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ガチャガチャとやかましい室内、来ている客の召し物にも格の高さがうかがえる。これまでの職業とまったく同じはずなのに、やはり通う職場が違うと雰囲気も違うのか。



ディーラーとして働いていたところを解雇され、すぐに次の働く場が設けられたと聞いたのはほんの数日前の話だ。新しくできるカジノ、しかもお相手の客は表の現代貴族から裏のヤミ金業者までさまざまらしい。私はただ、以前より少しガラの悪くなった場でサイを振るだけだが、感じる視線も共に働く仲間も、何もかも違う。

緊張、なんて単語では表せないほど、私はこの場の空気に圧倒されていた。



「......君、大丈夫? 顔色悪くない?」

「い、いえ大丈夫です。ありがとうございます......えぇと、」

「チョロ松ね。他にも色んな松がここにいるけど、君の世話係は僕だから」



隣で話すメガネでオールバックかつ全体的に緑色のスーツを召している彼は、私の先輩に当たるディーラーだ。年齢は私と同じくらいだろうか。この歳でこんな世界に入っている人が私以外にもいたとは、と初めて会った時に衝撃を受けたことを思い出す。



そんなことを考えているとも知らずに、チョロ松さんは関係者以外立ち入り禁止の扉を開く。「とりあえず時間ないから移動しながら聞いてくれる?」といそぎ足で進むチョロ松さんに習って、私はチョロ松さんの説明を一字一句聞き逃さないように注意する。



「今日が初日なのに悪いんだけど、これからすぐに相手してもらう客がいるんだよね」

「えっ!? で、でも私まだ新入りで、向こうでも補佐しかしてなかったのですが」

「だからだよ。ここは出来たてのカジノだから、規模はでかいくせにディーラーが100人ほどしかいなくて困ってるんだ」



なにせ規模と収益だけを求めて作ったくらいだからね、とチョロ松さんは頭をがしがしと掻く。ここの事情を知っているのだろうか、と思っていたら顔に出ていたのか「ここのお偉いと面識あってね、内部事情ちょこっと知ってるんだ」と付け加えた。


「それで、今夜はVIPが君の指名をしてきたから、彼の相手をしてほしいって」

「指名をされたということは、私も幾度かお会いしている方なのでしょうか」

「そうなんじゃない? 僕は知らない人だったけど」



ディーラーの指名は、ゲームの趣向を凝らしている一流のディーラーが客に気に入られて指名されるのがほとんどだ。私みたいな地位のディーラーが指名されることはまずないので、その方がどんな方なのかとても気になる。私はいったい、何を気に入られたのだろう。



悶々としていると、前に歩くチョロ松さんがチラリとこちらを振り返る。

「ま、気を付けなよ。君、どうやら結構顔に出やすいタイプみたいだから」

自覚していたディーラーとしては向いてない短所を指摘され、私は慌てて顔を引き締める。これだから私はいつまで経っても一流にはなれないのだ。そう自分に言い聞かせて。





「―――ハイついた。ここらへん一帯がVIPルームね」

バックヤードにも関わらず、すでに豪勢な扉が廊下に並ぶ。きっと室内は絢爛豪華な装飾品が鎮座し、きらびやかなを身に纏う美女がわんさかいるのだろう。もちろんこの店の者ではなく、客のパトロンなのだが。



私も申し訳程度のマーメイドドレスを着ているため、改めて入る前に居住まいを直す。それはチョロ松さんも同じようで、今までボタンを二つほど開けていた襟をキッチリ閉め、緑と黒のチェック柄ネクタイを上まであげる。最後にメガネをくい、と上げて自分と私の身だしなみが整ったことを確認すると、チョロ松さんは目の前の扉を二回叩いた。私はチョロ松さんの後ろで、開きかけのドアから中を覗く。

しかし、薄暗い室内では、間接照明と相手方が吸っている煙草の火しか認識できなかった。仕方なし、と背中で語るように、一歩チョロ松さんが足を踏み入れる。私もそれに続くと、チョロ松さんが仕事用の笑顔を客に向ける。



