コンビニで買ったお弁当をビニール袋に入れてもらって店を出る。袋の擦れるガサガサした音が一人暮らしの侘しさを演出しているみたいで、いつもなら気が滅入る帰り道。
今日は違う。軽い足取りだ。
昨日契約した留守番サービスの松野さんが家で待ってくれていると思うと、街灯の弱々しい青白い光も星の瞬きの一つに見える。
自宅の前に着き、毎日の癖で鍵を取り出したところでその必要がないことに気付いた。緩みかけた口を引き締めてそのままドアを引くと普通に開く。
「うわ」
思わず声を上げてしまった。ドアを開けてすぐ、電気のついていない真っ暗な玄関口で松野さんが半分顔を埋めるように体育座りをしていた。半目の視線が私を捉える。
「…お帰り」
「あ…た、だいまです…」
こんな出迎え方は予想していなかった。確かに松野さんは朗らかにお帰りを言わなさそうな人ではあるけれど。
恐る恐る中に入って靴を脱ぎ始めると、松野さんはのっそりと立ち上がった。その動きに合わせてツナギを着た体からぽきぽきと音がする。
「電気つけてくれて良かったですよ。あ、もしかして切れてました?」
「いや…」
玄関のスイッチを押すと白い光がぱっと松野さんを照らし、松野さんは眩しそうに半目を四分の一目ぐらいにした。
「テレビも見ててもらって良かったのに」
「…電気代、無駄になる」
「そこは気にしなくていいです。レンタル料の内だと思ってるし…猫は連れて来なかったんですか?」
「さすがに…一回目だし」
「そんな、いいのに」
やっぱり松野さんはいい人そうだ。
ビニール袋を下げたまま廊下を歩いて六畳のリビングに入ると、松野さんも後ろから遠慮がちにのそのそとついて来た。ちょっと可愛い。
ベッドの側に座りつつ松野さんにもどうぞと促すと、少しためらってから私とテーブルを挟んだ反対側へ正座をした。
「お留守番してもらってるんだから、ある程度自由に使ってもらって構わないです」
「自由に…」
松野さんが何か悪いことでも企むように口元だけでにやりと笑った。
「例えば冷蔵庫の中の物勝手に使って猫のご飯作っても…?」
「ついでに私のご飯も作ってもらえるなら」
「五百円」
「いいでしょう」
今日のコンビニご飯より安い。
私がとても期待していることを察したのか、松野さんのにやにや笑いは引っ込んで無表情に戻った。
「…でも、そんな大したもの作れないし猫と人間の飯ってやっぱ違うしそもそも俺料理やったことないし…」
早口でぼそぼそと言い訳を並べられた。自分で言い出したのに困っている。
「じゃあ明日はお試しってことでどうですか?その代わり金額も三百円で」
「…知らないよ、何出てきても」
「楽しみです」
「それ嫌味?」
「本心です」
「…ふーん……とりあえず用無くなったし俺帰る」
「はい、ありがとうございました。あ、今日のお金渡しますね」
立ち上がる松野さんを呼び止めて、お弁当と一緒にコンビニで買った猫のポチ袋へ、今日のレンタル料を入れて渡す。三毛猫が手招きをしているイラストのそれを、松野さんはちょっとの間見つめてポケットにしまった。
「どーも」
「明日もよろしくお願いします」
「ん」
短く返事をして松野さんはのそのそ帰っていった。
「…あれ、雑誌忘れてる」
見送ってしまった後に気付いた。テーブルの陰にあった数本の色ペンと松野さんが持参したらしい漫画雑誌。
暇潰しに使ってたんだろうか。一体これで何をしていたんだろう。
興味本意でページをめくってみると、キャラクターの台詞がペンで囲まれていた。ご飯を食べながら調べていくと、どうやら人間の男が青で女が赤、それ以外のキャラクターが黄色という法則があるらしかった。
最終ページでは正の字で統計を取っていて、松野さんの手書きで『青の勝ち』と書かれていた。猫が青の勝利を祝っているイラストも描かれている。
「…ふふふ」
その隣に赤のペンで花丸を描いておいた。明日返した時に気付いてくれるだろうか。
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