×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



「初めまして〜!君が杏里ちゃんだね」

一松さんたちとそっくりな顔の男の人が一人。
私を見るなり笑いかけてきたその顔は、今までの人の中で一番可愛らしいものだった。
この人も一松さんの兄弟…だよね絶対。
おそ松さんと同じ黒スーツに、胸元からピンクのシャツを少し見せている。

「あ、一松兄さんの密偵も一緒なんだ?ちょうど良かったよ。ごめんね、兄さんたちが変に巻き込んだせいでこんな目に遭わせちゃって」

人懐っこく、歩ける?と小首を傾げる彼に頷いて、エレベーターを出る。
そこはトンネルの中のようだった。
窓のない壁と天井とで半円が作られ、舗装された道が鈍いオレンジの明かりと共にまっすぐ前に伸びている。会社の下にこんな場所があったなんて…
そして、私たちのすぐ側には一台のピンクの車。

「多分今何が何だかって感じだと思うけど、説明は運転しながらするね。とにかく乗って」
「ありがとうございます…」

助手席のドアを開けられ、そこへニャンコちゃんと乗り込んだ。
車内は綺麗で、松野さんと同じ微かに甘い匂いがする。
車には詳しくないけどきっと高級車だろうな、とそわそわしていると松野さんが運転席へ入ってきた。

「さってと、これからけっこう走るよ。退屈な風景が続くけど我慢してね。そうだ、何か飲む?」
「いえ、あの、ありがとうございます」
「あ、ごめん。自己紹介まだだったよね。僕は松野トド松!六人兄弟の末っ子なんだっ。よろしくね」
「よろしくお願いします」

この人が、今まで名前だけは何回も聞いてたトド松さんなんだ。
差し出された右手を握ると、トド松さんは「それじゃ行くよ〜」とさっさと車を走らせた。私の出てきたエレベーターの扉が小さくなっていく。

「え?あ、あの!おそ松さんは…!」
「ん?大丈夫。後から部下が来てるはずだから」
「そうなんですか…?」
「うん、だから安心して。それに杏里ちゃんだけと思い込んでるとは言え、敵地に一人で来るような間抜けにおそ松兄さんが負けるわけないから」

敵地、ってことはやっぱりあの訪ねてきた人は敵対組織の人なんだ。
なのにトド松さんもおそ松さんと同じで、少しも不安そうじゃない。それを見て落ち着きを取り戻してきた。
車には慣れた様子で私の膝の上でくつろぐニャンコちゃんを撫でつつ口を開く。

「改めてお聞きしたいんですが、どういう状況なんですか…?」
「おそ松兄さんからは何か聞いてる?」

ふにゃりとした人好きのする笑顔を崩さずに聞くトド松さんに、さっきのおそ松さんからの話を思い出しながら伝える。
マツノファミリーに反抗した組織が私の存在を知った。たぶん、今回の抗争に利用するために私の元へ刺客を送り込んできた…ってことだよね。
トド松さんは「せいかーい」と明るい声で笑った。
この軽い感じ、今自分の置かれている状況がドッキリか何かかと思いそうになっちゃうな…

「なーんだ、僕があんまり説明するまでもないね。杏里ちゃん飲み込み早いなぁ」
「いえ…多分ですけど、おそ松さんは私を守るために来てくださったんですよね。カラ松さんがいないから」
「うん、それも正解。杏里ちゃんのところにあいつらが来るかは確定ではなかったんだけど…ま、読みが当たったね」

トド松さんはドリンクホルダーから片手でスタバァのカップを取り上げ、一口飲み、こうなった経緯を詳しく話してくれた。

「あいつらを張ってた部下から僕らの拠点が急襲されるかもって連絡が来て、それでカラ松兄さんが駆り出されることになったんだ。あの会社や杏里ちゃんのことも、全部じゃないけどバレてたみたい。けど杏里ちゃんの家へは乗り込まなくて良かったよ」
「あ…私、マンションで襲われてた可能性もあったんですね」
「うん。会社で一人になったとこを襲う計画だったらしいよ。カラ松兄さんを誘い出しといて…ってね。この地下道で僕らが自由に行き来できるってことも知らずに」

