リーン…………リーン…………リーン…………

それは、遥か遠くで鳴っていた。
本能が告げる警鐘は自分では無いどこかで鳴っているような、そんな錯覚に陥らせるほど、遠くで鳴っていた。



懐かしき邂逅を捧げる。

『挑戦状』?ああ、そんなものただの『演技』のことよ。




「お、お頭ああああーーー!」



新世界のとある孤島。村も集落でさえも見当たらないただの無人島と密林と化しているこの島に、棺船に乗って小さな船旅に出た私とミホークは上陸する。船を砂浜に乗りあげさせ、太陽に反射して輝く砂浜を踏みしめると頭を呼ぶ声が辺りに響き渡った。海岸線を見渡せば、船を隠すという猪口才こともせず堂々と停船させている一隻の大きな船がある。恐らく今頭を呼んだのは、あの船のクルーなのだろう。海賊の遥かなる誇り、ジョリーロジャーが風に吹かれて悠然と空を漂っていた。

砂浜で見張りをしていたらしいクルーは、私とミホークの姿を捉えるなり警戒心や恐怖を露わにする。銃や刀まで突き付けられることはないだろうと思っていたのだが、しかし風に翻ったコートが彼らの視界に映り込むと素早く刀も銃も突き付けられた。


隣を悠然と歩いていたミホークの様子をちらりと窺って見るも、やはり彼は臆することもなく密林の中へ足を進めている。まあ、こんなもので臆している鷹の目なんか見たくもないけれど。私もそれに着いて行っていたというのに、突き付けられた銃や刀で身動きが取れなくなってしまう。通してくれないかと思っていても、やはり海賊。容易くは赦してくれないらしい。

ある一人は私の首元に刀を突き付け、ある一人は後頭部にごりと銃口を突き付けている。そして残った数人で周囲を囲み、それぞれを構えて威嚇している。その円から外れ、まるで関係ないというかのようなミホークは、円の外から私のこの状況を楽しんでいるかのように口角を上げていた。どうやら、助けてくれる気は毛頭ないらしい。まあ、最初から分かり切っていたことだけれども。


しょうがないと、何処か若干の諦めを含み楽しさも含んだ溜息を吐き出す。手を動かし、その掌を青々としている空に向けると、クルーは更に構え始めた。その様子を見てくすりと、微笑し開口しようとした。―――遠くから数人が歩いてくる気配。だがもう遅い。私が開口したと共に突風が吹き荒ぶ。



「下っ端は引っ込んでなさい。『鎌鼬』……船長さんにご面会させてくれないかしら?」

「だっ、だれが海軍なんかをお頭に会わせるか!!」

「だから言ったではないか、名前。それは要らぬのではないかと」

「だから挑戦状なんだってば。これで――」



私が開口すると共に吹き荒ぶ突風は、私を取り囲んでいたクルーを地に平伏させた。風が刃と成り、薄皮一枚を斬る様に襲いかからせる。取り囲んで、今は地に平伏しているクルーの至る所から血が滲んでいる、それは正真正銘私が付けた傷だ。各々は何が起こったのかが理解できない様子で、疑問とともに若干の恐怖が顔に浮かんでいた。それを見て愉しんでいると、依然口角を上げ笑うミホークが私の肩を指差す。

『挑戦状』と称し肩に掛けている『正義』の二文字が入った海軍のコート。確かにこれは今、いらぬもの。休暇を取った私にはこれを着用する義務もなにもない。休暇を取った今は海軍少将としてではなく、ただの苗字名前としてここにいるのだ。だが、挑戦状と称しても、遊びでこれを肩に掛けていてもやはりお頭には合わせてくれないらしい。まあ、それも当然と言えば当然なのだが。


しょうがない、と再び溜息を吐き出し、肩にかかるこれを外そうとした。…しかし、そんな時刹那のうちにして迫って来た覇気と気配。これは先程まで密林の中を歩いていたものに似ている…否その者の気配。一瞬気配が消えそれを捉えることが出来なかった私はその瞬間表情が強張った。どこから来る。――そして、風の如く一瞬にして現れた赤と黒。同時にガギン!と金属のぶつかる独特な音が響き渡った。

