大した名もない海賊を討伐するなど容易いことだった。私たち、海軍本部の海軍船を潰そうと躍起になるその心意気は評価しよう。大将、青雉クザンの姿が見えれば大方の海賊は震えあがり、士気がなくなるというものだがその海賊団は逆に士気が上がっていた。その溢れんばかりの士気も評価しよう。しかし、大した名もない海賊団が大将に敵うはずもないということ、それは分かっていてほしかった。

眉根を寄せる。無残にも、海には散らばってしまった船の板が漂っていた。波が揺れると同時に船の板も揺れる。辛うじて海賊船は一応船の形は保っているものの、それはさながら幽霊船のようにぼろぼろになってしまっている。乗組員は全て海軍船へと連行され、今は牢の中にでも入れられているのだろう。



「…テメェがンな顔をする理由はなんだ?」

「……ドンキホーテ、様、」



ずきん。胸が痛んでいた。眼前にはぼろぼろになってしまった海賊船。もう戻ることの出来ない海賊団。それはまるで、自分を重ねているようで――眉根を寄せてその様を甲板で見ていると不意に近付いてきた王下七武海。私がこんな顔をする理由など決まっている。だがそれを容易に口にすることなどせず、隣で海賊船を見始めたドンキホーテ・ドフラミンゴの横顔を見つめた。こんな人に言う訳もない。言う筈もない。言う義理もない。


悲劇のヒロインぶってるつもりはないけれど、貴方には私の気持ちなど微塵も分からないのだから。





フッフッフ!調べさせてもらうぜェ、嬢ちゃん




「で、おれのさっきの質問には答えてくれねェってか?フフフッ、フッフッフ」

「先程から申しておりますが、あれはドンキホーテ様の気にするところではありません」



甲板から引き上げて、太陽の当たらぬ室内へと戻っていた。そこは誰のと断定出来る部屋ではなく、皆が共同に使っている共同部屋だ。そこでひとりになろうとして居たにも関わらず着いてきたこの男。邪魔としか言えない。肩に掛かるコートを脱ぎベッドに投げ置く私の後ろで、勝手にソファにどかりと座り込むドンキホーテ様。先程甲板でその質問をしたかと思えば、はっきりとした返答をせぬ私に何度もその質問ばかりをしてくる。

それよりも、なぜこの男はこの船に現れたのだ。クザンさんはドンキホーテ様が来ると言うことを訊いて居なかったようだし、それに、来ると言うならばそれなりにもてなしをしていたはずだ、他の海兵が。私は最初からもてなす気はさらさらないが。ドンキホーテ様の来訪を告げた海兵とクザンさんの様子から、彼はセンゴクさんにも何も言わず勝手に突撃訪問をしたということになる。いくらあの元帥でもそれくらいは教えるだろうからだ。


頭を抱えてはあ、と深い溜息をひとつ吐き出す。私がこの男をどうすれば良いのか悩んでいるにも関わらず、その悩みの種で張本人であるドンキホーテ様はその独特の笑い方で依然として笑っている。なにが面白いというのか私には到底理解できない。



「では、私はこれからしなければならないことが有りますので、これで失礼させて頂きます。どうかお寛ぎ下さい」



早口でそれを伝え、先程来たばかりだと言うのに部屋を出て行くはめになる。勿論しなければならないことなどない。その場凌ぎででっち上げた嘘だ。ドンキホーテ様と一緒に居る気にもなれないし一緒に居たくもない。何も知らず穿り返す人なんて嫌いだ。


コートをその部屋に置き去りにしたまま部屋を出てある一部屋に向かって歩き出す。擦れ違う海兵に敬礼されながらその部屋に向かい、ドアの前で三回軽い音を立てる。返事はないと予想していたのだが「はーい」と中から声が聞こえ、珍しく起きているのだと驚くと同時にその声に安堵する自分が居た。決まり文句を言いながらドアを開けて部屋に入ると、そこには珍しく机に向かって書類と睨み合っているクザンさんの姿。こうして起きていると言うことは至急の書類でも届いたのだろう。