「どうも、お初にお目にかかりまして。この度は当カジノへのご来店、誠にあ」

「ンな決まりきった礼いいからさァ さっさとそのコ、前に出してくんない?」



チョロ松さんのご挨拶をぶった切って、客は私の方に顎を向ける。暗闇の中で見えたその下衆じみた笑顔から、ああそちらの意味で気に入られたのか、と合点がいった。

金に物を言わせゲームをする客しか来ない仕事だ。私は今まで出会ったことはなかったが、先輩から話を聞いていた通りディーラーをパトロンにしたがる客は沢山いる。目の前の男も、その一人だったのだ。



「ねぇこんばんわ。僕のコト覚えてない?」

「も、申し訳ございません。以前ご来店なさった方ですか......?」

「アハそうだよねぇ、分からないよねぇ。僕ね、君のコト、君が前いたカジノのトイレで見たの」



語尾が伸びているから、飲酒をされたのだろう。よく見たら、カジノテーブルの上にはチップでもコインでもなく酒が入っていたであろうワインボトルが数本並んでいる。全部空けたかは定かではないが、かなり飲んでいると見た。

それはチョロ松さんも同じようで、仕事用のポーカーフェイスが少しだけしかめ面になったのを私は偶然見てしまった。確か、噂によるとチョロ松さんは潔癖症だったはず。テーブルがこぼれたワインで濡れているの見て嫌がったのかもしれない。



といってもしかめ面はほんの一瞬で、すぐさまチョロ松さんは「それでは、ゲームを始めましょうか」とベットチップとルーレットボールを台上に置く。それに対してしかめ面をしたのは、何故だか客の方だった。



「えぇ......まさかアンタここにいるつもりなの」

「ええ。彼女はまだひよっこのディーラーですので、僕が着いていないと上に叱られてしまうんです。僕も彼女も」

「チッ......あーハイハイ、じゃー今回だけで。 次回は君だけがいいなァ」



大きく舌を打って、明らかに渋々というようにベットするお金をカバンから取り出す支度を始める。

私が「次回、お待ちしております」と典型的商業文句を口にすると、客の機嫌があからさまに良くなった。またあのニヤニヤとした笑みをこちらに向け始める。



ゲームをしに来たのではなさそうなその一挙一動、私を見る視線。さすがに少し寒気がしてきた。私を見るその視線には、気に入りのディーラーを見る以外に思惑があるように感じるのだ。そう、例えば隙あらば襲ってやろうというような、笑顔と同じ下衆じみた下心が。

人の顔色を見ないとやっていけない職業柄、最早こうした心情を読み取ってしまうのは職業病なのかもしれない。チョロ松さんも気づいているのだろう。なるべく私の客の間に入るように身を動かし、ゲームの準備を進めているようだった。

だが、客も客で自分の目当てのために来たのだ。



「ねェ、やっぱ君とゲームがしたいな。僕が賭けるのは金だけど、君が賭けるのはこのあとの時間とかどうかなァ?」



お客様にこう言われてしまえば、チョロ松さんも身を引くしかない。けれど後者の提案はルールブックぎりぎりらしく、コホンと咳払いをしたチョロ松さんが丁寧に説明をする。



「お客様、彼女のこれからの時間のベットを御希望とのことですが......申し訳ありませんが彼女はこの後にもゲームがございまして」

「まァたアンタか。ったく、邪魔すんじゃねぇよ......。あーじゃーアンタとでいいや。んで、アンタはその子を賭けてよ」



小さく聞こえた罵倒の後に指示された言葉に驚く。チョロ松さんがゲームを? それで私はチョロ松さんの担保になると? 意味が分からない。可能なのだろうか、そんなことは。

チョロ松さんの顔色を盗み見ると、こめかみをピクリと動かし少しだけ苦悶の表情を浮かべる。どうやら先ほどとはうってかわって、ぎりぎりセーフラインのようだ。こうなったらチョロ松さんの腕に賭ける他ない。



