格子のなかに囚われた女たちが、道をいくおれ達を誘い居れる。どうやらこの『遊郭・吉原』と呼ばれるなかに、吉原一の女がいると言う。それを訊き付けたおれは、一目見て品定めでもしようかと、その女がいる店へ足を向けていた。



「吉原一の女がいると聞いた。どこにいる」



後ろにペンギン、キャスケットを引き連れながら吉原一の女がいる店へと現れ、騒然とする店内を一瞥したあと静かに告げる。中にはおれが"死の外科医"と知っているやつがいたが、そいつを視線で黙らせる。

それだけで黙らすことが出来る男だ、海賊としても低いと見た。


おれのその静かに告げた声に返したのは、店の中から現れた小さい娘。――かと思いきや、おれの後ろだった。



「おやおや、海賊じゃありんせんでありんすか。こなたのようなところに何をしに参ったんでありんすかえ?」



視線だけ肩越しに顧みながら、そして次第に首をそちらへ向ける。後ろにいたペンギンとキャスケットは、不意に返答したその女を見て美しさに息を呑んでいた。赤い着物に身を包み、簪や櫛がたくさん髪に飾り付けられている女がそこにいる。

店奥から出て来た小さい娘が「太夫…」と呟く。それがたしかに耳に届いたおれは、この女が吉原一の女ではないかと悟った。以前読んだ本には『太夫』が一番最高位にいるとあり、そして実際に『太夫』と呼ばれた女がここにいる。



「…おれと酒を飲め」

「それはできんせん。ぬしは吉原一の花魁と飲みたいようでありんすが、残念ながらわっちは吉原一ではありんせん。なんでどうかお引き取りくんなまし」

「吉原一でなくともいい。お前が、おれと酒を飲め」

「……申し訳ありんせんがそれはできんせん。ここにいる殿方たちは、わっちと酒を飲むために金をつぎ込んでいるのでありんすぇ。いちどもこなたの店に来んしたことのないぬしと初めて酒を飲むのは、彼らに無礼にあたるでありんしょう」

「金ならいくらでも払ってやる」



おれは海賊だ、とその声がおれ達のせいで静まりかえった店内に響く。しかしこの女はおれと一度も目を合わせず、店の奥へと足を進める。後ろでその美しさに動くことの出来なかったペンギンとキャスケットはおれの声でようやく意識を取り戻した。


しかし、いくら金を払うと言ってもこの女は聞く耳を持たず「出ていけ」の一点張りだ。それに納得のいかないおれは、おれに背中を向ける女の腕を掴んだ。

小さい娘が「太夫!」と声を荒げ店内からは男たちがおれに対する殺気が飛ばされたが、おれはそれを気にせず振り向く女を見る。簪に付けられた垂れ下がった飾りが、振り向くと同時に揺れた。



「わっちは海賊が嫌いなんでありんすえ。でありんすから、いかほどお金を積まれようとぬしの相手はしないでありんしょう」

「…女が一緒に酒を飲む男を選ぶのか」

「吉原とはそういうところ。承知の上で来んしたのではないのでありんすか?」

「おれが知るか。おれは海賊だ」

「海賊であろうと、こなたの吉原に足を踏み入れたからには吉原の規律に従ってもらいんす。…お早くお引き取りをしてくんなまし」



外から騒ぐ声が、店の中に聞こえて来た。恐らく、おれを捕まえるために来た奴らだ。凛とした振る舞いで赤い紅をぬった口で言葉を紡ぐ女を一瞥し、おれは一度その腕を強く掴んだ。

前を向こうとしていた女はもう一度おれを見る。その隙に、にやりと口角を上げた。



「何度言おうがおれは海賊だ。海賊には海賊のやり方がある。…欲しいもんはとことん奪うんだよ」

「おや、恐ろしい」

「待ってろ。近いうちに、お前も奪う」

「それなら、わっちは逃げ回っていんしょうかね」

「出来るもんならやってみろ。………ペンギン、キャスケット。一旦船に戻るぞ」



凛とした振舞い、だれも寄せ付けない雰囲気を醸し出す女は、紅をぬった口角を鮮やかに上げた。その笑みに見惚れるペンギン、キャスケットと店の中にいた男たち。

その笑みに不敵に笑み返すと、女は店の奥へと引っ込んだ。鼻の下を伸ばしながら見惚れたままのペンギンとキャスケットの意識をここに呼び戻し、おれは店を出る。


やはり、外はおれを捕まえるための自警団がこの店を包囲していた。



「大人しく捕まれ!」

「おれに命令をするな」

「大夫に手を出すことは禁じられている!」

「……邪魔だな。気を楽にしろ」



当たり前だが、一向に通す気もないそいつらに煩わしさを感じ、おれは円を作りだし肩に乗せていた刀を引き抜いた。自警団のやつらとおれが刀で斬ったのは、同じタイミングだった。



