久秀"なんだよ。
私のお父さんは、この世界の久秀さんをもっとマイルド…穏やかにした感じ、かな。
多分、だからすんなり納得出来たんだと思う』
久秀さん曰く、お父さんと久秀さんは起源が同じらしい。
起源と言うと難しく感じるけど、有り体に言えば"魂が同じ"という事らしい。
お父さんも、仕事以外では基本的に他人の感情に興味の無い人だった。
けれど。他人の感情の機微に鈍感なわけでは無い。むしろ恐ろしいほど敏感で。
どんな些細な感情の揺らぎを見落とさないから、患者さんにも好かれていたのだろう、と思う。
「名前ちゃん、松永さんに私について何か話しませんでしたか?」
『鶴姫ちゃんについて…
友達になったとか、一緒に遊んだとか、そんな事しか話してないはずだよ…?』
彼女について、久秀さんに話した事といえば、たわいの無い聞いても聞かなくても同じような事ばかりだ。
鶴姫ちゃんの領地に関する事は何にも話していない。
なのに、どうやって領地を守るというのか。
「そのたわい無い会話のおかげで、私の領地は救われたんですよ」
『は、はあ…』
「何ですか、その訝しげな顔は!」
『いや、だってさ。
だって、あんな会話で領地が一つ救われたとか聞いても、実感が湧かないというか…』
「実感が無くても事実なんです!
名前ちゃんが松永さんの所に来てから、彼は変わったんです!」
『変わった…?』
具体的に、何処が。
久秀さんは元から異常に私に執着していて、そして時折申し訳なくなる程に私を溺愛してくれている。
現代にいた時よりも執着度合いが酷くなっただけで、私に対する態度は全くブレていないのだが…。
そう言えば、孫市と鶴姫ちゃんは顔おを見合わせて、これ見よがしに大きな溜息をついた。
「恋というのは恐ろしい物だな…」
「名前ちゃんって、賢いのか阿呆なのかたまに分からなくなります…」
『な、何さ、その反応…』
まるで私が色恋に狂うアホの子みたいじゃ無いか。
眉を潜めて二人を睨みつけると、孫市にデコピンをされた。
痛い。地味に痛い。
『孫市ぃ…何するのさ…』
「せっかく良い物を着ているんだから、そんな顔をするな。
…着物が可哀想だ」
『あくまで着物が主体なんですね』
「馬子にも衣装、という諺があるだろ…う…」
冗談を言い合って笑あっていたら、いきなり孫市の顔から表情がなくなって。
不思議に思って孫市の視線を辿れば…
「…卿は、私の妻を馬子と形容するのか。
ならば、卿は集団で群れる豚か何かかね?」
愉快、愉快と目が笑っていない上っ面だけの笑顔で此方を見下ろす久秀さんがいた。
怖い。とても、凄く、怖い。
その怒りが私に向けられていない事は分かっているけど、それでも久秀さんの笑顔が怖くて。
『じょ、女子会にいきなり乱入するとか野暮ですよ!!
久秀さんの事嫌いになっちゃいますよ!!』
つい、思ってもいないことを口走ってしまった。
(…あの、久秀さん?)
(……そうか、嫌いか)
(嘘です。嫌いじゃ無いです。大好きです)
(…口先だけでは何とでも言える)
(じゃあこれでどうだっ!)
(卿は変な所で男前だ…)
(久秀さんの機嫌が治るなら、キスの一つや二ついくらでもしますよ)
(…孫市姐さま、見ました?今の)
(ああ。見たくは無かったがな)
(私も宵闇の羽の方とあんな風になれたら…)
(良いのか?アレで良いのか?)
(人目を憚ること無く愛を育む…素敵です!)
(……好きにしろ)
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