「......かしこまりました。僕とお客様でゲームを致しましょう」

「じゃパッパと始めてくれよー? 俺も時間ねぇし」

ポンッと卓上に置いたのは、掛け金となる紙幣の束だった。ざっと見ただけで数百万はあるであろうそれを、カバンからひょいひょいと取り出し担保を置く場所へと積んでいく。

下衆のような笑顔のこの客は、意外と金持ちらしい。どこかのボンボンか悪どい仕事をしている者なのかもしれないが、どちらにしても男女関係は持ちたくない。



「ハイ、金出したからさー。さっさと始めて」

頬杖をついて、ルーレットに視線を送る客。態度の悪いその促し方に、私は思わず口角をひくりと動かしてしまう。相手は気づいていないようで安心はしたが、客にイライラを悟られてしまうのはディーラー失格だ。

一方のチョロ松さんは、素晴らしいほどのポーカーフェイスで客を一瞥する。

「では」

カラリと小さな玉を勢いづけて回し、私も客もチョロ松さんもその行く末を見守る。



「さあ、お客様。玉が回りきる前にベッドをお願い致します」

「ハッ、ポーカーみてぇにイカサマなんて出来ねーからなー。じゃ適当に」



全てのベッドチップをトン、と置いたところはダズンのセカンド。13から24までの数字に当たれば掛け金が三倍になる。全額を賭けたわりには、ずいぶん慎重なベッドだ。

「まずはアンタの観察から。そんなの基本だろ?」と自信ありげに笑う客を見て、先ほどの疑問――コイツはボンボンか夜の仕事の人か――は前者だと確信する。二世は金を見境なく使うくせにビビリ癖があるのだ。



それを見て、フッ、と鼻で笑う者がいる。他でもないチョロ松さんだ。

今までの営業スマイルとはうってかわって、嘲笑じみた笑みを客へと向ける。お客様はもちろんカチンとくるだろう。

「ンだよ、なにがおかしいんだ? あ?」

「いや、ただお客様からの勝負でしたが、ワンゲームで決着をするのではなく普通にゲームをするだけなのだなぁと思いまして」



煽るチョロ松さん。「僕も同じ額を......何処へベッドしましょうか」と悩んでいる声も、頭にきている客には耳に入らないようだ。

ダズンからチップを奪い取り、ダン! と机に叩きつけるようにして客は立ち上がる。「アンタ、俺に喧嘩売るとはいい度胸してんじゃねーか。てめぇがそうくんなら俺もノッてやるよ」そう息巻いて、客は黒の11へと全てのチップを持っていく。

「......そう来なくちゃ......カジノはこれが醍醐味だからね」

「......チョロ松さん?」

チョロ松さんが発した敬語を崩した呟き声は、大きく舌打ちをして怒りで興奮している客には届かない。余裕綽々とした表情で、チョロ松さんは赤の23へと同額のチップを置いた。



「一騎討ちの勝負ですね。僕も久々です、こんなにハラハラしたディールは」

ポーカーフェイスの中にどこか恍惚とした表情を浮かべるチョロ松さんは、ただルーレットを見つめていた。


―――やがて、ぶつかって金属音を鳴らしながらルーレットのホイールをゆっくり転がる小さな鉄球は、だんだんと速度を落としてゆく。

「いけ! そこだッ!」と黒の11を掠めるたびに叫ぶ客。それと対極的に、静かに行く末を見届けるチョロ松さん。自分の身をこの小さな玉に賭けていると思うと馬鹿みたいな話だが、私にはチョロ松さんが勝つのを願うことしかできない。

ルーレットの壁に弾かれ、最後の悪あがきとばかりに玉が重力に逆らって若干跳び跳ねる。跳ねた先でさらに弾かれ、向かう先は――――



(黒の、11......)



終わりだ、と思った。

視界の隅であの下衆な笑いがみえる。と、同時に客からの熱くてねっとりとした視線を感じる。いやだ、こんなヤツの言いなりになりたくない。

ちら、とチョロ松さんを見る。客の視線から逃げる理由もあったが、なんとなくチョロ松さんならどうにかしてくれるかもしれないという期待もあったからだ。盗み見たチョロ松さんの表情は、いつものポーカーフェイスとも先程の恍惚とした表情とも違う、自信たっぷりな笑顔だった。



