第一説



夕日が教室に射し込んでいた。

誰も居ない教室。生徒はおよそ帰宅か部活動に勤しみ、放課後は教室に遅くまで残っている者はいない。今日の授業が2時と早めに終わったのも原因かもしれないが、現在この教室には私と友人の夏実しか居なかった。
この時間まで残っている大きな理由はないのだが言うなれば『なんとなく』が一番しっくり来る。互いに帰宅してもすることがないという所謂暇人であり、どこか遊びに行こうにも普段から財布が寂しいため行くに行けない。学生は世知辛いものだ。


「ねえ、夏実。知ってる?」
「うん?なにを?」


窓際の席とあって外を眺めるには絶好だ。校庭では野球部、サッカー部、陸上部が狭いスペースで一生懸命に練習しているのが目に写る。そこから少し上に向け真っ赤に染まった太陽を頬杖付きながらぼーっと見つめ、その格好のまま前の席に座る夏実に声を掛けた。机と平行になるように座っていた夏実は膝の上に雑誌を置いて読んでいる。私の声に返事はくれたものの目は依然として雑誌に向いたままだ。

真っ赤に染まる太陽と空から目を外し、射し込む光で全てが橙に染まる教室に戻した。黒板も壁も机も、ほぼ全体が橙に輝く。


「夕日の朱って咎の色なんだって」
「…咎?」


ようやく顔を上げた夏実の表情は怪訝。突如変なことを言った私が訝しいらしい。


「うん。トガ。でも咎を犯した倍以上の優しさを持ち合わせてるからとっても優しいんだって。しかも強いんだってさ」
「なーにそれ」
「んー、何だっけなあ。誰かに教えてもらった気がする」
「誰に?」
「………………さあ?」


ぷっ、と夏実は吹き出す。変なの、と笑う夏実に吊られて私も笑い出したけれど心の奥底から笑うことが出来なかった。冗談で言った訳じゃない。本当に誰かから教えてもらった言葉でそれは本当に大切なひとだった気がする。頭の一番奥。鍵がかかった引き出しに仕舞われた記憶が飛び出したいと叫び音を立てているけれど鍵は決して外れずただ記憶はもがくばかり。引っ掛かって私ももどかしいのに。

笑い収まった夏実は再び雑誌に目を落とし、私は腕を枕に顔を窓に向けてうつ伏せになる。僅かに開けた窓から聞こえる部活動に勤しむ声をバックグラウンドに私は瞼を閉じた。
──たちまち眠気に誘われる。



◆   ◆   ◆




瞼を開けると暗闇に佇んでいた。
周囲を見渡しても何も見えない存在しない確かな闇。

全てを呑み込んでしまいそうな完全な闇を初めて体験し、思わず体が竦みそうになるが足腰と下腹力を入れて短い息を吐き出した。そして長くゆっくり息を肺の奥まで吸い込み肺が満タンになった所で一拍息を止める。大丈夫怖くない。そう自分に言い聞かせた。
そして自分の体を見下ろしてみる。周囲は闇に取り囲まれているけれど何故か私の体は燐光が散らばったようにぼんやり闇の中に浮かんでいる。掌を閉じて開いて、手を前に伸ばして空を掴む。どこに動いても体に纏うよう散りばめられた燐光は一緒になって動いた。


「……困ったなあ」


何がって、全てに。
こんな完全な闇は初めてだし前も後ろも分からなければ歩いても意味がない。どうせここは夢の中でしょう?目が覚めるまで待つのも良いけれど変に意識がはっきりしているから動きたい感じもする。同じ言葉をまた漏らし、息を吐き出した。溜息だ。


『俺様のもとへ来い』
「………………は?」


不意に響いた声が空気を震わせた。
闇に反響する声は低く男性の声音は嘲笑を含んでいる。しかも命令口調と来たものだからカチンと来た私は思わず喧嘩腰の声を上げた。

なんか嫌な感じがした。具体的にどこが話せる訳じゃないけれど敢えて言うなれば本能がその声と言葉を拒否したんだと思う。従う気なんてさらさらない私は再び低く響く『俺様とともに来い』の声に無視を決め込む。命令すんなら姿を現してから言えよ。
口の悪さでは他の女の子に負ける気がしない。


『………………い?』
『晴…………な』


苛つきを感じるのとは別な二つの声。柔らかく優しい声が低い声を掻き消すように反響した。すると、突然意識は急上昇。闇から脱出する…────。

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