十万打リクエスト | ナノ



──娘のように思っていたはずだ。
──そこに恋愛感情は無かったはずだ。

元々名前の事を好ましいとは思っていたが、それは私と瓜二つのアレが大事にしているからだと思っていた。
アレと同じように、己が娘として接していたはずだった。

だが、蓋を開けてみればどうだ。
私は、いつの間にか名前に執着していたらしい。

名前が私に対する感情に名前を付けかねているのを分かっていながら、私は彼女を此方側へ引き摺り込んだ。

此方に来てからは、名前が私に依存するように、彼女の精神状態を不安定にするような事をわざとした。

その結果、私の目論見通りに名前は病んで、私に依存したのだが、それでも彼女は自力でその状態から回復して。
そして、依存から抜け出した後で、己の意思で私に想いの丈をぶつけて来た。

流石、私と同じ起源を持つアレの娘。
悔しいが、アレの事も認めなければなるまい。


一度、
"私の何処に惚れたのか"
と名前に聞かれた事がある。

その時は
"さあ、何処に惚れたのだろうな"
と有耶無耶にして誤魔化したが、実のところ、好ましいと思う所を数え出したらきりが無いのだ。

例えば、無理に強がるところ。
私の前では、私に自身の心の揺らぎを気取られないように、と必死に外面を取り繕うその姿を好ましいと思った。

例えば、時折驚くほど蠱惑的な立ち居振る舞いをするところ。
普段のあどけなさを全く感じさせない色気を放つ姿を見て、何度理性を飛ばしかけた事か。

他者の幸せや不幸にまるで興味の無い私が"相手を思い遣る"という事を覚えたのは、きっと名前のおかげだろう。

名前のおかげで変わった事がもうひとつ。

物心ついた時から悩まされて来た喉が渇くような欲求が、名前と共にいると湧いてこなくなった。

それに気付いてから、私の名前に対する執着は深まるばかりで止まる事を知らない。

私の醜い嫉妬や執着を受け流すどころか全て受け止める名前はまるで御伽噺の天女のようで。

いっそう募る愛しさ故に、私は彼女を甘やかすのだ。













『久秀さんの嘘つきーーーー!!!』

不覚にも名前の叫び声に驚いて、手に持っていた筆を書きかけの文の上に落としてしまった。

「これはもう駄目だな…」

半紙に広がって行く黒い染みに溜息をついて、筆を筆置きに置く。

「嘘つき、か」

きっと、明日の婚儀の事を言っているのだろう。

元は身内だけのささやかな式だったはずの物は、帝のせいでいつの間にかえらく盛大な物になってしまった。

それでも、招待客を帝が納得するギリギリの数まで減らしたのだから、労いの言葉一つぐらいかけて欲しいものだ。

「文句は帝に言ってくれたまえ」

見た目に似合わず子供のような心を持った帝に会えば、名前も彼に抵抗する事の無意味さを理解することが出来るだろう。

黒に染まった文だった物をクシャリと丸めて、脳裏に浮かんだ帝の無駄に爽やかな笑顔にぶつける代わりに屑かごへ全力で投げ入れた。




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