相手から振り翳された刀と、自分の刀で受け止めたのだ。



「……よォ、海軍本部の少将さん。こんな辺境までおれに会いに来るとは、大層な用件なんだろ?」



眼前で私に刀を振りかざした赤い髪。俯いている為顔は髪で隠れ、表情は窺えない。しかしその声音は至極楽しそうで、それを決定付けるかのように、赤髪の向こうにいる鷹の目が楽しそうに笑んでいるのだ。こんな楽しそうな鷹の目は極稀にしか見れない。風の如く迫った彼の黒いコートが風に翻り、靡く。それが風に漂うのを見て、更にその奥に視線を奔らせると懐かしい面々が顔を揃えていた。自然と口端が上がるのが分かる。

何の情報もなく現状も理解できない下っ端クルーには、なぜ頭自らが海兵の相手をしているのか、なぜ幹部全員が顔を揃えて楽しそうに見物しているのか分からないのだろう。一様に目を瞠っている。それもそうだ。私なんかは頭が相手する様な大物ではないし、そして幹部が手助けせず逆に楽しんで笑ってこの状況を見ているのだ。訳が分からなくなるのも道理だろう。


剣を向けた赤髪――シャンクスのそれに乗り込む様に、私はその刀を弾き僅かな間を取るため後ろに跳び退る。そして、その刀を突き付けた。



「そうね、率直に言うと――貴方の首を取りに来たわ、赤髪のシャンクス」

「ほう、そりゃあ面白い。……どうだ、お嬢さん。おれの首を取る前に、」



沈黙が流れる。対峙に近いそれは、膠着状態を保ち続けていた。……依然、俯いて髪が垂れて彼の表情は窺えない。しかし、そろりそろりと顔が上がる。周囲で平伏していたクルーたちは、私の言葉に反応し再び刀や銃を突き付けていた。ミホークは笑ったままこの状態を見届け、幹部たちは口々に何かを言っている。その言葉は容易に想像できるが。

そして、その沈黙を破ったのは――



「「酒でも飲もうか!」」



合図も無しに揃う声。互いに同じタイミングで沈黙を破ったのだ。そろりそろりと上がっていたシャンクスの顔はその言葉と同時にばっと上がり、大きく腕を広げながら私を招き入れた。合図も無しにシャンクスの声と揃ったのは言わずもがな私のもので、シャンクスが腕を広げてくれたと同時に刀を砂浜に突き刺してその大きな腕の中へ飛び込んだ。

私が飛び込んだせいでシャンクスはバランスを崩し、その隻腕では抱ききれない私を胸の中に居させたまま砂浜に倒れ込んだ。白と黒がふわりと混ざる。遠くで何かを口々に言っていた幹部は「いったなァ」と呑気な声を漏らす。それはしかと私の耳に届いていた。


ふわりと混ざり込んだ白と黒のコート。それにさらさらとした細かな砂浜も混ざり込み、砂だらけになってしまった。私の下敷きになって背に砂があるシャンクスは、突然予兆もなく笑い出し、その胸の中にいる私もつられて笑い出した。私が起き上がるとシャンクスも腕を支えにして起き上がる。シャンクスから退くことはなく、足の上に乗ったままに依然笑うシャンクスを見ていると、私達はどちらからともなく、額と額をこつんと合わせた。



