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マツノファミリーに迎え入れられた私に与えられたのは、一松さんの秘書という役割だった。
一松さんの側についてスケジュール調整をしながら、ファミリーの活動について理解を深めること。これが新人秘書の私の仕事だ。
一松さんたちがサポートしてくれるおかげもあって、何とか業務はこなせている。
ただ、危ない現場にはまだ行かせられない、と言われていて、私の活動範囲は広くない。基本的にはホームから出ないで、一松さんのお手伝いをしたり、自室で勉強をしたり、庭にいる猫ちゃんたちのお世話をしたりしている。
今は一松さんの仕事部屋で、スケジュールの確認をする仕事。
明日は傘下組織への訪問の予定が入っている。一松さんの苦手な仕事のひとつだ。色々な人と会うのがあまり好きじゃないみたい。
なので、そういった仕事のほとんどは、交渉役であるチョロ松さんやトド松さんの担当。けど、今回はドンである一松さんも引っ張り出したい、とチョロ松さんから頼まれている。
一松さんに重い腰を上げてもらうことができるか。秘書としての頑張りどころだ。
デスクで報告書に目を通し終えたばかりの一松さんは、膝の上の猫を撫でつつ一息ついている。お茶のおかわりを注いで、ちょっと緊張しながら話しかけた。

「お疲れ様です。一松さん、明日の予定ですが」
「ん…」
「十時からチョロ松さんとフジオ組へ。フジオ会長と会食後、シックス工業の社長と会っていただくことになりました」
「…明日、フジオ組だけじゃなかった?」
「その予定でしたが、社長から、例の密造グループの件で急きょお話があると…チョロ松さんからも『絶対外すな』と伝言を承っています」

チョロ松さんから渡されていたメモを読み上げると、一松さんは「チッ」と軽く舌打ちをした。

「何で俺…チョロ松兄さんだけでいいのに」
「一松さんに直接、ということですから、重要なお話なのではないかと」
「……」

重たいため息をつきながら、どんよりと椅子の背もたれに沈みこむ一松さん。猫が膝からぴょんと降りていった。
フジオ組会長との会食が決まった時も乗り気じゃなかったな、一松さん…
そんな一松さんに、もうひとつ嬉しくない報告をしなくてはならない。チョロ松さんのメモの続きを読む。

「それから…社長との面談が終わり次第、フラッグ社が協賛しているイベントの前夜祭にも、幹部の皆さんと顔を出していただきたいとのご連絡が入っています」
「あの大規模な肉フェスのこと…?その前夜祭って…」
「つまり、パーティー、ですね…」
「…行かない。断っといて…」

むすっとして椅子の上で体育座りを始める一松さん。
絶対に行きたくないという強い意思が瞳に宿っている。

「一松さんがパーティーをお嫌いなのは分かっているんですが、ミスターフラッグがどうしてもと…次のターゲットである地下組織が、招待客に紛れて来るとの情報が入っているようです」
「トド松とおそ松兄さんがいれば充分。あいつらそういう場所でのミッション得意だし」
「ミスターフラッグは六人全員でとのご要望なんですが…」
「一人ぐらい行かなくたって同じだから…」

ああ、一松さんのやる気がみるみるうちに無くなっていく…!
苦手なパーティーの予定まで急に入ったらそうなっちゃうよね。でも重要な仕事みたいだし、一松さんにも行ってもらわないと…
こういう時にケツを叩くのも秘書の仕事、というチョロ松さんの言葉を思い出して、仕事用の携帯で一松さんの明後日のスケジュールを再確認。
たしか、これとこれは後に回せる仕事だから……よし。

「明後日のお仕事を次の日に回して、明後日は一日お休みにします。明日は頑張って、明後日は一日ゆっくり休みましょう!…それでもだめですか?」

気休めになるかもしれない提案をする。
おそるおそる一松さんを見ると、体育座りをしたまま考えているみたいだった。

「…明後日、休み?」
「休みです!」
「一日?」
「一日まるまるです」
「…杏里ちゃんも?」
「いえ、私は…」
「何か用事でも言いつけられてる?」
「そういうわけではありませんが、勉強を進めたいと思っていますので」
「…ふーん……」

