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「楽しいコトしちゃおっかなぁって。だーかーら、ほら、この辺。ここいらからゲスト集めてきてよ。ぜぇったい上客になってくれるから! 俺のオスミツキ! いやぁジャンケットが有能だとマジで楽だよねぇ。勝手にお金は入ってくるし俺は遊んでられるし! あ、そこのエロ本取ってくんね?」

 などと申しており。そして水着ではなくぴったりニットの方だった。
 雑に書き付けられたチラシ裏を眺めていると、レセプション当日の早朝に狂気の指令を出した当人ががばりと起き上がる。どうやら愛しのカノジョ片手に起き抜けの一発とシケ込みたいらしく、顔を赤らめながら「え、見てく? いやぁ俺ハリキッちゃうけど参ったなー流石に他人の前とか」とか宣ったので、私は一礼して退室した。

 ホテル最上階、六つ子の私室と化しているスイートを後にして、身内用の専用エレベーターに乗り込んだ。虹彩を認証させるとぐんっと下降し始める。速度はやや早め。強化ガラス越しに見える景色は相も変わらず、向かいには巨大な松の形をした金色のハウスが冗談のように建っている。あの中は朝も夜もない、娯楽と人種の坩堝だ。
 今日中に片付けなければならない案件と顧客対応に割く時間を脳内で配分しながら、私は仕事用の端末を取り出した。長男様の下心でソテーした気まぐれ追加分は、さっさと終わらせようか。

 一攫千金の欲望溢れるカジノフロアへ入るタイミングは日に二回。いずれもショウの始まる直前で、平場の見学目当てで固まっている客足がやや捌ける時だ。
 高い吹き抜けの天井にはスワロフスキークリスタルのシャンデリアが輝き、その下ではヒトからケンタウロスに宇宙人まで、多種多様なプレイヤー達が思い思いにゲームを楽しんでいる。スロットの陽気な音楽にカードを切る音、テーブルから上がる歓声と大仰な悲鳴にコインの音がじゃらりと混ざり、窓も時計もない場内は24時間365日、異様な空気で沸き立っていた。

 本日三回目の演目は、我らがトト子嬢の「ウォーターフィッシングステージ」だ。音響も照明もその他とにかく革新的な技術が(本人の強行……もとい、意向で)ふんだんに投資された水の舞台は連日満員御礼、歌に踊りに滝登りまで披露する彼女は当ハウスの看板バニーガールも務めている。
 ショウの終盤に華奢な豪腕から四度放たれる季節モノの鮮魚は「ウォータージャンピングフィッシュ〜トト子エディション〜」と呼ばれ、捕獲出来たならばプラチナ松コイン25万枚が進呈される代物だが、そこはそれ、場外に吹っ飛ばされた男は数知れず。ラッキー・スターは未だ現れない。

 さて、私は遊ぶでもなく勤務中だ。今朝方の一件は午前中に片付いた。
 テーブルとスロットが果てしなく並ぶ場内を歩きながら、真っ赤な絨毯の上でキラリと光るコインがあればついでに回収する。今の私は清掃員であるからして、落ちていればとにかく拾う。まず拾う。
 カードゲームに熱中する五人グループのテーブルを通り過ぎ、客を待つディーラーにはお疲れ様ですと目配せをする。場内の前方、バーカウンター横を彩る六種類の切花(今朝方替えたばかりでとても瑞々しい)を生けたヴェネチアンガラスの花瓶を軽く拭き、更にその奥。
 遊技場と通路とを視覚的に仕切る松の木の鉢植えの中に、黒い布の包みがひとつ、土に紛れ込むように置かれていた。今の私は清掃員であるからして、手早く回収する。
 そのままカジノエリアとブランド店が立ち並ぶモールを抜け、オリンポス十二神を配した豪奢な金の天井と赤いシャンデリアが煌めくホールの人混みを掻き分けて、陶酔した空間を後にする。暖かくなった陽射しと南風がまだ肌寒く、心地好い。
 そのまま従業員用の通用口を潜る私の後ろ姿を、影がひとつ、見送っていた。