私がドアを開けた音で顔を上げたクザンさんは、私の姿を認めると同時に持っていた書類を机上にはらりと置き立ち上がった。ドアを閉め、その場で立ち尽くす私は近付いてくるクザンさんの影に覆われる。そして、頭に大きな手の感触。



「今日も、随分頑張ったんじゃないの」

「………はい」

「まあ、おいで。少し休もう」



大きな手は頭を撫でてくれていたが、すぐに私の手を掴みソファへと座らせる。クザンさんはと言えば、予め私がここに来ると分かっていたかのように珈琲が淹れられているカップとソーサーをテーブルに置いた。隣にクザンさんが座りソファが少し沈む。出された珈琲の黒い水面をただ見つめる。それを見ながら、捕まえたばかりの海賊達の顔を思い出していた。捕まった時のあの悔しそうな顔。むねがいたむ。隣でクザンさんが呟いた。



「名前ちゃんのせいじゃないさ――」



◆   ◆   ◆




面白い女がいると聞いていた。過去の情報が何も掴めぬ、不思議な女が居ると。


名前の去った部屋に残っていたのは、七武海の一人ドンキホーテ・ドフラミンゴ。ソファに足を組んで座るその男は、先程までこの部屋に居た少将を頭に思い出していた。その少将は若くして地位へ昇りつめたがその過去は詳細に明かされていない。何処の出身で、何処の海軍支部に居て、どうやって本部に来て、何故若くして『少将』という地位に昇り詰められたのか。
その詳細は名前に近い者以外には明かされていなかった。それを調べるため、ある者に訊けば『突然現れた』と言い、またある者に訊けば『以前から居た』と言う者もいる。彼女の過去の情報は、錯綜していた。

その噂を聞き、ドフラミンゴは名前少将に興味を抱いた。だから、と今日、七武海であるドフラミンゴはセンゴクにも、この任務の指揮を執るクザンにも何も告げず突然海軍船へ現れたのだ。情報を知るには近付けば容易いこと、ドフラミンゴはそう考えたのだ。
ドフラミンゴがある一室から外を見ていれば、偶然にもそこには海賊に立ち向かう名前の姿。にやりと不気味に口端を吊り上げ、その闘う様を見ているとドフラミンゴのその不気味な笑みは更に深まる。


臆することなく海賊に立ち向かう姿は勇猛果敢。しかしその後ろ姿には影が翳っている。重く、暗い影が。



「ほう……あの嬢ちゃん…」



己の顎を撫でる。不気味に歪んでいる口端がさらに歪みそうなほど、ドフラミンゴは彼女のその影に興味を抱いた。それ故、戦闘が終了した後甲板から海賊船を見つめる名前の隣へわざわざ足を運び、その表情に浮かぶ憂いの理由を訊ねる。しかし彼女がまともにドフラミンゴに返す訳もなく、詳しい理由も聞けぬまま名前は部屋を出て行ってしまった。――それでも気になっちまうなァ……。

詳しい情報は皆無。あったとしてもそれは錯綜している。ドフラミンゴはその中に隠された真の情報、そして自分が知らずにいる情報を知りたいと一心に思う。理由を問われれば暫く悩んだ後「暇つぶしだ」と答える違いない。つまり、ドフラミンゴにとって彼女、名前少将はただの暇つぶしでしかないのだ。



「フフフッ、フフフフッ!おれにこんな興味を抱かせるたァ、イケナイ嬢ちゃんだ」



ベッドに投げ捨てられた『正義』のコートを見下ろし、ドフラミンゴの喉からは心底楽しそうな笑い声が漏れる。脳裏に過るのは、背中に影を背負った小さな背中、甲板で見せた憂えた表情。さァて……あの嬢ちゃんの『全て』を知るために調べさせてもらうぜ。フフッ、フフフフッ、フッフッフ!

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