×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



一松兄さんへの協力が決まり兄弟で一致団結したその翌日、僕は兄さんたちと一緒に杏里ちゃんを応接室へ呼んだ。
僕らの勝手な行動で裏社会に関わってしまったんだから、僕らは杏里ちゃんを守る義務があると考えていること。
杏里ちゃんの安全のため、周りが簡単には手を出せないポジションにいてほしいこと。
一松兄さんの気持ちには何ひとつ触れずにこの二点を説明した。

「というわけで、杏里ちゃんには一松兄さんの秘書になってもらいたいんだ」

僕がそう言うと、杏里ちゃんは目を丸くさせた。

「私が、秘書…ですか?」
「そう」
「私、秘書の経験がなくて…それにいきなりドンの秘書なんて、足手まといになりませんか?」
「もちろん僕たちもサポートするし、一松兄さんと一緒にいたほうがこの世界を理解してもらうのに早いと思う。いざという時も、二人が固まっていてくれたら守りやすいしね」
「……」

考え込む杏里ちゃんを固唾を飲んで見守る僕ら。
一松兄さんの秘書に、というのは僕の提案だ。
杏里ちゃんに話した理由も嘘ではないけれど、一番の理由は常に一松兄さんの側にいてもらうため。僕らはじわじわと外堀を埋めていけばいい。
もし、秘書なんて無理と言われたら…
まあ、秘書以外で体のいいポジションなんかいくらでも用意はできる。だけど拒否された一松兄さんのメンタルがヤバくなるのは確実だから、できれば断らないでほしいな〜。
当の一松兄さんは元々の猫背をさらに丸めて腰かけ、前髪の陰気な影を目元に落とし、下っ端共がいれば泣いて許しを乞うであろう視線を静かに杏里ちゃんに向けている。
でもこれは単に緊張のせいだ。足の上で組み合わせた両手の指は、出血しそうなほど手の甲に食い込んでいる。

「……分かりました。せいいっぱい頑張ります!」

しばらくして返ってきた前向きな答えに、僕らは胸を撫で下ろした。

「ありがとう、杏里ちゃん!」
「事務の仕事はパーフェクトだったんだ、コンシリエーレもきっと上手くやれる」
「良かったぁ。これで安心だね〜」

僕らの計画はひとまず軌道に乗ったみたいだ。
でもこれからも気は抜けない。杏里ちゃんが一松兄さんに愛想を尽かさないようにするのが、当面の一番の課題。
僕たちが父さんから継いだこの組織は、杏里ちゃん次第で今以上に強大になれる可能性があるし、逆に脆くなる危険性もはらんでいる。
なるべく慎重に、でも着実に計画を進めさせてもらうよ…僕の明るい勝ち組生活のためにね!
杏里ちゃんはやる気があるようで、「秘書はどういう仕事をするんですか?」とチョロ松兄さんへ質問をしている。

「そうだね、最初は主に一松の予定管理かな。仕事は事務的なもの以外にも、面談、会議、視察、パーティーと外出も多い。一松の状態によっては猫セラピーの時間も必要だ。それらを考えて予定を組んでほしい。始めは一松や僕らが優先度を判断するから、杏里ちゃんは調整作業に専念して」
「分かりました」
「パーティーは全部断ってくれていいよ…」
「いやダメだって。お前が顔出さなきゃ抗争が起きる場合もあるんだぞ。杏里ちゃん、こういう時に一松のケツ叩くのも秘書の仕事だと思って」
「が、頑張ります!」
「……」
「慣れてきたら杏里ちゃんの判断にも任せるつもりだよ。それから、部下達とのパイプ役にもなってほしいね。一松は怖がられやすいから…まあ、最初から多くは求めないよ。まずは一松に付き添って、僕らの仕事について知っていってもらうこと」
「はい」

杏里ちゃんは頷きながら真剣に聞いている。

「それと、杏里ちゃんの今までの経歴についてだけど」

おそ松兄さんが、後ろに控えていた聖沢からいくつか書類を受け取って杏里ちゃんの前に出す。

「君は俺たちしか知らなかったスパイで、あの施設を裏で探ってた。その他ここに書いてる設定、頑張って全部覚えて、誰から何聞かれてもこれで答えてね。よろしく〜」
「…何だかすごい役になってますね、私…」

杏里ちゃんが手に取って見ている資料は、聖沢に作らせた杏里ちゃんの偽の生い立ちだ。
両親を亡くしてから例の施設に入居、というまでは事実。
その後、実は杏里ちゃんの両親と懇意にしていた僕らの父さんの極秘指令で、徐々に施設のスパイ活動を始める。施設の崩壊と同じ頃、突然“マツノ”のマンションに住むなどわざと目立つ動きを見せ、自分の存在を怪しませた。命がけで囮となり、潜伏中の敵対組織をおびき寄せ、これも壊滅状態に追いやった。
以上のファミリーへの貢献から秘書に採用…という筋書きになっている。