 松を模したハウスの13階はVIPルームだ。ここは私が仲介したハイローラーや各国の富裕層専用のフロアであり、ギラギラと煌びやかな異空間を演出した平場とは趣向を変えている。
 乳白色の大理石の柱と床にダイナミックな抽象絵画のカーペット。アンティークを基調とした調度品が並ぶ、クラシカルな内装を彩るのは生け花だ。和洋折衷のしつらえでありながら、市松模様の花器と相まって落ち着いた造りとなっている。
 その静かで貴賓溢れるVIPフロアの一角、バカラの部屋に、私が応対中の顧客がいる。少々外してしまったが、さて。ゲームの進行具合は。

「やっりぃ! これキテる? キちゃってる? 俺の時間来ちゃってる〜!?」

 あんたが来ちゃったのかよ。
 目的の部屋から聞き慣れた声が上がった。そっと入室してみれば、顧客がもう1ゲームを所望する所だった。彼は某金融会社社長の御曹子だ。遊び慣れているとの事であったし、私が離れたのは10分足らずだったが見立てが甘かった。まさか此処にいるとは。

「えええ〜大丈夫〜? お宅全賭けしたじゃんよ。まぁ俺はまだまだイケるけどね。あ、ジャンケットに借り入れする?」

 酔っ払いの鼻歌のように、我関せずとばかりの軽薄さで御曹子を煽りながら、雇い主がバンカー側のチップをじゃらじゃら鳴らしている。御曹子は手酷い負け方をしたのか、退く様子はない。
 よりにもよってVIPルームのディーラーがこのような応対をするワケもないが(当のディーラーは諌めるでもなく静観している。彼の指示だろう)まぁ、相手が良くない。普段は絶対に行わないが、声をかけることにする。
 年若い御曹子ではなく、へらりと笑っている男の方だ。

「オーナー、失礼をば」

 御曹子がギョッとする。私とオーナーとを交互に見て、何か言いかけるがそれ以上を言わせない為に私が畳み掛ける。よりにもよって何で今此処にいるのか。

「そろそろ時間が」
「んあ。も少し遊んでてよくない? このオニーチャン羽振りがいいし」

 ニヤニヤと笑いながら、オーナーは袖を捲り上げた腕で優雅さの欠片もなくビアグラスを引っ掴み、一気に煽った。スリーピースのベストの胸ポケットに挿した札束チーフが揺れている。赤と黒の市松柄ネクタイの高い位置で、蹄鉄モチーフの純金タイタックが鈍く光り、今朝方寝起きで面白い事になっていた髪型はキッチリとオールバックに固められていた。
 要するにパーティー本番用の格好で遊んでいる。なんでもう着てるんだそれ。

「トト子嬢から演出変更のご要望が」
「そんじゃあねオニーチャン! 良かったらあと3億くらい落としてってね〜」

 頭に昇った血がすっかり降りたのか、御曹子は珍獣に遭遇したような目でるんるんと去っていくオーナーを見送っていた。そうして、彼の事を遠回しに尋ねてくる。あれが噂のオーナーその人なのか、と。
 この場合におけるハウス側の応対はマニュアル化されており、そこだけは私も倣っている。

「オーナーが大変失礼いたしました。彼はああして、気まぐれにゲストと遊びたがるのです。貴方は運がいい。……ええ、ええ。さァどうぞ、ごゆるりとゲームをお楽しみくださいませ」

 当ハウスのオーナー、松野おそ松とその弟達がマフィアンファミリーの幹部である事は、公然の秘密だ。

 その後、心ゆくまで遊び尽くした御曹子をホテルへ送り、VIPフロアの更に上階にある、ロイヤルVIPフロアへ赴いた。こちらはごく一部の「同業者専用」であり、松野一家と彼らにごく近しい者しか立ち入る事は出来ない。
 今はどうやら、オーナー一人のようだ。テーブルに置かれたカードを見るにポーカーで遊んでいる。六人分。止めよう。

