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私が不安を募らせている中、心配していたおそ松さんとカラ松さんが帰ってきた。
応接室に入ってきたおそ松さんはケガ一つなく、カラ松さんは服がところどころ汚れているけれどこちらもケガはなさそうだった。

「たっだいまぁ〜」
「兄さんたち、お疲れー」
「おお、無事だったか杏里ちゃん…!」
「はい。カラ松さんもご無事で良かったです」
「とーぜんっしょ、俺が行ったんだから」
「だれ?杏里ちゃん?」

お二人だけかと思っていたら、カラ松さんの後ろからもう一人同じ顔がのぞいた。
私の会っていない兄弟の人だ。
黒スーツの下は眩しいぐらい鮮やかな黄色のシャツ。なぜか袖がだるだるに伸びている。
スーツってあんなに伸びるんだ…

「杏里ちゃん、こちら十四松兄さん。十四松兄さん、わけは後で話すけど、今日からこの杏里ちゃんも一緒に住むからね。くれぐれもびっくりさせないようにして」
「おおー!」

私をキラキラした目で見つめる黄色の人は、十四松さんと言うらしい。
パタパタと音を立てて(見ると一人だけスリッパをはいていた)、十四松さんが私に近寄ってくる。

「は、初めまして。小山杏里です。えっと…今日から、お世話になります」

ソファーから立ち上がって挨拶をすると、十四松さんは「よろしく!」と元気な声を返してくれた。
十四松さんは私をよく思っていないわけじゃなさそう。
ってことはまだ会ってない最後の一人が…!緊張する…!

「そーだ杏里ちゃん今日からじゃん!あ、部屋決まった?俺と相部屋しちゃう?」
「おそ松兄さんも自重しないと、誰かに風穴開けられても僕知らないよ〜」
「杏里ちゃん、おそ松が何かしてきたら俺に言ってくれ…」
「あ?お前何頼られようとしてんの?」
「フッ、俺はお前の右腕…だからな」
「うざ…」
「杏里ちゃんレモンのマカロン食べた?おいしーよ!」

三人も次々とソファーに座って、場は一気ににぎやかになった。
同じ顔が五つ並んでて不思議な感じ…でも個性はバラバラで、誰が誰だか見分けはつけられそうかも。みんな色違いの物を身に付けてるし。
そんなことを思いながら、十四松さんにおすすめされた黄色のマカロンを口に運ぶ。
十四松さんはこのマカロンの中でお気に入りの味がいくつかあるらしく、それを私に渡すためにお皿から取り分けてくれていた。
はい!と満面の笑みでお皿を渡してくれる十四松さんは、他の四人と同じく、やっぱりマフィアというイメージとは結び付かない。

「ありがとうございます。十四松さんはマカロンがお好きなんですか?」
「そだよ!甘いものっておいしいよねー」
「ふふ、私も好きです」
「じゃー今度パフェ食べに行こ!」
「えー俺も行きたーい。お兄ちゃんとデートしよ、杏里ちゃん」
「え〜僕も僕も〜」
「お前達、その辺にしておけ…ミスターフォークみたいになるぞ」
「誰それ?」

そんな会話を、一松さんは紅茶を飲みながら少し眠そうな目をして黙って聞いている。
ドンらしい落ち着きだなぁと私は思ったけれど、皆さんにとってはそうではないらしく「あ、一松がヤバい」というおそ松さんの一言でなぜかこの話は終わった。

「あれ、そういえばチョロ松兄さんは?一緒じゃないの?」

紅茶のカップを置いたトド松さんが思い出したように言う。
最後の一人はチョロ松さんって言うんだ。そうだ、この人も前に一度名前を聞いたような…
ドキンとして、ちょっと聞き耳を立てる。

「ああ、残って部下と後処理をしている」
「久しぶりにチョロ松も暴れてたからねぇ。なーんかまだちょっとキレてるし、とばっちり受けたくないから先帰ってきた」
「きげん悪かったねーチョロ松にーさん」
「えー、まだ機嫌悪いの?もう決まったことなのに」
「チョロ松にも結局最後まで言っていなかったからな…拗ねているのさ。可愛いもんじゃないか」
「素直に女の子と暮らせて最高ーって言やいいのに、規律が乱れるとかってさ、うるせーの」
「おそ松兄さんは素直すぎー」

けらけらと笑い合いながら軽口を叩きあうトド松さんたちの会話に、私は逆に青ざめた。
今の話からすると、チョロ松さんって私が来ることでかなり怒ってるみたいだよね…!?私ここに来て良かったのかな…!

