また、黒よりも濃い闇が視界を支配していた。
闇よりも深い闇に感じる、おぞましい気配。
闇のなかでなにかが蠢く。
『俺様のもとへ来い、娘――』
不気味に反響する。
見えぬ声が爆ぜた。
いや……行きたくない…っ
闇を逃げまどう。
あてもなく、方向も分からず、ただ迫りくる闇から一歩でも離れようと。
背後から迫る、蒼白の腕に捕まらぬように。
捕まったらきっと、おしまいだから。
『俺様のものになれ』
男が凄絶に嗤った。
つんざく嗤い声が、正気を奪う。
わたし、助からないの――?
絶望を、なにかが奔った。
光が雪のように舞って、やがて闇を走る私に揺れ落ちる。凄絶な嗤い声が途端に止み、声に、気配に、感情がなくなる。
掌に落ちた光を、足を止めて凝視した。
まるで流星に似たきらめき。
まるで太陽のような力強さ。
まるで春のようなぬくもり。
光明が差した気がした。
瞬間、光が弾ける。
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