「久しぶり、シャンクス。すっごく会いたかった…」

「ああ、おれもずっとお前に会いたかった。にしても名前、演技上手くなったもんだな」

「面白かったでしょ?これで皆も楽しんでくれただろうし……ねえベック?」

「ったく、おれ達は慣れてるから良いモンを、他の奴らを見てみろ名前。どうしてくれんだ」

「ふふ、インパクト最高でしょ?」

「最悪、の間違いじゃねえのか?」

「あら、失礼ねシャンクス」



いい加減シャンクスの上から退き、端でこの事態を楽しそうに見物していた幹部に近付く。くすりと笑みながらベックに近付き、シャンクスを顧みて言ったあと再びベックを向くと吸っていた煙草の煙を顔に吐かれた。もう、急になにするんだか。紫煙が辺りに漂い咳きこむとその途端に背後から聞こえた声。後ろでようやく立ち上がったらしいシャンクスは唖然とこの事態を見ていたクルーに告げる。「宴だァ!!!!宴の準備をしろ!!」そう叫ぶシャンクスを見て、まったくこの人は、とでも言う様に苦笑を洩らすベック。励ますように肩をぽん、と叩くとそれを見ていたヤソップが「名前に慰められるたァなァ」と肩を竦めた。失礼な。

でも、そんな失礼な発言でも怒りが込み上げないのは、この赤髪海賊団だから。酒飲み仲間として今まで過ごしてきた、信頼できるこの海賊団だからこそ、怒りなど不躾なものは生まれてこない。……海兵に言われたらどなるか分からないけれども。


ベックたちは先程までいた、密林に足を進めていく。それに私も着いて行こうとここまで一緒にきたミホークを呼ぼうとするが、振り返ると彼はシャンクスとなにかを話していた。それはどこか邪魔をしてはいけない雰囲気が漂っており、私は二人の会話に加わらず、大人しくベックたちの後ろを着いて行く。



◇   ◇   ◇




ミホークとシャンクスが一体何を話していたのかは分からないが、私たちが宴として準備された酒を注ぎ始めた頃二人はようやくやってきた。先程漂っていた雰囲気は消え去っており、二人は至っていつも通り。それすらもどこか違和感を覚えてしまうが、だが、と気を取り直した。今はそんな細かい事を気にしているときではない。なんてったって、今は宴の時分なのだから。

右隣にはベック、左隣にはシャンクスが座りそれに続くようにして幹部が円になって座っている。そこにいるのは懐かしい面々、かつてよく酒を交わした者たち。そして私の丁度真向かいにはミホークが胡坐を掻いていた。皆が徐々に酒に酔い始めた頃、隣にいたベックはふと訊ねた。



「そういえば、いつまでここにいられんだ?」

「遅くても明朝。休みが3日しか取れなかったのよ」

「なら3日間ずっとここに居ろよ名前ー」

「出たぜ、いい年こいたおっさんが甘えやがって、お頭この野郎」

「うるせえぞルウ!いいじゃねぇか名前に会うことなんて出来ねえんだから!」



ごめんね、シャンクス。心の中で謝りつつ、シャンクスとルウのその遣り取りに笑みを零した。本当、なにも変わっていないようで安心した。ふと周囲を見渡してみれば太陽はすでに傾いていて海の向こうへ顔を隠そうと空を暗くし始め、焚火を囲む私とミホーク含む幹部やクルーの他に、別なところに円を作って酒を飲んでいる他のクルーも居るのに気付く。いつも皆で酒を囲んでいた赤髪海賊団にしては珍しいと、その様子に幾分か驚愕の色を表す。だが、しかしそれはすぐ掛かって来るシャンクスの質問により掻き消される。

「次はどこ行くんだ?白ひげか?」その質問に首を縦に振ると、なぜかシャンクスはなにかを考えるように手に顎を添えた。また、他のところで円を作るクルーに目を向ける。そしてそのクルーたちがちらりと私を一瞥する視線と、目が合った。彼等はどこか気まずい表情をしてしまっている。


私、なにかしただろうか。
そんな疑問も、やはりシャンクスの声に掻き消された。



「よし、じゃあおれ達が白ひげの船まで送ってやる」

「……え?」

「滅多に会えないんだ、たまにはお頭の我がままを聞いてくれ、名前」

「ベック……、分かった」



肩を竦めながらベックに言われ、その様子を見て苦笑を洩らしてしまう。そして了承すると、シャンクスはまるで子供の様に喜んだ。丁度正面に胡坐を掻いているミホークに「いい?」と訊ねると鷹の目は「好きにしろ」と、シャンクスのその様子に呆れ返っている様だった。

それからどんどん酒は進み、それと同時に夜も更けていった。

prev next

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -