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「バッッカじゃないの!?」

屋敷中にトドマトゥ様の声が響きわたった。
そこら中に放り出されたたくさんの買い物袋を拾い集め、はらはらしながら成り行きを見守る。
居間の真ん中で怖い顔をしているトドマトゥ様と、同じような表情でこめかみを押さえているチョロマトゥ様。
ソファーに座り呆れたように静観しつつ何かを食べているイチマトゥ様と、その隣に座り足をぶらぶらさせているジュウシマトゥ様。
カラマトゥ様ははじめ仲裁に入ったのだが、チョロマトゥ様とトドマトゥ様に「お前は黙ってろ」とすごい剣幕の二重奏を浴びせられ、今は窓辺でギターを奏でている。
そして輪の中心には、バスタブから出てきたばかりのオソマトゥ様。
床に座らされている。一応、マツノフ家の家長なのだけど。

主人である吸血鬼一族のマツノフ兄弟とこの東京に来て、まだ日は浅い。
人間社会で暮らすための窓口となってほしい、と雇われた私は、主たちが過ごしやすいよう一人東京の街を色々と調べ回り、この地に馴染んでいくための土台を作っていた。
そして今夜、一番うまく立ち回れそうだからという理由で、トドマトゥ様が偵察がてら一人で買い物へ向かった。
しかし長らく外出を控えさせられていたのが不満だったのか、オソマトゥ様とイチマトゥ様、ジュウシマトゥ様まで同時にいなくなってしまった。
これは私にも責任がある。世話役を頼まれていたのに、いつ抜け出したのか全く気づけなかった。
しょうがない、とカラマトゥ様たちは慰めてくださったが、女中としてはまだまだ修行が足りない。
幸いジュウシマトゥ様は「冒険してきた!」と元気に帰ってきたし、イチマトゥ様も何やらお菓子を持ち帰ってきてほっとしたのだけれど…
なんとオソマトゥ様は灰になって帰ってきた。屋敷の門の影に袋に入れて置かれていたのだ。
夜明けはまだだったから良かったものの、慌ててバスタブに灰と血を入れ元の姿に戻すことができた。
そうしてやっと、あちこち探し回っていたチョロマトゥ様と、買い物から帰ってきたばかりのトドマトゥ様とを中心に話を聞いていたというわけだ。
オソマトゥ様は昔恋人同士だったらしい半吸血鬼の女性と再び巡り合い、完全な吸血鬼にさせた後、その女性に灰にされた…ということらしい。
しかし話を聞いていると、オソマトゥ様が危険な目にあったことではなく勝手に仲間を増やしたことにお二人は怒っているようで…

「覚えてるよ、あの子でしょ?ハンター側にいた時はすぐオソマトゥ兄さんが見つけられちゃって、けっこう苦労したよね」
「あーあの鬼ごっこね、楽しかったなー」
「楽しかったなじゃねーよ、僕らにまで被害が及んでたんだから」

苦々しい顔を崩さないチョロマトゥ様とは反対に、今まで灰になっていたことなど気にしていないような笑顔のオソマトゥ様。
灰にされたことよりも、彼女が仲間になったことや、ちゃんとここまで送り届けてくれたことの方が嬉しいらしい。

「ったく…こっちに来てからの決まりごともう忘れたの?むやみに人を襲わない!吸血鬼化させない!」

トドマトゥ様が引っ越し前にも何度も口にしていたことだ。人間と共存したいというイチマトゥ様の思いを汲んで兄弟に約束させていたもの。

「だーもう分かってるよ…でも目の前で死にかけてたんだよ?黙って見てろっての?」
「あのねぇ、いい加減僕らの常識と人間の常識が違うって理解しろよ。人間として一生を終えたいって人もいるんだから」
「だからって死んでくの指くわえて見てるなんてやだね。チョロマトゥだって好きな子できたら分かるって」
「僕はそんな身勝手なことしない」
「チッ、真面目ぶりやがって」
「とにかく、次会ったらちゃんと謝らないと。さんざんうちのバ家長が迷惑かけてすみませんでしたって」
「バ家長ってお前…」
「あーあ、僕たちまで殺されなきゃいいけど〜。あ、杏里ちゃんありがと」
「はい」

集めていた紙袋をトドマトゥ様に手渡すと、「はいじゃこの話終わりね!」と袋から洋服を広げ始めた。
話が一段落ついたので、私は食事の準備を始める。

「ほら、兄さんたちの一般人用の服も買ってきたげたから」
「おーあんがと」
「フッ…トドマトゥのセンスが果たして俺に合」
「わーい!ぼく黄色!」

トドマトゥ様はフードのついた色違いの服と青色のズボンを兄弟に渡していった。

「あ、杏里ちゃんは女の子だし、自分で選んだ方がいいかと思って買ってこなかったんだ。今度一緒に行こ?」
「ありがとうございます、トドマトゥ様」
「トドマトゥ、そうやって俺の杏里をたぶらかさないでくれないか?ん…?」
「いや別にカラマトゥ兄さんだけのメイドじゃないでしょ、杏里ちゃんは」
「…なあトドマトゥ、何で俺らの服とお前の服で量が違うわけ…?」

イチマトゥ様が不審そうに紙袋の山と膝の上に置かれた紫の服を見比べている。

「当然でしょ?これ全部僕のお金で買ってきたんだから、自分の好きなの買って何が悪いのさ」
「うわ…お前そういうとこあるよねぇ…」
「ドライヴァンパイアめ…」
「文句あるなら着なくていいけど?あ、あと僕、この店で働けるかもしんないから留守中はお願いね〜」
「は!?おま、いつの間にそんなの決めてきたの!?」
「え…つか働くのトドマトゥ」
「遊ばないのー?」
「俺達に労働は似合わないぜ、ブラザー?」
「うんうんカラマトゥの言う通りー」
「あのね…」

意外そうな顔を並べるチョロマトゥ様以外の兄たちに、トドマトゥ様がため息をついた。

「向こうとここじゃ物価が全然違うんだよ?東京めちゃめちゃ高いんだから!」
「え、でもハンター気にして金多めに払ったりしなくていいって言ってたじゃん」
「そうだけど、とにかく向こうはまだのんびりした経済だったんだよ。杏里ちゃんがやっと見つけてきてくれたこの家だって、元の屋敷の三倍以上したんだからね」
「えー!?マジで!?」
「高いでんな…ジュウシマトゥはん」
「そうでんなーイチマトゥはん」

前のお屋敷よりも少し手狭なこの家は、周りに人気がなく日の当たりにくい洋風の館という条件を満たした物件だった。
私は生い立ちが生い立ちなのでどんな場所でも構わないけれど、貴族同然の暮らしをしてきた主が満足するほどの広さの家を探すのには苦労した。
何でも東京の住宅は、この屋敷の四分の一以下の面積が一般的なのだという。偶然にも別荘を手放すという人がいて良かった。

「そういうことだから、僕らも稼いでかないと厳しいよ。夜しか活動できないけど、杏里ちゃんの昼間の内職だけに頼るわけにはいかないでしょ?」
「うーん、前にやってた不動産業をこっちでもできればある程度は安泰なんだけどね。それか店を経営するか…」
「あーそんなんやってる時もあったなー」
「ぼく覚えてるよ!教会にバレて潰されたやつ!」
「そーいやそうだった」
「まだここだとそんな心配はなさそうだけど…」

店を経営…チョロマトゥ様の言葉に、私はあることを思い出した。

「チョロマトゥ様、良さそうな空き店舗でしたら偵察中に見かけましたが」
「どんな?」
「この区にあるビルの一階です。隣は一般住宅でしたが、大通り前で人の多い場所ですので良い物件かと」
「なるほど…急いで資料用意しといてもらえる?」
「かしこまりました」
「ほんと杏里ちゃんがいて助かるよ〜」
「連れて来て正解だったろ…?俺の先見の」
「分かったからそのクソ顔やめて」
「えっ?」
「メイドに養ってもらうって完全に立場逆転してる…」

自虐的に呟いたイチマトゥ様が、持っていたお菓子の最後の一かけらを口に運んだ。

「てかイチマトゥはさっきからちまちま何食ってんの?」
「マフィン」
「買ったの?」
「いや…もらった」
「もらった!?何で?誰に?」
「……ハロウィンだから俺が仮装してるって思ったみたい」
「あ、ぼくももらったよ!アイスってやつ!」
「よくよく今日がハロウィンで良かった」