◇   ◇   ◇




それから幾日もしないうち、太夫のまえにはまた海賊が現れた。それは店からではなく、太夫の居る部屋の木枠を刀で斬り、障子を破って現れた。時刻は明け方。店はまだ騒いでいるものがいた。

まるで、その海賊が来るのが分かっていたかのように、太夫は上座に座り以前と似たような着物を纏いローを見る。目の下に隈があるローのその目は、たしかに太夫の姿を捉えていた。



「よォ。予告通りお前を奪いに来た」

「もつとも早く来ると思っていんしたが……意外と遅かったでありんすね。逃げ回る気も失せんした」

「よく回る口だな。……お前、おれが怖くないのか」

「太夫がこなたの程度で怖がるとお思いでありんすか?」



蝋燭のみで照らされた室内は暗い。ゆらゆら揺れる橙の灯りが太夫の顔を照らすなか、ローは依然凛とする太夫を見下ろしつつ彼女に近付く。肩で刀をとんとんと一定のリズムを鳴らすが、彼女は怖がる素振りも物怖じする素振りも見せない。

ローはそれこそ強がりだと思っていたが、どうやら本当に怖がっている様子はないらしい。余裕だと言わんばかりに、定めるかのような視線を大夫に向けるローを見てはくすりと口許を動かした。


真っ赤な紅が動くのを見ると、ローは喉の奥で笑った。



「面白ェ。前から決めていたが、お前おれの船に乗れ」

「前も言ったじゃありんせんでありんすか。わっちは海賊が嫌いだと 」

「知ったことか。海賊は欲しいもんをとことん奪う。…前も言ったじゃねェか」

「……どうやら、わっちがぬしに奪われるのは決まっていたみたいでありんすね」

「当たり前だ。おれが決めたんだからな」

「でありんすが、わっちは戦闘もなもできんせん女でありんすぇ。 そんな女が海賊には必要でありんすか?」



太夫の眼前で立ち止まったローは、その場にしゃがんだ。完全に太夫のその黒い瞳とアイスブルーの瞳が合うと、二人は互いに笑みを浮かべ探り合う。しかし、最終的には太夫が、まるで自分の運命が決まっていたとでも言うように、溜息を吐き出した。

ローはその言葉が、船に乗る了承だと汲み取るとその腕を掴み、太夫を経たせた。再び簪についていた飾りが揺れ、しゃらんと美しい音を奏でる。


戦闘もできない女。その単語が太夫の口から出るとローは立ち上がらせていた太夫の腕を掴みながら、肩を僅かに震わせ再び喉の奥で笑った。



「お前はただおれの隣で酒を注いでいればいい。戦闘?そんなもんお前が心配してどうする。お前はおれに守られてればいいんだよ」

「ふふ、力強い言葉でありんすね。わっちの命は酒を注ぐのと引き換えでありんすか」

「あァ。おれに守られんのが嫌なら酒を注ぐな」

「何を言いんすか、わっちはただの女でありんすぇ。酒を注ぐしか能がありんせん」



経たせられた太夫は三枚歯下駄を履こうとしていたが、それで歩いてはすぐに追いつかれると確信したローは、彼女に刀を持たせ有無を言わさず片腕に座らせる形に抱きあげた。何枚も重ねられた着物、髪に付けられた飾りが彼女の体重にのしかかり更に重くする。

しかし、それをうんともせず抱きあげ、更には歩き出すローと会話をしながら太夫は遠回しながらに守られることを告げた。背中に回されたローの腕を感じながら、太夫はローの両肩に手を置いて赤い紅を鮮やかに吊り上げる。



「ずっと、わっちを守ってくんなまし。死の外科医さん」



ローの頬には、うっすら赤い紅が付いていた。



奪われた永遠の華


「おれの女だ。お前ら、手を出すなよ」
「あ、あれあの時の太夫…!」
「わっちの名は名前と申しんす。不束ではございんすが、よろしく お願いしんす」
「わー…きれいな人…。あ、おれベポ!名前よろしくね!名前はあの島でなにしてたの?」
「花魁でありんすぇ。これでも吉原一と謳われ、夜の街を照らしていた永遠の華といわれていたんでありんす」
「……お前、おれには吉原一じゃねェって言ったじゃねェか」
「あら、冗談も通じないのでありんすか?」
「まァ粗方分かってはいたがな」
「にしても名前、変な話し方するなー!おれには真似できねェ」
「勿論、普通の喋り方もできますよ。どちらがお好きですか?」
「普通の!」「変なの!」
「いい加減にしろお前ら。おれの女に手を出すなと言ったはずだ」
「勘違いはしないでくんなまし。ただわっちは守られるために、酒を注ぐだけですので」
「……その余裕、なくしてやるよ」
「ふふ、楽しみにしていんす」


100820
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