「気にしないで」

談笑が続く中、一松さんの静かな声が耳に届いて顔を上げる。
一松さんは落ち着きはらってニャンコちゃんを撫でていた。

「俺がいいって言ったんだから、誰にも逆らわせない…杏里ちゃんに手出しはさせない」
「…!」

どうしてここまで言ってくれるんだろう、って思うと同時に、さっきとは違う意味で胸がドキンとした。一松さんの声色がとても真剣な気がしたから。
一松さん、さっきだって、私が撃たれたって聞いて飛んできてくれたし…こんなに真面目に、特別大切に扱われたことなんてなかったもの。
どういう理由でそうしてくれているのかはまだ分かってないのに、それを嬉しいって思い始めている。

「かぁっこいいねぇいちまっちゃーん」

おそ松さんがにやにやと冷やかしてきて、一松さんが「うるさい…」と呟いた。

「ま、どーせ口だけだって。杏里ちゃん目の前にして同じことは言えないでしょ、あいつも」
「それさっき僕も言った〜。杏里ちゃん大丈夫、チョロ松兄さん女の子には優しい紳士だから。ある意味」
「ある意味ね〜」

またけたけたと面白そうに二人が笑う。
全然深刻な雰囲気じゃない。あまり心配しなくてもいいのかな。
ちょっぴりほっとして、私の前のティーカップに注がれていた温かい紅茶を飲む。
わ、おいしい…!!
絶対高級品に違いないって味と香りがする。
こういうのを飲むのも、皆さんにとっては当たり前のことなんだろうなぁ。世界が違う…!

「それより気にしなきゃいけないのは、杏里ちゃんのこれからの生活だね。杏里ちゃんには色々と慣れてもらわなきゃいけないことが多いから」

トド松さんが私の方を向いたので、慌ててカップを置いた。

「今までの常識とは違ってびっくりすることもあると思うけど、なるべく早く慣れてもらった方が杏里ちゃんの安全にも繋がるからね」
「は、はい…!」
「そんな固くなんなくていーよぉ、まず杏里ちゃんが前線出ることなんてないんだし」
「フッ、いざという時は俺達が盾になるからな!なあ十四松?」
「ぼくがぜーんぶ打ち返すよ!ホームラン王狙ってるから!」
「…はぁ…」

話を頷きながら聞いていた一松さんも含め、どこか楽天的な調子の四人にトド松さんがため息をついた。

「いや、もちろん杏里ちゃんを主戦力にはしないよ?しないけど、部下にも示しつけるために、杏里ちゃんにも理解しておいてもらわなきゃいけないことがあるでしょ?」
「そんなのあるか?」
「さあー?」
「戦力じゃないんなら別に良くね?」
「俺が決めたことに何か文句ある奴いんの」
「だめだ…チョロ松兄さん早く帰ってきて…」

トド松さんが頭を抱える。
私は今の話でちょっと気になる部分があったので、少し口を挟むことにした。

「あの…私のことは、部下の方たちには何と?」
「まだ詳しくは言ってない」
「そうなんですか!?」
「そんなにびっくりする?」

一松さんが何てことなさそうに聞き返す。

「ええと…部下の方々からすると、一般人の私が急に皆さんと接近するのってすごく怪しまれると思うのですが…」
「そう!それだよ僕が言いたいのは!杏里ちゃんの方がよっぽど現状を理解してるってどゆこと?」
「でも俺ら幹部だし、一松はドンだし、上からの指示は絶対っしょ?一松が杏里ちゃんを守れっつったら従うしかないじゃん」
「そういうのが内部分裂や組織の弱体化を生むんだよ!ただでさえ僕ら世代交代したばっかりなのに、小さい亀裂が命取りになったらどうすんの?」

え、と思った瞬間、部屋の外からせかせかした足音が近付いてくるのが聞こえた。

「あ、チョロ松にーさん帰ってきたね」
「意外に早かったな」

十四松さんとカラ松さんも反応する。
緊張してちらりと目だけでそっちをうかがった瞬間、大きい音を立ててドアが開いた。

「おい!!何で先帰ってんだてめぇらは!!」

部屋に大声が響き渡る。
明らかに怒っている様子で、私は消えるんじゃないかってぐらい体が縮こまった気がした。
でも私以外は誰も動じていないようで「お帰り〜」と普通に迎えている。
私の向かいに座っているおそ松さんなんかは、笑顔でへらりと片手を上げた。

「お疲れぇチョロ松」
「何がお疲れーだよお前なぁ!こっちはお前とかお前とかお前の尻拭いで疲れてんの!請け負うなら最後まで責任持って収束させろ!」
「えぇーめんどくさいもーん。長男だからってそこまでやる気ないもーん」
「長男とかいう問題じゃねーから!仕事人としての義務だから!」

