それから、その場に座り込んだままじっくりと話し合った。最初は互いを探り探りの何とも堅い雰囲気で始まったものだが、結論が出るまでに己のことを紹介しつつと話し合っていたら以外にも早く打ち解けることができた。そうして、私、昌浩、もっくんが長々と話し合って至った結果としては『私が未来から過去に時を超えてきた』ということだ。逆に、そうとしか話が片付けられないのだ。

昌浩いわく、ここは『京の都』で闇や闇として生き、妖が跋扈する『平安京』、そこに生まれた昌浩は妖を祓う陰陽師であである。
私いわく、生れは『平成』で科学が進んでいて、夜でも空が明るいのが通常の街となってしまった『平成』に生きる、ただの学生。

その結果で納得すると話しが食い違うのも納得できた。私が生きる平成からすれば平安の都なんておよそ千年以上も前のことだ。
話が食い違うのが当然というものである。


「どうする、晴明の孫」
「孫言うな!」


話が食い違い、ここが平安の都だというならば、知識が乏しい私でも名前くらいは聞いたことのある陰陽師安倍晴明がいるはずである。――そして、本当にいた。しかも昌浩少年はその晴明のお孫さんだという。なんという偶然の確率で昌浩に会ったんだろう、と神様に初めてありがたみを感じた気がした。

かの大陰陽師に話せばなにか手立てがあったり、もしかしたら未来に戻せる方法があるかもしれない。いわゆる、希望だ。

しかし、それとともに絶望すら訪れる。
希望を考えれば、もしかしたら未来に戻れずにこのまま平安で生きていく、変える方法はないかもしれないと、絶望まで考えてしまうのが人間ではないだろうか。それは一学生の私とて同じことであり、表裏一体のそれに簡単に踊らされるのだ。

昌浩ともっくんの言い合いを遠くで聞きながら。どうしたものかと腰に手を当てて逡巡する。見知らぬ土地で、知り合いの誰もいない、未来の人物。この世界に受け入れられるか分からないけれど、来てしまったのならここで暮らしていくしかないのだ。
肺から息を吐きだしてつい、と東方の空に目を遣ると、なんと空が白んでいるではないか。夜明けだ。それとともに雀が囀りを始め、空に飛び立つ。羽ばたく小さな羽が空を旋回した。

どうしようかなあ…私…「…というわけだ」広い大路に仁王立ちになって、腰に手を当て羽ばたく雀を目で追い思案していると、不意に耳に高い声が入り込んで意識が逸れた。見上げるもっくんが何か話していたようだけれど、申し訳ないことにまったく聞いていない。「うん?」と首を傾げると息を吐いたもっくんが呆れたようにまた離してくれた。
昌浩は狩衣についた埃を一生懸命に払っている。私も払わなきゃなあ。


「これからお前を邸に連れていく。そこでしばらく休んで、晴明に会うといい」
「うん。…………あの、ね、もっくん」


もっくんに視線を会わせるようにしゃがんで、素直に首肯した。
しゃがむと、というより現状が分かったお陰か、張り詰めていた緊張の糸が解けて意識が急に重くなる。
瞼も、体も、すべて、重くなって。


「も…むり、みたい……」


かすれる声が、辛うじて紡いだ。
尻餅をついてから、体が横に倒れ込んだ。
遠くなる意識で昌浩が慌てて叫ぶ声がする。

昌浩少年、きみは、いいこだね。



◇   ◇   ◇




昌浩と咲希とが詳細を話し合っている間、物の怪は隙を見て、控える六合に目を向けた。姿こそ現していないが、ずっと昌浩の傍に隠形していたのだ。物の怪が同胞のいる場所へ目を向けると彼はひとつ頷き、すると隠形してた気配がふっと掻き消える。完全に隠形していたため、昌浩も、頑是ない少女も気付いていない。
物の怪は六合の去った方を見遣って、彼が戻ってくるのをただ待った。



十二神将六合が昌浩のそばから一時的に離れた理由は、主の指示を仰ぐためだ。
少女の正体が未知な以上、昌浩のそばを離れるのには多少なりとも気が引けたが、これは同胞の指示でもある。同じ十二神将内で最強を誇る同胞がいればひとまずは安心出来るだろうと信頼を寄せたもと、六合は晴明のもとへ急いだ。東のさらに向こう側が、かすかに白み始めている。あと少しで夜明けだ。寄るが完全に開ける前には、と急いだ六合は、邸に着いてすぐさま主の部屋へ向かう。

安倍邸の一角、鬼門の方角に部屋を構えたあの老人は、きっと、孫が返ってくるまでまた眠りに就かないのだろう。
年なのだから考えてほしいものだ、と案の定寝ずにいた老人を見て嘆息が漏れるが、しかし今はそれを悠長に言っているいとまはない。空の白みが近づくさまを見上げている晴明はわずかながら思案げな表情をしている。隠形したままにいた六合は姿を現し、思案げな晴明の指示を仰ぐ。

おそらく、いつものごとく遠視の術でも使ってみていたに違いない。説明して訊くまでもなく、六合は指示を待った。

すると、晴明は突如として息を呑む。回路が、どこかに繋がったのだろう。


「…もしや……」
「…晴明?」


すぐに答えなかった晴明が、ふと一度開口したきり再び口を閉じた。扇をもてあそぶ手が止まる。
たまらず六合は呼びかけ、そばに隠形していた青龍が顕現する。険しい目つきが晴明を射抜く。
しかし、晴明は答えることなく、得心がいったように幾度か頷き表情を緩めた。
そうか、もしや、あのこが。
わずかに開いていた扇をぱちりと閉じ、簀子にたたずむ神将に双眸を向けた。きらめく眼光が普段よりも増している気がする。


「その子を、邸に連れてこい。話はそれからだ」
「…分かった」


首肯した六合は隠形し、そこから気配を消す。
同胞が気配を消したと同時に、青龍から痛烈な神気が漏れる。冷静さを失った神将は主に食ってかかった。


「晴明、どういうつもりだ!」
「どうもこうも、そういうつもりじゃがのぅ」
「なぜ、招き入れる。放っておけばよいだろう!」


青龍がここまで厳しくなる理由を晴明は熟知している。主想いは大変結構であるが、少々過保護すぎる気がしないでもない。厳しい批判を受け流しながら、晴明は再び扇をもてあそび始め、ついと視線を滑らせた。


「…そういうわけにもいかんのだよ」


北方を向く。
あの山の神は、これを仰せられていたのだろうか。
つい数日前のことを思い出して、晴明は微苦笑を漏らすのだった。

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