目を斜め下に落として、また黙って考えこむ一松さん。
どうかなぁ、これでやる気になってもらえたら…

「……やっぱりやだ」

うう、と肩を落としかけたけれど、「でも…」と一松さんは言葉を続けた。

「杏里ちゃんも明後日休みになるなら、行ってもいい」
「えっ、本当ですか!?」
「うん。…い、一緒に、一日過ごしてもらえるなら…」
「もちろんです!それで明日頑張ってくださるのなら、私で良ければお付き合いいたします!」
「じゃあ、頑張る」
「ありがとうございます!」

良かった!チョロ松さんからの頼みは果たせそうだ。
うまくいってほっとする私を見て、一松さんもどことなく嬉しそうにしていた。体育座りをやめて、胸ポケットから携帯を取り出している。

「では、明日のパーティーの詳細を…」
「それより明後日、何する…?猫パする?」
「えっ…ねこぱ、ですか?」
「うん。人だらけのパーティーは疲れるから…猫パーティーで回復する」
「わあ、いいですね!明後日は猫パーティーをしましょう」
「じゃあ、猫缶いっぱい頼んどく…」

うきうきした様子で携帯をいじり始める一松さん。
猫ちゃんのことならやる気になるんだなぁ。その気持ちはよく分かる…って、いけない。話がそれちゃった。

「それでですね、一松さん。明日のパーティーの詳細ですが」
「杏里ちゃん、寿司好き?」
「え?はい」
「ネタは?何が好き?」
「その…そんなに食べたことはなくて、あまり分かりません」
「そう。じゃ色々握らせるか…どこの店の奴にしよう…」
「……一松さん、パーティーの詳細をご説明しますね?」

猫パーティーの話題を伸ばして現実逃避したいんだろうなぁ、って思いながら、肝心のお仕事の話を続けた。
ごめんなさい、一松さん。私も最後まで役目を果たさないと。
思惑が外れたらしい一松さんは、どこかしゅんとした様子で私の話に耳を傾けている。かわいそうだけど、しょうがない…
私が資料を片手に長い説明をしている間、一松さんは聞いているのかいないのか、反応がほとんどなかった。チョロ松さんいわく、どんな態度でも頭には入っているから気にせず進めて、だそう。
けどこのままでは、せっかく上がった一松さんのモチベーションが明日まで持たないかもしれない。

「…以上の段取りで、明日はお願いいたします」
「…うん…」
「それでは、次に猫パーティーの話をしましょう」
「!」

表情の明るくなった一松さんは、さっきとはうって変わって、私に色々と尋ねながらてきぱきと猫パーティーの計画を立て始めた。この様子なら明日も大丈夫そうかな?
明後日の私の予定も決まったところで、一度チョロ松さんに報告するために部屋を出る。
予定より遅くなっちゃったな。私もつられて楽しくなって、メインのお仕事より猫パーティーの話の方が長くなってしまった。
仕事中なのにちょっと反省。早く報告に向かわないと。
チョロ松さんの仕事部屋をたずねると、トド松さんもいて「杏里ちゃんだ〜」とにこやかに迎え入れてくれた。

「どうだった?一松は」
「はい、全ての案件に了承していただきました」
「マジで?ハタ坊のパーティーも?」
「はい」
「さっすが杏里ちゃん!一松兄さんの秘書は適任だったね」
「ほんとだよ。今までなら、急なパーティーなんか絶対参加しなかったのに…どうやったの?」

二人から期待の目が向けられた。

「ええと…その、代わりに明後日は一日休みという条件を出しました」
「…え、それだけ?」
「はい。そうしたら、私も休みを取って、一松さんと休日を過ごすことが条件だと逆に言われまして」

一瞬訝しげな顔をしていた二人は、納得したように揃って「ああ」と頷いた。

「なるほどねぇ〜。意外とやるじゃん、一松兄さん」
「あの、こんなやり方で良かったでしょうか」
「一松が動くのなら何だって構わないよ。僕らが『休み』を交換条件にしたって、動いてくれない時もあるから」
「まあねー。でも杏里ちゃん、杏里ちゃんが犠牲になることないからね?一松兄さんのわがままをいなすために、別のわがまま聞いてたらけっこう大変だよ?」
「そうですよね…」

それは私も考えてたところ。
一松さんの出す条件に私が付き合うのはいいのだけど、条件なんてつけなくても仕事をしてもらえるのが一番いいもの。
もっと上手なやり方で一松さんのサポートができるように、秘書としてまだまだ成長しないと…!

