烏(戦国
沈む陽の色を髪に溶かした忍、自分の最愛は、逢瀬の終わりにいつでもこうごちる。
「あー、烏さんが啼いてるから帰らなきゃなぁ」
冷えきった土間に、脚半を結びながら最愛は俺に語り掛ける。
俺は首を振るしか脳がない。縦にしろ、横にしろ。
「どうも南下することになりそうなんだよね、まぁ北条にも伝わってるだろうけどさ」
森に紛れる複雑な色味の上衣を揺らしながら、最愛はこちらを振り向くことは無く。
「…頼むよ小太郎。流石の俺様も、そっち周ってる暇なさそうなんだわ」
髪と同じ色の、夕焼けの色の眉が、こんな時だというのにどういう形に顰められているのか気になって仕方の無い自分は、やはり恋情など抱くのは分不相応に過ぎたのだろう。
彼の、最愛の、こんなに思い詰めた声は初めて聞いたと言うのに。
「(…さ、す…け、…)」
はくはくと動く口から零れる意図を、救い取ってくれる最愛で良かったと本気で思う。
「こたろう。あと、よろしくね」
今にも地平に沈みそうな月を背に、最愛は笑って見せた。
これが最期になると分かっていて、止められなかった自分は、薄情ということになるのだろうか。
どこぞの軽薄な男の詠んだ詩ではないが、三千世界の烏を殺してしまえば、彼と安穏とした時を過ごせたのだろうか。
昇る黒煙を、視界に捕らえながら思う。
そんなことは有り得なかった、と。
それでも「もしも」を考えてしまう自分は、すっかり絆されてしまっていたらしい、三千世界の烏を殺してしまえば、最愛は姿を消さなかったのだろうか。
そんなことは有り得ないのだと理解してはいたが。
それでも「もしも」を、考えてしまう自分は、ああ、随分と人がましくなったものだ。唇の端を歪めながら、伝説の忍は、跳んだ。***********
佐助の方は、どう思ってたんだろうね。
三千世界の〜は高杉晋作の作なのですが、まぁ戦国婆娑羅時代なので許して下さい。
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