「いやあ、やっちまったなァ」


同じ檻のなかで呑気に言うそのひとは、これまた呑気に笑い声をあげた。同じ檻に入っていたわたしはなぜそんな呑気でいられるのか、なぜ笑い声をあげられるのか不思議で不思議で仕方なくて、まさに怪訝な目で薄闇のなか声の主を見つめていた。仄暗さ広がる牢のなかに明かりはない。せいぜい格子から差し込む月明り程度で、けれどその月もいまは雲に隠れてしまっている。どこのだれだか分からないけれど、どうしてこんなに笑ってられるんだろう……。


「おれが捕まるなんてらしくない。なァ、そこのお嬢さん」


不意に声をかけられて肩がびくりと跳ねる。わ、わたしがいることがバレている…?!極力気配を消していたのに見破られた!話しかけられるとは思っていなかったから突然の出来事に「え、あ、」と挙動不審になることしか出来なかった。そんな断片的にしか言葉を発せなかったわたしが面白かったのか、薄闇の彼は再び笑い声をあげる。わ、笑われてる!


「いやァ悪い悪い、急に話しかけちまって」
「……あ、あの、らしくないって、捕まる自信がなかったんです、か」
「あー、まァな。いやー酒飲んでたら捕まるたァばかな男だと笑ってくれ」
「わっ、わたしも、海賊やってたら、捕まりました」

じ、自分の失態をなに晒してるんだわたし!
深刻な事態なはずなのに深刻に感じさせないその陽気さにつられて、自らの失態を曝け出してしまった。ずっと楽しそうにしていた彼のことだからまた笑われるんだと思っていたら、わたしの言葉になにか引っかかったのか「ほう…」と興味深げに、けれど面白そうな声音が響く。え、興味持たれ「嬢ちゃん、海賊なのか」たー!そうですよね、そうですよね、よく思われます、わたしみたいなひ弱そうなのが海賊やってんのかって、よくばかにされます。ええ。これでもいっぱしの海賊なんですから!


「わたしが海賊って、おかしいですか?」
「いや、ただ……」
「…ただ?」


どうせ、またばかにされるんだろうなあ。そう思って聞く準備をしていると、返ってきた答えは意外なものだった。


「海賊にしちゃ可愛らしいなァと」
「……はっ?!」
「だっはっは!」


このひと!わたしで遊んでる!真面目に聞こうとしたわたしがばかだった!
あまりにも豪快な笑い声を上げるものだからもう知らない、と背を向ける。なんでわたしこんなひとと一緒の牢なんだろう、まったく。そんな風に不貞腐れていたら背後から悪い悪いと再び悪びれた様子もない謝罪が投げかけられた。


「遊びすぎちまったな。嬢ちゃんが面白ェからついな。──なァ嬢ちゃん、船上じゃ敵同士だが、いまここではそんなモン関係ねェ。どうだ、おれと一緒に逃げねェか」
「──逃げる」


逃げる、その単語の意味を理解するのに数秒かかってしまった。あまりにも彼がそれを当然に言うものだから。そんな考えが毛頭なかったわたしはこのままインペルダウンに行って投獄されるのかなーなんて諦めていた。それか仲間が助けに来てくれ…いや、それはないか、と期待をしたすぐに落ち込むということを何度も繰り返していたんだ。そんなところに投げかけられた予想外の言葉。
たったその三文字にフリーズして、しばらく思考が停止してしまったがようやく動き出したころ、やはり彼は盛大に笑っていた。よ、よく笑うひとだなこのひと…!わたしが固まっていたことが面白かったんだろう、盛大に笑っていた彼はやがて笑いを収める。そうして、なにかが私を射抜いた。
──ほのかに射し込む、月明り。厚雲に隠れていた雲は薄い雲にかかったらしい。射抜いたのは、その月光を受けて煌めく、力強い彼の双眸だった。


「さァどうする、嬢ちゃん」
「……逃げます」
「よし、強ェ嬢ちゃんだ。おれの仲間がそろそろこの近くまで船を進めてきているはずだ。あいつらのことだ、もしかしたら──」


ドカン!彼が紡ぐ途中でけたたましい轟音が弾ける。言葉を遮るようにして轟いたその音。
頭上にある格子窓から外を覗いてみると、航行するこの船の向こう側に一隻の海賊船がこの船に向けて大砲を向けていた。耳を傾けているとその海賊船から聞こえるのは雄叫び。──薄雲に隠れた月が顔を出す。夜闇を照らす月明り。月光に照らされた真っ黒の海を往く海賊船のはるか上空に靡くジョリーロジャーは、髑髏に三本の線が入った──


「赤髪?!」
「噂をすれば、か。少しここで待ってよう」
「もしかして……っ、赤髪の、シャンクス…!」


月明りは牢にも射し込む。薄闇だった牢は射し込む月光で明るくなり、一緒に牢に入っていた彼の姿を映し出す。目を、瞠った。力強い双眸は依然とこちらを向いていて、赤髪のシャンクスは壁を背凭れに片膝を立てて胡坐を掻いている。表情を彩るのは鮮やかな笑み。不敵にも見えるそれを見て、ぞくりと背中になにかが奔った。決して、悪寒などではない。


「まさか…赤髪のシャンクス、だなんて……」
「気付いてると思ってたが…なァ、疾風の」
「……気付いてたんですか?」
「まァな。さァて、少々上がうるさいが、ひとつおれと話でもしてようぜ」


頭上は轟音。外は静寂。そしてこの部屋は緊張に──。
ああ……憧れの赤髪が、目の前に!




190113



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