「で、ここはこうなってだなー」



教室に響く声。窓を向き、校庭を眺める視界の端に何度も、何度もちらりと映る赤い髪が映り込む。彼はそれはもうかっこいい先生で、学校のアイドルと謳われているローくんやエース先輩と同じくらい、つまりはアイドルと同じくらい人気がある先生だ。

いつもいつも人気があって、周りは女の子に囲まれているし、こうして授業中にも関わらず熱い視線を受けて飄々としているさまはどう見ても大人だ。同じ高校生男子ならば耐えられずどうにかなるのではないか。……アイドル達は抜きの話で。



「じゃあ問7をー……苗字、答えろ」

「あ、す、すいません。…聞いてませんでした」



授業を放棄するかのように校庭を向いていたというのに、それが分かり切った顔で私を指名する数学教師、シャンクス先生。そりゃあ先生がかっこいいから授業に参加する気にはなるけど、あくまで参加するだけ。つまり学ぶ気はまったくないということ。私が数学が大嫌いだと分かっているシャンクス先生は、恐らくそれを知っていながらあてたんだ。……それだけは止めてほしい。

シャンクス先生と視線を合わせず、そろそろと視線を泳がせながら机上に落としつつ答えれば聞こえるのは、痛い教室中の沈黙とシャンクス先生の苦笑。「しょうがねえなー、じゃあ隣」と言って隣の人を当てる声を聞きながら、多少なりとも罪悪感に包まれた。


そりゃあシャンクス先生は好きだけど、数学は大嫌い。相反する気持ちが、私を学ばそうとしない。……なんて、ただの言い訳だけれど。


キーンコーンカーンコーン……チャイムが学校中に響く。それが合図かのように教室は一気に騒がしくなり、授業の終わりを告げた。先生が「ノート回収だー、提出しろよー」と声を張り上げていると、後ろから回収する人があるいてくる。

……え、どう、しよう。まともにノートも、書いてない、んだけど、も。



「あ、私は後で出すから」



そんな理由をつけて先に行ってもらう。ほぼ全員のノートが回収された教卓を見て、焦燥に駆られる。うわ…みんなちゃんと書いてる、もしかして出してないの、私、だけ?


そんな時、先生と目が合った。



「苗字ー、手伝えー」

「……………はい」



絶対、先生にはばれてる。でも問題も答えられなかったし、ノートも提出してないし、第一授業まともに受けてないし、ノートを運ぶという手伝いくらいは当たり前なのかもしれない。


教卓に行くと、ノートの半分を差し出される。そしてもう半分を持つ先生。私が全部持つと思ってたのに……呆気に取られていれば、先に進んでしまった先生が振り返って「置いてくぞ」と言うもんだから、私は駆け足で着いて行った。





「悪かったな、急に手伝わせて」

「いえ。…答えられなかったし、ノートも出してないし、授業も真面目に聞いてない私が悪いので……いまさらですが、すみません」

「おいおい、そんなに自分を責めるな。そりゃあ授業を半ば放棄されんのは悲しいが、人間には得意不得意があるんだ、しょうがねえだろ?」



……なんとお心の広いお方なんだろう、先生は。ああもう、尊敬のまなざしで見るしかない。というか尊敬のまなざしで見なければ。ここまで心の広い先生なんて初めて見た。サカヅキ先生なんかすっごい厳しいし……ぐすん。

「でもな」と尊敬のまなざしで先生を見ていたら、先生は言葉の先を続かせる。その時見えたにやりと、いつも見せる爽やかな笑顔とは違う笑顔をした先生が、目の前にいる。


え……ちょ、先生…なんで近付いて、きてんですか。

じりじりと私を責めるように近付いてくる先生。それに後ずさりする私。他の先生に助けを求めようとしたところで、ここは数学講師室。他の先生が居るはずだが、生憎全員の先生が席を外しているらしい。なんとバットタイミング……!



「さすがに、毎時間毎時間校庭を眺められちゃあ、おれもちょっとは怒るぞ」

「す、すいません…本当、に」

「じゃあ態度で示せ、態度で」

「………え?」

「そうだなぁ、今度のテストで赤点を取んなかったら今までの授業での行いは許してやる。もし取ったら…」



そんな先生…!数学赤点常連者には無理難題なお話ではなかろうか…!

まるで他人事のようにうーんと悩む先生を見上げ、思わずおどおどしてしまう。何だろう…罰ゲーム的なことされるのかな、サカヅキ先生に悪戯してこいとか、クザン先生のアイマスク盗んでこいとか……!


いやな不安ばかりが頭をぐるぐる回る。そんな私の不安をよそに、ようやくシャンクス先生は開口した。



「もし赤点を取ったら、おれの彼女になれ」

「………は?」



思わず素っ頓狂な声をだしてしまう。その声を聞いたシャンクス先生は「だっはっは!」と豪快に笑い、わしゃわしゃとまるで犬を撫でるかのように私の頭を撫でた。

え、だって、……え?先生の彼、女?



「いやいやいやいや!!」

「何だ、おれの彼女になるのはそんなに嫌か?」

「あ、いやそうじゃなくって…!」



だってそんな、先生の彼女だなんて…!いやすっごく嬉しいけど、私なんかよりも綺麗で可愛い子はいっぱいいるし私なんかがおこがましいし…いや、第一そんな彼女とかをこんなことで決めていいものか…!



「なら、いいだろ?…期待してるぜ?」



後ずさっていた私は背中が壁にどん、と当たる。そして眼前にはシャンクス先生。不敵な笑みを浮かべ壁に手をつき、まるで私を逃がさないようにするその行動、そしてしまいには耳元で囁くその低い声に、私の頭は最早使い物にならなかった。


その期待は『赤点脱出』なのか『彼女』なのかも分からないほど、わたしの頭はイカれはじめてる。そんなの『赤点脱出』だと決まっているのに、頭の片隅、どこか奥底で「赤点でも取ろうか」と考えあわよくば彼女になろうとしている自分も居て。

とことん醜いなわたし…



「早くおれの彼女になれよ?」



また耳元で囁かれる。そして頬に暖かく、柔らかい感触。





もう、私はその場でフリーズすることしか出来なかった。気が付いたときには同じ数学講師のベックマン先生が目の前にいて、わたしは先生に一生懸命に「大丈夫か」と呼び掛けられていた。

どうやらたっぷり10分はその場で固まっていたらしい。次の授業の始まりを告げる鐘が、遠くで鳴っていた。


――鼓動が速い。鼓動が速いのも、わざと赤点取ろうかとかんがえてるのも、そのなにもかもが会った時からかっこいいシャンクス先生のせいだ。もう、先生は私をそんなにおかしくしてくれて、どうしてくれるんですか。



つまりは互いに一目惚れ。

「ったく…あんたは、この子になにをしたんだ?」
「おれの彼女になれって誘っただけだ」
「……は?」
「だからおれの彼女になれって」
「生徒と教師がか?なに生徒に手を出してんだ、あんたは」
「教師である前に、おれはひとりの男だ。男が女に一目惚れが悪いのか?」
「……卒業するまでは絶対手を出すなよ」
「分かってるさ、ベン」
「本当に分かってんのか、この人は…」




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……うん。続きますねコレ。←
100816
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