ストウブ

たまには感謝の気持ちを形にしてみるのも悪くないだろうと足をのばした先で、
非常に腹立たしいものを見かけてしまった。
二人の部屋に帰りついて、夕飯の支度をする同居人の背中を眺めている今現在も、胸のむかつきが治まらない。

お気に入りらしいくすんだ緑のカットソーを肘までまくりあげ、
最早見慣れた迷彩柄のエプロンをかけた同居人は上機嫌らしい。
どうにも調子の外れた鼻歌がその証拠で、時々止まってはまた同じフレーズを繰り返すのは
それが中途半端にしか知らないCMソングだからだろう。
鮮やかな茜色が不恰好な鼻歌に合わせてぱさぱさ揺れている。

その上機嫌の理由が自分の送ったやたらと重たい鍋なのは誇らしいというか、
心臓の辺りが甘噛みされているような心地で悪くない。
悪くない、のだが。

「あーのさぁ、何、どうしたってのアンタ」

「……。」

自分よりも幾分か狭い背中に覆い被さるようにへばりつくと、彼は鍋にふたをしてコンロの火を小さくしたようだった。
肉厚なパプリカと、大きな豚肉の塊の脂から上がる甘いにおいが少し遠くなる。

「ちょっとー?」

「………。」

手にした木べらを持て余すように揺らしながら身じろぐ彼には悪いが、どうにも離れる気にならない。
背中を丸めて顎を彼の肩に乗せる。
下腹に回した両腕をよりしっかり組み合わせると、むずがる彼に構わず首筋に頭を擦り付けた。
常々犬のようだと笑っている硬い赤毛にくすぐられて、ひぎゃ、だのうひぃ、だの呻いていたが、
やめる気配がないと見てとったようで頭を傾げて俺の頭にもたれてきた。

「あーもー何?どーしちまったのよ…」

言いながらとん、とん、と緩いリズムで腕を叩く指先は、火の傍にあったからかいつもより温い。
あやされているように思えて、子供扱いかと少し唇がとがる。
すると目ざとく察した彼の指先が、一転きゅっと腕の皮をつねりあげた。

「アンタほんと理不尽っつーか子供っぽいっつーか。」

柔らかく笑い混じりになじられて、子供扱いでなく恋人扱いだったかと甘い気分になった。
同時に、今生これは俺のものだ、と強く思う。
低く、甘く響く彼の声を聞きながら、厚い前髪に覆われた視界に更にまぶたを下した。
いかにも百貨店然として整えられたあの空間の、効きすぎた空調が肌によみがえってくるように思えて、両腕に力を込める。

健康そのもの、といった風に快活に笑っていた。
あの赤くたなびく鉢巻と後ろ髪の残像を見た。
片目の竜の不遜な背中と並んでいたようだった。
満ちている、ように、見えた。

ならばこれは要るまい。
今生こそ、傲慢なもののふどもにくれてなるものか。

「俺様がいないと駄目なんだもんなー小太郎はー」

含むように笑って俺をあやす彼の声と、布越しに沁みてくる少し低い体温。
誰に分け与えるつもりもないのだと、今生潰されることのなかった喉の奥から、久方ぶりに獣の唸りが漏れた。






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