つかつかとおそ松さんに詰め寄ったチョロ松さんは、今にも胸ぐらを掴みかねない雰囲気。

「まあまあチョロ松落ち着け。紅茶でティーブレイクでもどうだ?ンン?」
「てめーは黙ってろ!大体今回の元凶は誰だと思ってんだ!あァ!?」
「チョロ松にーさんマカロン食べる?」
「んぐ…あ、甘い…じゃねーよ!急に食べさせてくんな!喉詰まるわ!!」
「チョロ松兄さん、こっちこっち」
「あ!?」

兄弟に怒鳴り散らすチョロ松さんに、トド松さんが「ほら」と私を指さした。
振り向いたチョロ松さんの鋭い目が私を捉える。
ぎくり、と余計に体が縮み上がった。で、でも、挨拶はしなきゃ…

「あ…は、初めまして…あの……」

勢いで立ち上がったはいいものの、チョロ松さんの怒りに圧倒されて自分の名前が出てこなくなってしまった。
まごついているうちにチョロ松さんは無言で私の方へ近付いてくる。
ドキドキして頭が真っ白になっていると、側まで来たチョロ松さんが軽く咳払いをした。
どうしよう、さっきみたいな言葉を浴びせられたら……

「は、初めまして…!松野チョロ松です、ここ、こんにちは…!」

私と同じぐらい緊張したような上ずった声で自己紹介をされた。
変わりようにぽかんとしてしまったけれど、はずみで自分の名前を思い出せた。

「あっ…私は小山杏里です!こんにちは…!」
「い、いやー、いきなり見苦しいところを見せちゃってごめんね…今日からだっけ?何か不自由なことや困ったことがあったら、遠慮なく言ってくれていいからね!」
「!ありがとうございます…!」

予想とは全然違う、歓迎の言葉。
にこにこと優しげに私に声をかけてくれるチョロ松さんは、さっきとは別人のようだった。
な、なるほど。チョロ松さんが紳士っていうのはこういうことなんだ。
でもこう言ってくれたのは嬉しいな。良かった、とりあえずは受け入れてもらえて。

「まあこうなるのは分かってたよね〜」
「期待通りだ、チョロ松」
「は?何が」
「いやいや、お前はそのままでいいと思うよ俺は」
「意味分かんないんだけど…別に危害を加えようなんて最初から思ってないよ。だから一松もそれしまってくれる?」

さっきからずっと黙っていた一松さんを見ると、ベストの下へこの前見たピストルをしまっているところだった。
何をしようとしてたんだろう…

「ていうか、僕は彼女がここに来ることも反対してないからね」
「は?お前すげーキレてたじゃん」
「それはお前らにだよ!勝手に動きやがって、いっつも最後は僕が収めてんだから…この子も言ってみればお前らの被害者なんだよ。ちょっとは反省しろ」
「その言い方刺さるわ〜。お兄ちゃん傷付いちゃう」
「フッ、お前を信頼しているからこそ俺はフリーダムでいられる…喜べチョロ松!」
「何をだよ!てめーの自由にか!?殺すぞ!」
「ね、杏里ちゃん、大丈夫だったでしょ?」

こっそりささやいてきたトド松さんに「はい」と返す。
ただ、この六人には受け入れてもらえたけれど…
さっきトド松さんが言っていた、内部分裂だとかの話。
そこは私のイメージするマフィアの世界とも重なる部分で、なおかつ私の存在がその引き金になりかねないっていう口ぶりだった。
そんなことが起こって今日みたいな危ない目に合わないために、一人でもうまく立ち回れるぐらい私自身もしっかりしなきゃいけない。
マフィアの世界に入る覚悟はできてない。でも自分の身を守るためには、覚悟できるできないのレベルの話じゃなくなってきている。

「こ、これから…よろしくお願いしますっ」

気が付いたら皆さんに向けて頭を下げていた。
何も知らないまま皆さんにも見捨てられてしまったら、たぶん私は本当に生きられなくなってしまう。その可能性が、いよいよ実感としてわき始めていた。

「うん、よろしくね杏里ちゃん!」
「これからはそんな他人行儀じゃなくていいよ、俺ら『ファミリー』なんだから」
「フッ、可愛い妹分か…悪くない」
「いっぱい野球しよーね!」
「野球って何だよ…こちらこそ、よろしくね」
「…はい!」

チョロ松さんが差し出した手を握ろうとすると、「にゃっ」という声と共にすかさずニャンコちゃんが私に飛び付いてきて慌てて両手で受け止めた。
甘えたように体をすり寄せてくるニャンコちゃんは、ぼくを忘れないでと言っているように見えて思わず笑ってしまう。

「ふふっ、ニャンコちゃんもよろしくね」
「…おい一松」
「握手禁止」

チョロ松さんが「相当だなぁ」とため息をついたのが聞こえた。


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