ため息をついたチョロマトゥ様が、私の持ってきたトレーから血の入ったワイングラスを取る。
オソマトゥ様も床に座ったまま手を伸ばしてきたので一つ渡した。椅子に座らなくていいんだろうか。
近くにいたトドマトゥ様にもグラスを手渡し、イチマトゥ様とジュウシマトゥ様の前のテーブルにも置き、最後にまた窓辺に戻っていたカラマトゥ様のところへ。
カラマトゥ様はトドマトゥ様の選んだ兄弟おそろいの服が気に入ったのか、嬉しそうに自分の体に当てていた。
まるでプレゼントをもらった子供みたい。こみ上げる笑いを隠しつつ、「カラマトゥ様」とグラスを渡す。

「ああ、ありがとう杏里…どうだ?似合うか?」
「はい、どこから見ても人間のように見えますよ」
「フッ……ヒューマンファッションが似合ってしまう…俺」
「いったいなぁもう!何なのヒューマンファッションって!」
「だはは、まんまじゃん」

トドマトゥ様は顔をしかめているが、私はカラマトゥ様のこの言い回しは面白くて嫌いではない。
カラマトゥ様は面白さは狙っていなかったようで、私がつい笑ってしまうと首をかしげられるけれど。
ジュウシマトゥ様のグラスにおかわりを注ぎ、食事を終えたチョロマトゥ様のハンカチを預かり、また何か言い争いを始めたオソマトゥ様とトドマトゥ様のグラスが割れないよう助けだし、イチマトゥ様からカラマトゥ様のギターを助けだせなかったところで居間の大時計が鳴った。
夜明けの時間が近い。

「あ、もうこんな時間か」
「そろそろ寝るか。今日は疲れた…」
「お疲れチョロマトゥ〜」
「誰のせいだよ誰の!」
「ふわぁぁ…眠い…」
「皆様、お休みなさいませ」

自室に戻っていく主たちに頭を下げると、オソマトゥ様が「杏里寝ないの?」と聞く。

「私はもう少し…資料の作成もありますから」
「いや、もう杏里も休みな。今日は俺らのせいで疲れただろ?」
「自分で言うか普通」
「いえ、そんなことは…」
「一応家長が言うんだから、休んだら」

イチマトゥ様がぼそりと言い残し、「お休み」と部屋を出て行く。

「あ、お休みなさいませ…!」
「資料なんかいつだっていいだろ?なチョロマトゥ」
「…まあね。別の場所探したっていいわけだし」

チョロマトゥ様が、今日帰宅してから初めて少し笑った顔を見せた。
「ハンカチよろしく」と出ていった後ろ姿に頭を下げれば、ジュウシマトゥ様やトドマトゥ様もお休みと言いながら部屋を後にした。
残っているのは私とオソマトゥ様とカラマトゥ様。

「…それでは、私も少し休ませていただきます」
「少しと言わずゆっくり休むといい。時間は無限にある…」
「そーそー。時間はたーっぷりあんだから。俺たちも、杏里も」

私の肩を叩きウインクをして出て行くオソマトゥ様とカラマトゥ様を先に見送り、窓の雨戸をしっかり下ろし分厚いカーテンをかける。
日光は私の主にとって猛毒だ。一筋たりとも入れてはならない。
屋敷の戸締まりを終えた後、与えられた自分の部屋へ。
他の部屋よりも薄いカーテンを閉め、朝焼けの光がうっすら射しこむ中、仕事着を脱ごうとした時に初めて自分がまだスカーフを巻いていたことに気がついた。
オソマトゥ様を探しに街へ出ようとした時に着けてから、そのままになっていた物だ。
鏡の前でするりと解くと、少し薄れた首回りの痕の上に二つの点が縦に並んで浮かび上がっている。
元々人扱いをされていなかった私が、本当に人ではなくなった証だ。

そういえばカラマトゥ様にお屋敷に連れて来られたあの晩も、勝手に私を雇ったことについてトドマトゥ様やチョロマトゥ様がお説教していたっけ。
私が吸血鬼というものを知らなかったこともあり、特にイチマトゥ様は人間をこちら側の世界に引き込むことをためらっていたようだった。
けれど、私はカラマトゥ様の優しさに救われたのだ。
できる限りこの身を役立ててほしいという私の訴えが通り、カラマトゥ様の配下となることを条件に私の第二の人生が始まった。
私はオソマトゥ様いわく“レアの可能性がある人間”だったらしい。
難しい話はよく分からなかったが、カラマトゥ様に血を捧げたことで人間ではない能力をいくつか身につけた私は、初めて与えられた女中としての仕事の方に四苦八苦している。
しかし毎日とても充実しているし、今までにない良い待遇も頂けた。
生まれてきてから今が一番幸せだ。二つの点を指でなぞる鏡の中の私は笑っている。
ネグリジェに着替え終えベッドに入ろうとすると、ドアを静かにノックする音がした。