「次は条件なしでやる気を出していただけるよう、頑張ります!」
「うん、杏里ちゃんならできる気がする。僕らも助かるよ」
「それじゃ悪いけど、明後日は一松をよろしくね」
「はい!」



次の日、会談やパーティーを無事にやり終えた一松さんは、夜遅くになってからかなり疲れた様子で他の皆さんと帰ってきた。
ドンという立場上、パーティーでは色々な人から贈り物を受けたみたいで、聖沢さんと十四松さんが部屋にたくさんの物を運び込んでいた。
「なんかいっぱいもらったから好きなの取って」と一松さんは言ってくれたけれど、たぶん一般人なら手に入らない品物ばっかりだ。
気が引けて、聖沢さんに選んでもらってお菓子の詰め合わせらしい物だけを受け取った。これもきっと特注品。
これだけのプレゼントをどうでも良さそうに放っておく姿を見て、一松さんと私とは住む世界が違うんだなぁ、と改めて思う。
その一方で、明日の猫パーティーを本当に楽しみにしている様子を見ると、私と変わらない部分もあるんだって安心する。
明日に備えてもう寝る、とさっさと自室に戻っていった一松さんを見送って、私も自分の部屋へ帰った。

翌日は快晴で、ホームの敷地内にある庭園で開かれる予定だった猫パーティーは無事に開催された。
私と一松さんと集められたたくさんの猫ちゃんたち。それと、なぜか寿司職人の人が待機している。
そういえば、お寿司は好きかって聞かれたっけ…こういうことだったんだ。

「何でも握ってくれるから何でも言いな」

猫ちゃんに猫じゃらしを向けながら、一松さんはさらっとそう言う。

「あ、ありがとうございます…!」

気楽に猫と戯れるパーティーかと思ってたら、ものすごく贅沢なパーティーだった。緊張しちゃう。
新鮮なお魚は猫ちゃんたちに人気だから、猫ちゃんのことを考えてのお寿司なんだろうけど…
洋風の庭園には場違いな気もする寿司職人さんの存在は、一松さんには気にならないようで、普通に猫たちと遊んでいる。
こういうのも日常なんだろうな、一松さんにとっては。
でも、猫の目線に合わせて芝生に寝転び始めた一松さんはすごく無邪気に見えて、マフィアのドンであることも忘れて思わず笑ってしまった。

「…え?何?」
「あ、いいえ。昨日は本当にお疲れ様でした」
「うん。ほんとに疲れた…」
「癒されていらっしゃるようで、良かったです」
「うん…」

そう言いながら、一松さんは私をじっと見上げた。

「…杏里ちゃんは?」
「私ですか?」
「うん。…癒されてる?」
「はい、とても!」
「そう」

一松さんは遊びの相手だった猫ちゃんに目を戻して、「言ってくれたら」とぼそりと呟いた。

「こういうの、いつでもできるから…勉強とか、疲れた時には、いつでも」
「……ありがとうございます、一松さん」

もしかして、一松さんは私のことも気遣って猫パーティーを開いてくれたのかな。今の台詞はそんな風に聞こえて、少しじんと来てしまう。
育ってきた環境や価値観は違うけれど、一松さんは信頼できる人だ。何より、一緒にいて安心できるもの。
マフィアだとしても、一松さんたちに拾われたのは幸運なことなのかもしれない…なんてしみじみと思っていた時、庭園に駆け込んで来る足音がして振り返った。
十四松さんだ。
普段は見せない、焦った様子でこっちに近づいてくる。

「い、一松にーさん…!」
「…あ…?何…?」

やや不機嫌そうに体を起こした一松さんの前で、十四松さんが「中止ー!」と腕でバツを作る。

「パーティー中止!すぐ広間に来て!」
「は?何で」
「いいから!早く中止して!早く来て!」

こんなに焦った十四松さんは初めて。
何か良くないことが起きたんじゃ…と私も一松さんを見る。

「一松さん、行った方がいいのでは…」
「あー!こんなところにいたぁー!」

突然庭園に響きわたる可愛い女の子の声と、ひっ、と固まる十四松さんの姿に、私は口をつぐんだ。
声の主の方へ寿司職人さんが慌てて頭を下げる様子、そして一松さんの表情が凍りつくのを見て、恐る恐る庭園の入り口へ顔を向ける。
見たことのない女の子が、ニコニコしながらゆっくりとこっちに歩いてきていた。
笑ってるのに、なぜかとても怖い…!

「一松くーん?なーんでトト子に挨拶がないのかなぁー?」


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