地下道という言葉に窓の外を見る。
一本道に思えていたトンネルは、既にいくつかの分かれ道を通過してきていた。
きっとあの会社だけじゃなく色々な場所に繋がっているんだと思う。
この通路を使って、トド松さんたちは表に出ないような仕事をしている…そんな想像が浮かんだ。

「で、何で杏里ちゃんや会社のことがバレたかっていうと…」

はあ、とトド松さんがため息をつく。

「そりゃバレるよ…それまでノーマークだったマンションを急に買い取って名前も変更させて。ちょっと調べりゃ同時期に杏里ちゃんが入居したってことも分かっちゃうだろうし、近くに僕らに関係する何かがあるだろうって予測もできちゃうし」
「な、何かすみません…」
「いや、杏里ちゃんは悪くないけどね!杏里ちゃんを守るためには僕らの息のかかった場所にいてもらう方が安全だし、周りへのアピールにもなるから。ただ短期間で事を進めすぎたってのはあるかな。僕に言ってくれればもうちょっと目立たずにやってあげたのにー」

それでもどうして一般人の私を守る必要が?って疑問は残る。
無駄な犠牲は出さない、とかそういうことなのかな…
そんな私の考えを知ってか知らずか、トド松さんが「全部一松兄さんの指示だから」と付け加えた。一松さんに聞いてみないと分からないのかも。

「そういえば、ほんとは今日一松兄さんが行くはずだったんだけど」
「それ、おそ松さんも言ってました」
「変なとこでためらっちゃうんだよねぇ一松兄さんてば…」
「トド松さんもここに来て良かったんですか?」
「今みたいな状況だと僕が出る幕はあんまりないんだよね〜。力仕事は兄さんたちに任せてるんだ。僕は平和な話し合い担当」
「おそ松さんの言ってた交渉人がトド松さんなんですね」
「うん。もう一人いるんだけど、今はカラ松兄さんたちに交じって喧嘩の最中…いや、もう終わってるかな?」
「…皆さん、大丈夫なんでしょうか…」
「大丈夫!杏里ちゃんが心配することないよ。兄さんたちけっこう強いし、今回の相手は弱いくせにイキがっちゃうタイプだから。…到着までまだかかるけど、他に何か質問ある?」
「えっと…交渉の仕事って、何をするんですか?」

マツノファミリーの本来の仕事を知るチャンスだと思ったので、直球でそう質問してみた。
重要なことなら言わないだろうとある程度覚悟していたけれど、意外にもトド松さんは「今回はね〜」と普通の調子で答えてくれる。

「交渉っていうか忠告かな。僕らのシマで勝手なことすんなってね。あいつら宝石の密売グループでもあるんだけど、うちじゃやらせないよ?っていう」
「え…」

密売をやらせないってことは、マツノファミリーはいい組織…?
でも、単にファミリーの利益が減るから禁止してるのかもしれない。

「あとは傘下組織の面倒見たり、よそとのパイプを繋いだり、色んな物の売買の管理とかかなぁ」
「色んな物って…?」
「日用品から嗜好品、レア物まで色々〜」

ざっくりと説明された。ちょっとはぐらかされたような気もする。
でも今の言い方だと怖いことはやってなさそう…?
おそ松さんも、大抵は話し合いで終わるって言ってたもんね。
私の考えを後押しするかのように、「ヤバい物は扱ってないよ」とトド松さんが言う。

「僕らの仲間に博士がいてね、その人の発明品を扱ったりしてる。この地下道も博士の技術で造ったんだよ」
「へえ…!」
「そうそう、それから僕らと手を組んでるハタ坊の仕事を裏で手伝ったりもしてるね〜」
「ハタ坊、さん?」
「あ、ミスターフラッグって言った方がいいかな」
「…!」

その名前は私も知っている。
世界でも有数の企業家であり情報屋。世界富豪ランキングでは常にトップランカー。
様々な国の政治家も頼りにするという、その影響力は計り知れない。
おそ松さんの言ってた強力な後ろ楯って、こういうこと…!?
今さらながら、とんでもない人たちと関わり合いになってしまった。