カンッ カンカン



そんな音を出して以来、ルーレットから玉が回る音がしなくなる。止まったんだ。もう、ルーレットは回らない。結果はどうなったのか。

恐る恐るルーレットを見ると、薄暗い部屋の中で銀色の玉がキラリと光って主張する。

止まっているポケットの数字は、赤の23だった。



「え、チョロ松さんの......ベッドナンバー......!」

「は、ハアッ!? っんでピタリとコイツの数字に入ってンだよ!! てめぇイカサマしただろッ!」


顔を真っ赤にさせた客が、チョロ松さんに詰め寄り胸ぐらを掴む。慌てて止めようとしたものの、チョロ松さんが「来なくていい! ......女には止めらんないから」と制止するので何も出来ない。

チョロ松さんは、掴んでいる手を優しくほどいて客と距離をとった。



「お客様、イカサマなどプロがするものではありません。このような結果だったのでございます。故に、本日はお引き取りを」



担保ゾーンに積まれた札束をひとつひとつ没収しつつ、極めて冷静に帰宅を促す。しかし、完全にチョロ松さんがイカサマをしたと思い込んでいる客は、そう簡単には帰ってくれない。

「もう一回だ! 今度は俺がボールを回す。プロは回すボールもコントロールするっていうしなァ......?」と私たちを睨むと、チョロ松さんが「はぁ......めんどくさいなあ」と敬語を崩し始めた。客の眉がピクリと上がる。



「あ"あ? てめぇ今なんつった?」

「めんどくさいなって言ったんですよ。......まったく、ボンボンはわがままで困る」

「ちょ、チョロ松さん......!?」



いくらなんでも崩しすぎだ。相手が相手ならすぐにでも銃弾を受けかねない。

イライラが最高潮に達したらしい客は、チョロ松さんを突き飛ばすと壁に追い込み押しつける。「てめぇ俺をなめてんじゃねえぞ」怒りのこもった低い声を出し、客が右手を構えた。チョロ松さんが殴られる......!

そう思っても大の大人の拳を見ると脚は震えてしまい、女の私じゃどうにもならないとまで思ってしまう。万事休すか、と目をぎゅっと瞑ったところに聞こえてきたのは一つの銃声。

「えっ」

私が息をつく間もなく、ドサ、と何かが倒れる音。

固く閉じていた目を開くと、チョロ松さんは銃を片手に持ち、目の前で啖呵を切っていた客がうずくまっていた。



「あー悪いね。僕、めんどくさくなるとピストルでなんとかするタイプなんで」

「ッてぇ......!」



脚を撃ったのだろうか。スーツを着ているみも関わらず、客の右ももからじんわりと血が滲み出ているのが分かる。これをチョロ松さんがやったということが信じられずにいると、私の心情を知ってか知らずかチョロ松さんが銃を片手に話し出す。



「いや別にね? 僕だってあなたを撃ちたくて撃ったわけじゃないんだよね。 たださっさと終わらせたかったというか......この子も、そろそろ可哀相だし」



絶対コイツいつか君のストーカーになると思わない?

そう鼻で笑い、胸元へと銃をしまう。普段から持ち歩いているものなのかは定かではないが、手慣れている代物だということは理解できる。

いよいよチョロ松さんが謎のディーラーに見えてきたところで、痛みに顔をしかめていた客が突然金切り声をあげた。



「ッ......てめぇ、何やったかわかってンだろうなァ! ......俺ンちはこのカジノの得意先だぞ? 俺がちょぉーっと頼むだけでてめぇの首が飛ぶどころか、一生食いモンに困って野垂れ死ぬようにすることだってできんだからな......?」



まさにボンボンらしい、姑息な喧嘩文句。だがそれものともせずにじっとりとした目線を浴びせるチョロ松さんは、息巻いている客の右足をぐりぐりと自分の足で踏みつける。客が痛みで叫びをあげた中でもチョロ松さんは語りは何故か冷静で、こっちがその冷たさで緊張してくるくらいだ。