「私と遊びますかい、オーナー」
「そうするわ。やべぇよ我に返るとこだった……」
「何になさいます」
「ブラックジャック」
「賭けの内容は?」
「今夜こそヤらせて」
「かしこまりました」

 ソファに放られていた赤いジャケットをコートハンガーに引っ掛けて、マホガニーのテーブルを挟み、オーナーと対面する。松野おそ松という人は暇潰しの遊び時間であっても何かを賭けずにはいられないらしく、そして常にプレイヤー側を好んでいた。
 ディーラー側でカードをシャッフルしながら、さて。ここからが私の時間だ。

「ジャケット、お洒落さんですかね」
「決まってんじゃん。肩が冷えた女の子にかけてあげんの」
「ほほう」
「そして連れ込む」
「石●純一は遠いようで」
「あとなんかこう、ボス感あるよな」
「わかりますけど、私は着ろよ落ちるよハラハラするよ、ってのがこう、先に」
「マメだねぇ、夢が足りない。ここカジノだよ? おっしゃ夢溢れんばかりのヒット!」

 山札から一枚、オーナーの前へ置く。ポーズに掛け声まで付けるのは弟様方曰く、抜けきらなかったクセだそうだ。競馬やらパチンコやらのテンションそのまま。
 だからなのか。彼は畏まったVIPフロアよりも賑やかな平場を好み、自らの収入を自らのハウスで溶かしては楽しんでいる。今日、このタイミングで此処にいたのは気まぐれか、何か嗅ぎ付けたか。
 まぁ、私の立ち位置は変わらない。

「賭けといえば先ほどのお客様ですが」
「んー、んん」
「クラヤミ金融の御子息でして」
「ヤミ金さんとこの? うへぇ〜上客じゃん。俺めちゃくちゃ遊んじゃったよ」
「どんな勝ち方をなさったので?」
「それがさぁ、バンカーにずっと賭けてたら、なんと10連勝」
「なんと」

 これは使い果たしたな。当面の運。

「さすがに、さすがにね? 俺もビックリしてさぁ。もう調子に乗るしかないじゃん。お互い退けなくなるじゃん。あのオニーチャンどうだった?」
「このハウスは経営者こそ真っ黒ですがイカサマだけはしない、と、父君からよくよく聞かされていたそうで。特に何も」
「なぁーんだよイケメンかよ。もっと搾り取ってやりゃあよかったわ」
「配当は流しときましたよ」
「ええ!? なんで!? 真っ白だし俺のだし!」
「オーナーの勝ち分なんて縁起悪すぎるでしょう。なかった事にするに限る」
「百年に一度の縁起モンだったかもしれないのに……んで? 借り入れは?」
「5億ほど。まぁ、彼も大概ですね」

 多少は調子を取り戻したのか、あの後の御曹子はそこそこに勝っていた。たいへんよろしい。仲介したVIPプレイヤーがノッて溶かした額が大きければ大きいほど私のマージンは潤うのだから、ゲストには気持ちよく勝っていただきたい。そこに上質なサービスが加わって、大切な「次回」へと繋がるのだ。

「……ん〜……ふふふーん」
「何ですかね、ニタニタして」
「ココも勝つから絶対ヤらしてよ」
「どうぞ」
「連敗記録に王手ってね〜。んん、ヒット」
「どうぞ」

 ごとり。
 先ほどの清掃中に回収した「落とし物」と、伏せたカード1枚をオーナーの前へ置く。連敗記録に王手してはいかんですよ。

「ひえ〜……容赦ないブタ」
「ラッキータイムもそうそう続くモンじゃありませんね」
「馬鹿みたいにツイてるくらいが好きだわー、俺」
「逃しましたか」
「またの機会をお楽しみに〜ってか? 俺いつ勝てんのよこれ」
「次は麻雀でもやりますかね、いっそのこと」

 それはそれで面白いけどさぁ、と残念がるオーナーが黒い布を取り払い、出てきた物をくるくる回して遊びだした。つるりとした黒いフレームの9mm口径だ。

「お」
「平場の落とし物です」
「よっしゃ売ろう。根こそぎ!」
「え、根こそぎですか」
「そりゃそーよ。コイツ単価はお安いんだから、売るなら全部しかないね、全部」
「あの、オーナー、ちょいとお待ちを」
「と呼び止められてもやめないやーい! 絶対面白くなるし」
「えええ……」

