『凄く、不思議です。
私が久秀さんのお嫁さんになって、縁側に並んで腰掛けて同じ月を見上げてるだなんて』
「私も不思議だ。
なぜ卿が私の隣にいるのか」
『久秀さんが此方側に引き摺り込んだからじゃないですか…』
「私の理想は教養があって淑やかで二つか三つ年下の女子だったはずなのだが…」
『私だって、理想の男性は私より少し年上で、背の高い優しい人だったんですよ。なのに、どうしてこうなった…』
「……」
『何ですか。睨まないで下さい。
お互い様ですよ』
久秀さん。
私のお父さん同じ名前、同じ顔、同じ声、同じ起源を持つ、お父さんとは全く異なる人。
私の大好きな、愛しい旦那様。
彼が私たち家族の元に落ちて来て、世話をしているうちにいつの間にか恋心が芽生えていて。
久秀さんとこたにいを元いた世界に還す方法がやっと見つかってお見送りをしていたら、いつの間にか久秀さんに此方側に引き摺り込まれていた。
恨めしいと思うのと同じくらい、嬉しかったのを良く覚えている。
『久秀さんは、どうして私の事を好きになったんですか?
理想からかけ離れているし、何より現代ではそんなそぶり全く見せなかったじゃ無いですか』
ずっと気になっていた。
親子ほど歳の離れた久秀さんが、何故私の事を好きになってくれたのか。
現代では私の事を娘のように扱っていたのに、どうして此方側に引き摺り込んだのか。
「何故、か…。
しいて言うならば、卿といると長年私を悩まして来た喉が渇くような欲求が湧いてこないと気付いたから、だな」
『何ですかそれ。飢えた獣か何かですか』
「名前、卿が聞いたのだろう?
その反応は如何なものかと思うぞ」
『だって、欲に狂う久秀さんなんて想像出来ないんです。
私の知る久秀さんは、見かけは紳士で、中身も紳士で、でもたまに意地悪な素敵な男性だから』
「卿はよくそんな恥ずかしい事をさらりと言えるな」
『現代人ですから。
もうひとつ質問。私の何処を好きになったんですか?』
「卿は、私の戦を見ても態度を変えなかっただろう?」
『そりゃあ、まあ、ここは戦国時代ですし。殺らなかったら殺られる世界で"戦、ダメ、絶対"なんて綺麗事言ってられませんよ』
いくら平和ボケした頭でも、この乱世で綺麗事が通じない事ぐらいはわかる。
気を抜けば、弱みを見せれば、一気にそこから攻め込まれてしまう。
だから、仕方が無いと割り切った。
ただ、それだけの事。
『でも、甘いと言われてしまうのは分かっているけれど、それでも、私は戦の被害を最小限に抑えたいと思っています』
私がそう言うと、久秀さんは苛烈、苛烈と彼特有の笑い声をあげながら、いきなり私を抱き寄せた。
『ひ、久秀さんっ!?』
「まるで襲われているかのような声だ」
『そう思うなら、もうちょっと優しくして下さいよ…
いきなり何なんですか、もう…』
久秀さんが、私のお腹に回した腕にギュッと力を込めた。
私の後頭部が久秀さんの胸板に押し付けられる。
ドクン、ドクンと久秀さんの心臓の音が聞こえてくる。
それに加えて、香の良い匂い。
「最初は、アレが溺愛しているから私も卿の事を気に入っているのだろう、と思っていた」
耳元で囁く声に、脳が蕩けそうになる。
その感覚から逃れるために、私は密かに深呼吸をした。
『アレ…もしかして、お父さんのことですか?』
「そうだ。最初はアレと同じく己が娘のように思っていた。それがいつの間にか執着に変わり、離したく無いと思った。
"卿を独り占めしたい"という独占欲に塗れた、醜い感情に心が支配された。
まこと、恋とは厄介なものだ…」
少し自嘲気味に笑う久秀さんに見惚れる。
イケオジは何をしても様になるのか。
お父さん同じ顔、同じ声、同じ形なのにどうしてこうも醸し出す雰囲気が異なるのか。
じい、っと久秀さんの顔を見ていると、彼の顔がだんだん近づいて来て。
『……ん、むっ……』
触れるだけだったものが、どんどん深くなっていく。
時折聞こえる久秀さんの吐息がやけに色っぽく思えて、だんだん理性が溶かされていって。
いつのまに寝てしまったのか、覚えていない。
久秀さんとのキスが気持ち良くて、それに加えて久秀さん膝の上が思った以上に心地よくて。
眠りに落ちる寸前に、耳元で久秀さんが何か囁いたのを聞いた気もするのだけれど…
『久秀さん…好き、です…』
「可愛い寝言だ。
あんまり可愛いと襲ってしまうよ」
けれど、それは気のせいだろう。
きっと、全部、夢の中のこと。
──願わくは、この幸せな、夢のような生活がいつまでも続きますように。
(全く、無防備にもほどがある…)
(ごめん、なさい…?)
(いや、良い。
卿の寝顔を見ることが出来るのは私一人だけなのだから)
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