春が来た。
 ざあ、と吹く風は心地好い冷たさを孕
 んで居ながらも生物の目覚めの匂いが
 した。
 桜の木が二、三本突っ立って如何にも
 春だと云わんばかりの色をして自慢げ
 に枝を広げていた。
 幼い頃よく見上げた色。初めて目にし
 てこれは何だと訊ねてああそれはサク
 ラというんですと先生が嬉しそうに教
 えてくれた。村塾の庭にも春になると
 桜が咲いた。それを見ながら先生の声
 を耳に目を閉じれば幸せな夢を沢山沢
 山見た。

 「銀ちゃん!」

 いつの間にか閉じていた目を開く。神
 楽の顔が目前にあった。

 「あれ何ネ!」

 神楽はやたら高いテンションに比例し
 てやたら大きな声で訊ねてきた。指差
 す方を見れば広がる桜色。そうか、神
 楽は知らないのか。

 「ああ、それはサクラっていうんだ」

 俺はきっと今嬉しそうな顔をしてるん
 だろうなあ、といつかみたいに鼻の上
 に乗った花びらをつまみ上げて思った
 。



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