「アンタは僕には勝てないから。このカジノには僕の兄弟が5人いるんだけど......聞いたことない? 六つ子のマフィアがいるって」

「なっ、おおおまえ、っ、まさか……!」



聞き覚えがあるらしく、狼狽え始める客。銃で打たれた脚のことも忘れて、顔を引きつらせ後ずさりをしだした。

みるみる青い顔色になってゆく客を他所に、チョロ松さんは詰め寄りしゃがみ込んで相手の顔を覗いた。


「僕の兄弟もここで働いてるんだけどさぁ、ここの従業員は100人もいて大変な訳。 まあたった6人でそれ以外を動かしてるんだから当たり前なんだけど」

「そ、それがどうしたっていうんだ!」

「だから、アンタはそのたった6パーセントに負けるって話だよ。その機能してない脳ミソで理解できたらさっさと俺たちの前から消えてくれる? 金あるだけの小皇帝が」

再び銃声が起こり、客がしゃがんでいる付近の金属がキィンと音をたて少量の煙をあげる。

最早大人気なく涙目になっている客は、「う、うわぁぁあ!」と悲鳴をあげて慌てて逃げるようにVIPルームを飛び出していった。残されたのは、未だ目の前で起きた出来事が信じられず言葉を失う私と、ひと仕事終えたかのように懐からシガレットケースを出して一服し始めたチョロ松さんの二人だけ。



ふー、と煙を一筋吐いたチョロ松さんは携帯灰皿に灰を叩き落とし、こちらに目を向けた。銃は既にルーレットの上へと置かれている。



「君、どうやら悪い虫が付きやすいみたいだから、それから僕らが守ってあげる。......いや、主に僕が、か」



ま、そのために君を前のとこから抜いたんだけどね。

とだけ言い残すと、チョロ松さんは残ったタバコを灰皿に捨ててこのVIPルームを出ていってしまった。とうとう私一人となった室内には、まだ硝煙の香りとタバコの匂いが残っている。



悪い虫から守るために私を抜いた......? ディーラーでありマフィアの一員である彼が、何故私を気にかけるのか。そんな疑問はいくらでも浮かぶくせに、私には真実を知る由も知る術もなかった。




「―――チョロ松、あの子はどうした。バレて逃げられてしまったのか?」

無駄に豪勢な扉が並ぶ廊下を一人で歩いていると、ひとつ上の同い年の兄に話しかけられる。


「バレたんじゃないよ、バラしたの。そうしなきゃあのボンボン折れてくれなくてね」

「前々から親父の方は面倒なヤツだったが......それは息子も変わらないようだな」

フッ......、と誰に格好つけるわけでもなく鼻で笑う。こんなナルシストでもNo.2になれるのだから、この業界は未だに分からない。



「ところで......バラした、とはどういうことだ〜? まさかあの子のことを案じるあまり、ボンボンに手をかけたなんてことは」

「まさか。ただちょっと牽制しただけ。僕らのことも侮ってたみたいだし、舐められてたら困るからね」



あのVIPルームは防音だから、銃声は聞こえなかったはずだ。だが纏う硝煙が匂っているのだろう。チョロ松は、ピストルを持っていた方の手首付近の服を嗅いでみる。案の定タバコとは違う煙の匂いがした。

......あとで消臭剤かけなきゃ。




「ところでだチョロまぁつ......」

「何、僕これから用事あるから話すなら手短にして」

「ンン......ならばショートにいこう。チョロ松、ガールに現を抜かすのは良いが、あまり深入りするな。もしあの子がオレ達を脅かすエネミーだとしたら......」

「それはないよ。アイツ、ちょっと馬鹿っぽいしあんな顔に出やすい同業なんてありえないから」



チョロ松が否定をすると、フフーン? とカラ松は何かを知ったような顔をする。にまにまと笑うその表情は、小学生がからかう時のそれだ。



「チョロまぁつ、現を抜かしすぎてガールのナチュラルハニートラップにかからないようにするんだぜ......?」

「......相変わらず大きな独り言」

「フッ、照れ隠しかぁ? ブラザー」

「......うるさいな」



肩に乗せられた兄の手をパシッと払う。その顔は先程の客と対峙した時とは違い、顔が優しく緩んでいた。その顔を見せないようにチョロ松は歩き出すも、カラ松は彼の赤い耳を見逃すことはない。

大きな一仕事を終えたディーラー二人......もとい、マフィアの幹部二人は、兄弟間の語り合いをしながら悠々と去っていった。




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