「でもハタ坊がついてるから、僕らは宝石の密売なんてしょうもない犯罪なんかしなくていいんだよね。むしろそういうのを取り締まることで収益を得てる。ハタ坊は敵が多いから忙しくって」
「な、なるほど…!」
「僕らのこと、ちょっとは分かってくれたかな?」
「はい、ありがとうございます」

にこ、と笑いかけるトド松さんにこの上ない頼もしさを感じた。
マツノファミリーは犯罪組織を取り締まる側だって分かったのはすごく安心する。
今まで知らなかった仕事の話もちゃんとしてもらえたし…

「あっ」

急にトド松さんが声を上げたので少しびくっとした。

「どうしましたか?」
「ごめぇん杏里ちゃん、今さらなんだけどー」

笑顔のままのトド松さんがやけに明るい声を出す。

「この地下道のこととかハタ坊と繋がりがあるとか、ほんとは言っちゃいけないことだったぁ」
「…えええ!?」
「ファミリー内でもまあまあの極秘事項だった、あはは」

それって大丈夫なの!?と思ったのもつかの間、トド松さんは全く動じずに恐ろしいことを言ってのけた。

「知っちゃったからには杏里ちゃんもファミリーの重要人物になっちゃったね〜。敵にも狙われやすくなったし、もう僕らとは離れられないねっ」

恐る恐るトド松さんをうかがう。
可愛らしい笑顔だと思ってたその表情が、今は小悪魔に見えた。
わ、わざといっぱい喋ってくれてたんだ…!
これで私はマツノファミリーからも他の組織からも、ただの一般人じゃなく要注意人物になってしまったってことで…
ああ、直球で仕事の話を聞くんじゃなかった。トド松さんの人懐っこい雰囲気にほだされて緊張が緩んでた…!

「う…」
「ごめん、そんなに落ち込まないで。僕にとって杏里ちゃんは救世主みたいなものだから、ファミリーにいてほしいんだ」
「救世主?」
「そ。これから僕らにとって必要な存在になってくると思うんだよね」
「…私、何もできませんし、皆さんのお仕事もまだちゃんとは理解できてませんよ」
「うんうん、でもそれでいいんだ。今のままの杏里ちゃんで」

トド松さんの言葉の意味は分からないけれど、私がどうして彼らに保護されているのかという本当の理由はここにありそう。

「それは、一松さんもそう思ってるってことでしょうか」
「杏里ちゃん、一松兄さんが気になる?」
「気になると言うか、マフィアのドンですから…一松さんの許しがないと私なんかを引き入れないですよね」
「う〜〜〜ん、まあそうだねー。一松兄さんは僕らとはちょっと違う考えというか…でも一番歓迎してるのは一松兄さんだよ」
「歓迎…」
「うん、だから安心してね」

トンネルはいつの間にか道幅の広い空間へ出ていて、前方に大きな灰色の壁が見えてきていた。
車はそこへスピードを落とさず向かっていく。
壁はちょうど車が通り抜けられるタイミングで左右に開き、トド松さんは迷うことなく車を走らせる。車が過ぎると、また元通り壁が閉じていくのがサイドミラーに見えた。
中は横に広い空間になっていて、横並びに六つの道が枝分かれしている。右端以外の道の先は全てシャッターが下りていた。
ここは…車庫なのかな、たぶん。
車は一番右端へ入っていき、中で止まった。
やっぱり車庫だと思う間もなく、シャッターが下りると同時に車ごと上へ上がっていく。

「え?これ、どうなって…?」
「初めてだと慣れないよね。これ今地上に出てるから」
「車のエレベーターですか?」
「そんな感じ」

一マフィアがこんな財力と技術力を持ってるって普通なのかな…!?
マツノファミリーが特別なだけ?
そんなことを考えている内、車は地上に出た。
フロントガラスの向こうに、広々とした芝生の庭と松の木に囲まれた大きな洋風の邸宅がある。
ここって、まさか。
言葉の出ない私を見て、トド松さんはくすくす笑っていた。

「僕らの家へようこそ、杏里ちゃん」


*前  次#


戻る