吐きそうだった。なんだか物凄く吐き
そうだった。
坂本の部屋へ向かう途中、音のしない
廊下の薄暗い場所でへたり込んだ。目
眩がして倒れそうで、もう歩ける気が
しない。
「おんしゃあ、こげなとこでなんしゆ
う」
目指していた場所の主の声がして、下
げた頭をぐいと持ち上げた。すると部
屋の前にへたり込む不審人物の正体が
分かったらしい坂本は隣に腰をおろし
た。
「疲れたのお」
はあ、と大袈裟な息を吐きながら言う
言葉は全く疲れている風には聞こえな
い。坂本は笑っていた。
さわ、と俺の頭に刀ばかり握ってきた
胝ばかりの手が触れた。前髪あたりを
勝手に撫ぜ回されて、何してると唸る
とその手は俺の目蓋の上で止まった。
かち、と前歯同士が喧嘩をした。それ
でもどうにか負かそうと坂本の舌が俺
の前歯をべろ、と舐めた。ぞわりと鳥
肌が立って一瞬力が抜けて坂本の舌は
俺の口を抉じ開けて侵入してきた。も
うどうでもよくなって俺は昔歯医者で
そうしたように口を大きく開いてやっ
た。閉じていた目を薄く開くとしてや
ったりといった顔をしていたので軽く
脇腹をつねってやった。
「えおふっ」
「ぶっ」
思ったより痛かったようで坂本は変な
声を上げてつねられた箇所を押さえて
いた。なんだか面白くて噴き出すと奴
もげらげらと笑いだして俺たちは静か
な廊下で笑い転げた。
「笑えたな」
ひとしきり笑ったあと坂本はまた俺の
前髪あたりを撫でながらそう言った。
吐き気だとかそんなのはいつの間にか
消えていた。
「そうだな」