 要は一般客用のフロアを使って、夢のないモノを売り捌いている輩がいる。ハウスのセキュリティ面からして、それは内部の人間にしか成し得ない。
 私の見立てでは、売買の現場を抑えて売り子を特定し、そこからじっくり芋づる式にずーるずる、ぐらいがせいぜいだろうと思っていた。しかしオーナーは経路と生産元まで特定し根こそぎ掻っ攫い、銭ゲバを吊るし上げちゃうぞ、とまでハリキッている。

 何なんだろうか、このひとは。普段からして何にどこまで本気なのかよくわからないが、今日の松野おそ松は奇行が多い。しかもこれは明らかに自覚してやっている。

「わーってるって。平場で楽しんでるカタギの皆さん相手に、チャラチャラ小銭稼いでるお客サマが今日の前座。これ決定!」
「や、まさかパーティーに……っと、コレ私がやるんで?」
「あいつら準備だゲストの対応だーつって、全然構ってくんねぇしィ。もう一枚も噛ませてやんないもんね」

 いやぁ、それあんたが仕事してないだけよな。

「いやぁ、前々から言っとりますがね、私は一介のジャンケットであってあなたの部下ではないもんで」
「まぁまぁちょっとした小遣い稼ぎだってば。契約してるマージンに色も付けちゃう、超お得、今がお得」
「そちらサンの本業に首を突っ込む気はないんですって。私はVIPフロアの事業主やれてりゃあそれで」
「盛り上げ役頼むよぉ。トト子ちゃん喜んでくれるかなー!」

 まさかだった。余興に使いたいだけ、と。
 参ったな、仕事増えすぎか。早計だったかもしれない。

「そんな心配しなくて平気だってば。超簡単なオシゴトだよ」

 いかにも悪どい笑みで言いながら、松野おそ松がのそりと立ち上がる。どこかぬるまった空気が少しだけ揺れた。
 置きっぱなしの山札からカードを二枚引き、落とし物改めシノギの証拠品である9mm口径を手にしたオーナーが、テーブルを回り込み私の隣に座った。蹄鉄のタイタックがちゃらんと鳴り、ぐっと肩を抱き込まれる。程よい空調の室内でもこの人の体温は生暖かく、半身がくっ付いて近い。しかし近いだけだ。
 訝しむ私の膝の少し上にオーナーがカードを一枚伏せた。オーナー自身の脚にも一枚。なんとも不安定な卓の上、私の膝に置かれたカードを、オーナーが9mm口径のバレルを使って表に返す。

「クラブのジャック。ね、ハイローやろ。俺が勝ったら全部喋るでどう?」
「私に何の得がありますかね」
「つい最近、つうか昨日? デカパン博士が新素材見っけてさ。ポリマー183? イヤミの出っ歯から採れるンだと」

 聞いてないな。

「素材自体は実質コスト0で手に入って量産出来る。従来並の低温高温に対応できて、柔軟性を保ちつつイヤメタルに匹敵する強度も維持できるとか。ポリマーフレームのグロックにめっちゃ使えるんじゃね?」
「そのカンペ見せてください」
「ありゃ、うん」

 雑に畳まれた文書は、確かにデカパン博士の筆跡だった。元よりこんな謳い文句のデマを並べるのは松野おそ松には無理だ。
 しかしこの新素材を使う事が出来れば、彼の言うように需要供給のラインを根こそぎ掻っ攫った場合、流しやすい銃を量産する事のメリットは大きい。

「悩んでる、悩んでるねぇ。ちょっと暑いんじゃない? なんなら脱がせて」
「ハイ」
「えっ」
「お願いします」
「……や、いやいやいやいや、ちょっと待って。そりゃ脱がせたいしヤりたいけど今もソノ気だけど。そんな真顔で言われるとほら、あ、でもこれイイ? このままイッちゃってヤッっちゃってイイ? イイよな!?」
「ハイ」
「あヒんっ」

