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「晴明」


脇息にもたれる老人を呼びかける声は、険しさを帯びている。
ひとまず昌浩の部屋へ向かった咲希と孫が退席してからというものの、顕現した青龍は眉間に寄せた皺を一層深めている。明らかな不快感をあらわにしているが、それに気付きながらも晴明はなにも言わずただ夜明けの空を見上げていた。部屋にいるのは胸の前で腕を組んだ青龍、そして老人を呼びかけた白い物の怪だけだ。昌浩について行ったはずだが、と白む空から視線を滑らせた晴明は物の怪を見遣る。白い姿に青龍はこの上ない不愉快を感じるが隠形することはない。

物の怪は青龍の刺すような視線を気に留めず、晴明の隣にお座りをした。
隣にいる姿から、再び明けの空に戻す。しわしわの面は、どこか機嫌が好さそうである。


「晴明。本当にあの女を住まわせるのか」
「…紅蓮、お前も不満なのか?」
「……も?」


片目をすがめて老人を見上げる。すると、彼は背後の柱に背を預ける男に一瞬だけ目を向ける。それだけで誰を指しているかは一目瞭然だ。
青龍は青龍で物の怪と同意見だというのは気に食わないだろうが、しかし安倍晴明に仕えているならば誰もが心配するだろう。見ず知らずの、しかも未来から来たという不確定な情報しか持たない未知の女。あどけないふりをして、強大な術者に操られあんなことを言っているのかもしれない。そして稀代の陰陽師を狙っているのかもしれない。主に従うものとして、自然とその考えは浮かんでくるのは道理だ。

だが、とうの本人は穏やかに微笑むばかりである。
安全だと自信があるのだろうが、その自信がどこから来るものか分からない。安倍晴明より強い術者、陰陽師が存在するとは思っていないが、万が一を考えて言っているというのに。


「大丈夫じゃよ。これは、ご下命でもある」
「下命?……もしや」
「ああ。神のお言葉だ」


朱の双眸が北を向く。
怪訝に目を細めた。
晴明に命を下す神と言えば、北方の山にいるあの神しかいない。
ここまで足を運んだのか。いや、あの気分屋な神がそこまでするはずもない。ならば、晴明が出向いたか。


「あの神が大丈夫と言っているんだ、あの子は安心できる」
「…昌浩にも、晴明にも、手を出さないんだな?」
「できると思うのか?」
「……なら、構わない」


じっと丸い目で年取った主を見上げ、物の怪は無愛想な相槌を返ししながら部屋を出て行った。
その小さな白い背と、背後で不機嫌をあらわにしている神将に、晴明は小さな息を吐きだしたのだった。




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