「はい」
「杏里、今いいか?」

カラマトゥ様だ。

「窓を閉めますので少しお待ちを」

ガウンを羽織りながらぴったりと日光を遮断し、部屋の明かりをつけてドアを開ける。

「お待たせいたしました」
「すまない、寝ていたか…?」
「いいえ、ちょうど着替え終えたところで」
「そうか。その……入ってもいいだろうか」
「ええ、どうぞ」

カラマトゥ様を入れられるぐらいには部屋は片付いている。ドアを開いて迎え入れた。

「何かご用でしたでしょうか…」

ドアを閉めながらそう聞けば、言い終わらないうちに腰を優しく引き寄せられる。

「今日の続きを、と思ったんだが」
「…カラマトゥ様」
「とんだお預けを食らってしまった」

耳元でささやかれる声は低く甘い。血を捧げた時のように、頭がぼうっとする。
そんな私を見つめるカラマトゥ様の目は赤く揺らめきだす。
カラマトゥ様は主たちの中でも一番私のことを気にかけてくれている方だと思う。
私が望んでこの身を差し出したのだけれど、カラマトゥ様は未だにだまして連れて来たという意識も強いようだ。
それで二人きりになった時には、今のように私をそれは大事に扱ってくれる。初めて会ったあの夜と同じ、淑女かのごとく丁重に。
今日もカラマトゥ様がその淑女ごっこを始めようとしたのだが、オソマトゥ様たちがいなくなってしまったために中断されていたのだった。
女中であろうと律儀にこうやって時間を作ってくれるカラマトゥ様は優しい方だ。
さらに抱き寄せられ、顔をカラマトゥ様の胸に埋めながら自分の幸運を噛みしめる。

「杏里…」
「カラマトゥ様、私もう寂しくありませんから」
「ん?」
「皆様優しい方ばかりで、私は本当に幸せ者です」
「そうか、良かった」
「ですから、こう頻繁に時間を割いていただかなくても私はもう平気ですよ」
「……杏里」
「はい?」
「何か勘違いをしているようだが、その…」
「え」

勘違い、とは…
聞いたことはないがもしかすると、これは主人と女中のごく当たり前のやり取りだったのだろうか。
女中の身でありながら特別扱いをされていたような気になっていた…
自分の思い上がりに顔が赤くなる。相変わらずの無知さが恨めしい。

「も、申し訳ございません。無知をお許しを…これからは身分をいっそうわきまえてまいりますので」
「あー、いや、そうでは…その」

一度咳払いをしたカラマトゥ様は、しばらく何か言いたげに黙っていた後小さく首を振った。

「…まあ、今はいい。時間ならある」
「あの…」
「気にするな。杏里は今まで通りでいい」

優しい手つきで髪を撫でられ、心地よさにまぶたが閉じそうになる。
手を取られベッドの方に向かうと、二人でも広いベッドに先にカラマトゥ様が寝転び隣を示される。

「杏里、おいで」
「今日はここでお休みになるのですか?」
「お前の寝顔を見ていようと思ってな…」

前髪をかき上げてどこか自信ありげに言うカラマトゥ様。
何だかおかしくて笑ってしまった。カラマトゥ様が不思議そうに見てくる。

「私の寝顔など見ても面白くはないと思いますが」
「いや、面白さは求めていないのだが…」
「では、失礼いたします」

ガウンを脱いでカラマトゥ様の横に寝ると、毛布が首元までかけられ温かさに包まれる。
カラマトゥ様を始め吸血鬼は体が冷たいものとは後から聞いた話だけれど、私も完全な人間ではなくなったからか、主の体温を温かいと感じるようになっている。
安心のうちにまどろめば、眠りへ誘うようにカラマトゥ様のささやきが下りてきた。

「お休み、杏里。良い夢を」



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