 ナニかが始まったオーナーの太ももの上でぷるぷるしているカードを、人指し指でドスリと突いた。よい子のプレイヤーもディーラーも、貫手とショットガンシャッフルはカードを痛めるぜ。

「だからハイ、ですってば。オーナー」
「…………あああ! そっち? そっちね? ハイローね!? ええもう勘弁してよ童貞に悪いって〜……」

 何故そこで童貞。……童貞だからか。
 私の肩口に顔を埋めてウンウン魘されているオーナーを揺する。もう観念したからさっさとお願いしたい。

「ハイでいいの? ジャックなのに強気だねぇ」
「どうぞ」
「ほーい、っと」

 グロックのバレルがオーナーのカードを返す。勝てる数字はクイーンとキングのみだ。勝敗は。

「ダイヤのエース。私の負けです」
「なーっはっは! 最弱のカードで俺の勝ちィ〜」
「……」
「傷心の記念にあげるよ、ほら。俺こっちもーらい」

 いや、備品ですよそれ。……まぁいいか。
 渡されたダイヤのエースが笑っている。気がする。大きめの絵柄を眺めていると、松野おそ松がニヤニヤしながら顔を寄せてきた。
 私の時間はまだ続いている。

「……平場の松は本来の受け渡し場所じゃあありません。繁華街よりこのハウスの方がウケがいいとか」
「目ェ瞑ってたワケね。でもそんな前からじゃないでしょ?」
「……何故です」
「俺に見付かるとかお粗末でしょ〜。本気で隠しとく気もなかったんじゃん」
「……」
「んで、口止め料貰ってたんだ。俺、そこは傷付くなぁ〜。今の契約じゃ不満だった?」
「いいえ。今の固定パーセンテージに不満はありません。これだけ好きにジャンケット業をやれるハウスも他にない。最近特に肩身も狭いですし」
「じゃあなんでまた、こーんなはした金稼ぎなんて始めちゃったのさ。俺ら一応はマフィアだかんね、切っちゃうかもよ?」
「稼ぐ、成果を挙げるって事が私にとってのゲームです。面白いからです。性癖みたいなモノです。切られる心配はしてませんね」
「うわぁ。強気ィ」
「切るんですか?」
「いんや。横流しを黙って見てただけだし、平場のオペレーションに問題があっても、VIPフロアのジャンケットに報告義務とかないし。それにほら、俺らもうズブズブだし? 深ぁいトコロで繋がっちゃって離れらんないし?」
「ああ、癒着ですね」
「言い方ァァァ……」

 それこそお互い様なんだよなァ。

「ハウスの売上の8割方をVIPフロアが占めてるから、私を切れないと」
「そっちだってウチ以外に行けるトコないじゃん」
「…………まぁ、ハイ」
「待って待って何その微妙な間。どっかから声かかってんの!?」

 そういうのでは、ない。真っ当なハウスじゃあまず私は拾わないだろう。要はココが異常なのだ。
 思わせぶりに勘違いさせておく手もあるが、松野おそ松相手にそれは良くないか。きっとそういうの察せないわ。

「どこにも行きませんよ」
「だから心臓に悪いっつうの! ほんっと、他所んちに行ったりすんのナシだかんな。まだヤらせてもらってないし」
「松野さんちにいますよ。それと、黙秘していたお咎めは? 指詰めます?」
「それヤの付くアレじゃん、恐いって。罰ゲームは銭ゲバの大将にやってもらうからいいよ」
「……」
「落とし物を集めて儲けるのって、イイよな」

 落ちかけの夕陽が室内の調度品を照らしている。夜が来る。
 クラブのジャックを札束と一緒に胸ポケットに挿してオーナーが立ち上がり、私に手を伸ばす。

「じゃ、行こうか」

 パーティーが始まる。黒いレザーグローブ越しに取った手がひんやりと、私を夢の坩堝へと引いていった。

 今夜はカジノの内覧会を兼ねたレセプションパーティーだ。開店前に一度行っているが、噂を聞き付けた新規顧客の要望が多く、結果的には要人と一般客がごっちゃになったとんでもないパーティーとなった。オーナーの一声で、VIPフロアも開放している。地球の勝手がわからない宇宙人も多く、松野兄弟も総出で対応中だ。
 主催側も客側も、賭けの快感と金の重さに魅了された病人のようなものである。