「そうだったんだ!すごいね杏里ちゃん!」
「そうだねー十四松兄さん」

十四松兄さんはたぶん本気で信じているけど適当に頷いておく。
こうして、偶然の重なりと僕らの不手際の産物だった今回の騒動は、新しいドンおよび幹部の計画通りだったとして説明をつけた。ハタ坊への報告として、まあ及第点かな。
引退して母さんと旅行中の父さんにも、この話は通してある。
この口裏合わせがあれば一松兄さんがやる気になるから、と言ったら電話の向こうで泣いて喜んでいた。まったく松造はチョロいよね。

「とりあえずこんなもんかな。何か質問は?」
「そうですね……あ、これについてなんですが…」

資料を見ながらいくつか質問をしている杏里ちゃんは、僕と初めて会った時に見せた、か弱い女の子の姿とは少し違っているように感じた。
そういえば昨日も、一松兄さんが銃を乱射してる最中に出てきたっけ。
普通は安全な場所に隠れてそうなものだけど、変なところで度胸があるというか、怖いもの知らずというか…案外、僕らが思ってるより強い子だったりしてね。

「…分かりました。ありがとうございます」
「どう?大丈夫そう?」
「はい、何とか」

杏里ちゃんの質問タイムが終わり、おそ松兄さんが勢いよく伸びをした。

「よーし!そんじゃ作戦会議終わり!飯にしよーぜ!」
「おそ松兄さんは昨日の報告書出してからね」
「えええ〜?せっかく休みなのにぃ?」
「ぼくも今日休みー。遊びに行っていい?」
「僕も今日はお休みもらっていいよね?元々僕が出る必要なかったのに、休み返上で働いたんだし〜」
「十四松もトド松も!報告書がまだだろ!」
「フッ…俺はもう提出したぜ?久々のバカンスと洒落こむかな…」
「お前は始末書な。今回の原因はすべてお前にある」
「ジーザス…!!嘘だろうチョロ松!?」

僕らのいつものやり取りを、杏里ちゃんは興味深そうに眺めている。

「報告書が必要なんですね。何だか会社みたい」
「まぁそうだね。一般的な会社みたいなところもあるよ」
「そう考えると、ちょっとだけ気が楽になってきました…皆さんの報告書は、まずチョロ松さんに見せるんですか?」
「そう。僕が一度目を通してから一松に報告することになるね」
「なるほど…じゃあその時間も一松さんの予定に組み込まないとですね」
「はいはい、難しい話はぜーんぶ後!今日の昼飯は何かな〜」
「あ、ちょっと、おそ松兄さん!」
「おっ先ー!」

こういう時の足は早いおそ松兄さんがさっさと部屋を出て行き、十四松兄さんとカラ松兄さんがしれっと後に続く。

「ったく、あいつら…」
「もー、そんなカリカリしないでっ。今日中に出せばいいんでしょ?さ、杏里ちゃんもご飯にしよ!君の歓迎パーティーのことも話し合わなきゃね」
「ああ、そうだった。昨日は結局ごたついてたからね」
「いえ、どうぞお構いなく…!」
「…一松兄さん?行かないの?」

ドアに向かいかけた僕らとは反対に、一松兄さんは動こうとしない。
チョロ松兄さんも首をかしげる。

「一松?飯にしないの?」
「…」

無言でじっとこちらを見つめる一松兄さんにぴんと来て、僕は杏里ちゃんをつついて小声でささやく。

「秘書の仕事の時間だよ」
「えっ…?あ、分かりました!」

最初の使命に燃える杏里ちゃんは、一松兄さんの側に戻って行った。

「一松さん、お昼ご飯の予定が入りましたよ」
「……」

ちら、と杏里ちゃんを見る一松兄さんは、それでもまだ動かない。

「今からお願いします」
「……」
「…もしかして、お腹空いてないですか?ちょっとだけでも召し上がっていただきたいです」
「……」
「あの……一緒にご飯食べましょう」

『一緒に』が効いたのか、一松兄さんはやっと椅子から腰を上げた。初仕事が成功してほっとしている様子の杏里ちゃんがなんとも可愛らしい。
この後の一松兄さんの予定について、チョロ松兄さんに熱心に質問し始めた杏里ちゃんの後ろを、一松兄さんがのそのそとついていく。
僕は一松兄さんにそっと話しかけた。

「変なとこでごねるねぇ一松兄さん。なに?杏里ちゃんにさっそく構われたかったとか?」
「は?いや…杏里ちゃんにケツ叩かれるのも悪くないと思っただけ。でもああいうのもいいな…」
「………一松兄さん、一応言っとくけど、あれ例えだからね。実際に杏里ちゃんが一松兄さんのケツぶっ叩くわけじゃないからね」
「え…?そうなの?」
「いやそうに決まってるでしょ。え何?ぶっ叩かれ待ちだったの今?」
「うん…」
「無いよそんなの。これからそういう性癖杏里ちゃんの前で出すの絶対にやめて。確実に嫌われるから」
「確実に…!?」
「確実に」
「……わ、分かった…気を付ける…」
「……」

長々と黙ってたかと思えば、この人もしかしてずっとそれ考えてたの?引くわー。
杏里ちゃんにはこういう一面、見せないようにしないと。うん、頑張れトッティ。


*前  次#


戻る