 今朝方、オーナーが呼びたい呼びたいと言っていたお客様方(美女)も、当日の打診だというのに足を運んでくださった。しかしオーナーには目もくれず、ミスター・フラッグに首ったけである。
 そして男泣きに泣いたオーナーは、と言うと。

「新婚さんも離婚さんもいらっしゃ〜い! 独身さんは大歓迎! 松野家長男、松野おそ松でぇっす! オーナーやってまーす! はい、こちらが本日の大物ゲスト。ウチで拳銃バラまいて小金稼いでた、バーテンのイヤミさんで〜っす! はい盛り上げて!」
「ドンドンドンパフッパフ〜」

 絶賛公開罰ゲーム中であります。

「いやぁ始まりましたねイヤミさん! 今の心境は? なになに、話が違う? 口止め料も払った? ウチのジャンケットに? そりゃないだろイヤミ〜。だって1回分じゃん。平場の松で2回目見付けた時に呼び止めなかったんだろ? そりゃノーカンだわぁ〜。って事で本邦初公開! イヤミさんは当ハウスの裏フロア! その名も『ドールハウス』へご招待〜!」

 これもなぁ。ハウスの中にハウスしてるんだよなぁ。

「脱出のルールは超簡単! ドールハウスの中でスロットやガチャガチャを回して、こちらが指定した家具を全部揃えるだけ! 賭け金はハウス内通貨のプラチナ松コイン15万枚から! 記念すべきファーストプレイヤーのイヤミさんには、パーティー終了までに3シリーズ18種をコンプしてもらいま〜す!」

 一回あたり500万円。ダブリはアリアリ。新素材発見の収入が……消えるんだろうなぁ。

「何だよイヤミ、まだなんかあんの? 共犯? 大した問題じゃないしィ。俺のジャンケットだもん」
「……おそ松さん」

 クズの事業主同士、なんですけどね。意味がわかって言っているのか、ただのバカなのか。

「つまりは俺のドル箱なの!」

 ビッグ6のホイールと一緒にぐるぐる回るイヤミ氏に向けて、オーナーがビシッと言い放つ。バカだ。

「多少ヤンチャしたってさぁ、置いとけば何倍も稼いでくれんの。真っ黒くろの黒字だし。この間も海外送金の手数料であれこれしてたけどさァ、全然気になんないし痛くもないし」

 おい何言ってくれちゃってんだおそ松さん。私の顧客もいるんだけども。すごい見てるんですが。

「金どころかプラチナの卵を産んでくれるわけ。おまけに女の子。俺らもう(癒着的な意味で)ズブズブだし、仲良くしとけば(賭けの結果によってはいつか)ヤりたい放題だし。こりゃもう許すしかないでしょ〜!」

 おそ松さーん!

「って事でゲームの続きはこの後すぐ! トト子ちゃんのライブも始まるよ〜! みんな、ゼッタイ観てくれよな! あっ、VIPフロアの見学はこっちね。そこのジャンケットちゃんが案内するよ〜。みんな一緒に金を溶かして今夜も最高!」

 バニーガールのダヨーンさんが、回りながら叫ぶイヤミさんのホイールをガラガラと押していく。オーナーはこれからが相当楽しみなのか、ハミングしながらドールハウスへと向かって行った。

 高い吹き抜けの天井に、スワロフスキークリスタルのシャンデリア。スロットの陽気な音楽にカードを切る音、テーブルから上がる歓声と悲鳴にじゃらりと混ざるコイン。ヒトからケンタウロスに宇宙人まで、多種多様のプレイヤー達。
 カジノは眠らず夢をみない。経営者はマフィア。今夜はパーティーだ。

 さて、私は。

「転職しよう」






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