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風邪引き1


「う゛ー……」

誰とも分からない呻き声が部屋に響く。
男六人が風邪で寝込んでるもんだから、部屋の空気が淀みきっている。息苦しいったらありゃしない。
この間杏里ちゃんが風邪を引いた時に僕と一松兄さんとおそ松兄さんとで看病に行ったけど、多分それとは関係ないはずだ。
あれから一ヶ月は経っているし、申し合わせたように六人一斉に風邪を引いたし。
前は誰か一人は治ってたから、一松兄さんなんかが意外にまともな調教という名のノーマル看病をしてくれたりしたけど、何気に全員が寝込むのは久しぶりかもしれない。
だから今は母さんだけが頼みの綱。
急に寒気がしてくしゃみをした時、襖が開いて、濡れタオルと薬を持った母さんが入ってきた。

「ニートたち、母さんこれから出かけてくるから、夜まで帰らないからね」

十四松兄さんのタオルを取り替えながら、さらりと重大なことを言われた。

「…え…」
「じゃぁ…ゲホッ…ごはん、とかは…?」
「今日一日大人しく寝ててくれたら、夜までには治ってるでしょ。夕飯は冷蔵庫の中に入ってるから、チンして食べなさいね」

ちゃんと寝てるのよ、と言って母さんは出ていってしまった。
見捨てられた…
精神的にも弱ってるせいか悲しくなってきた。
元々寂しがりの僕たちだ、淀んだ空気がみるみる湿っぽくなってきた気がする。

「ねえ、どうする…?」

耐えられなくなった僕が口を開く。

「どうするって…?」
「今うち誰もいないんだよ…?何かあったらどうすんの…?」
「どうすんのって、寝てるしかないだろ…」

チョロ松兄さんがいつにも増してめんどくさそうな声で言う。

「氷とけたら誰が替えてくれるの…?」
「自分で替えに行けよ…」
「タオルぬるくなったら…?」
「自分で行って」
「梨食べたくなったら…?」
「自分で…」
「いやチョロ松…それおかしいだろ、母さんは一日寝てろって言ったんだよ?なんかあるたびに動いてちゃ、治るもんも治んねーじゃん…」
「…んじゃどうしろってんだよ…」
「ふ…こういう時のために恩を売っておいた人がいるだろ…?」

おそ松兄さんがしんどそうに、得意気に言った。

「は…?誰…」
「な、一松」
「……あ…?…俺…?」

一松兄さんめっちゃ嫌そうだな…

「やだよ…一歩も動きたくない……」
「そうじゃなくてさ…でんわ、電話して」
「は…?だれに」
「杏里ちゃん」
「…お前、杏里ちゃんに風邪うつす気か…?」

チョロ松兄さんが気だるげに言う。まあ、当然の疑問だね。

「そーじゃねーよ…杏里ちゃんこないだ風邪ひいたから、たぶんもー大丈夫だって…」
「いや…そんな根拠ないから」
「なぁ一松…杏里ちゃん呼ぼーぜ。こういう時こそ会いたいだろー…?」

一松兄さんが布団の一番端でものすごく悩んでいる気配がする。
いや僕も杏里ちゃんに来て看病してもらえたらすごい嬉しいけどさ…
学校だってあるだろうし、チョロ松兄さんが言ったように風邪うつしちゃうかもしれないからなぁ。
杏里ちゃんのことだから、一松兄さんが連絡したら飛んできちゃうんだろうし。
一松兄さんはたぶん断られるの前提で考えてるだろうけど。

「一松…どうするぅ?」

おそ松兄さんが押す。
他の誰も何も言わないってことは、僕と同じように期待はしてんだろうな〜。
しばらく経ってから、一松兄さんがのそのそと布団から這い出てスマホを手に部屋を出ていった。
人に頼りたがらない一松兄さんが、おそ松兄さんに押されたとは言え、自分から助けを求めるなんて成長したなぁ…
熱でぼんやりした頭で兄弟の成長をしみじみ感じていると、一松兄さんがもぞもぞと布団に入ってきた。

「一松、どーだった…?」
「…来てくれるって」
「え、ほんとに?」
「杏里ちゃん、大丈夫なの?」
「学校終わったら行くって…」
「やっりぃー」

おそ松兄さんの声は明るい。
部屋の空気も何となく明るくなった。
杏里ちゃん、授業いつ終わるのかなぁ〜。
それまでちょっと寝てよっと。



それからどれくらい時間が経ったのか、うとうとしていた僕の耳に玄関から声が聞こえてきた。

「ごめんくださーい…」

かなり声量を抑えているけど、杏里ちゃんの声だ。間違いない。

「一松、出てー」
「…え…俺?」
「お前が呼んだんだから」
「……」

布団から這い出た一松兄さんは、着崩れたパジャマを簡単に直してどてらを羽織って、髪型も若干気にしながら出ていった。
あの一松兄さんがほんとにノーマルな成人男性のようだ。杏里ちゃんってすごい。
それから微かに階段のきしむ音が上がってきて、一松兄さんの後ろから杏里ちゃんが顔を出した。

「おじゃまします。わ、ほんとにみんな揃って風邪引いてるんだね」
「杏里ちゃぁん」
「待ってましたぁ」

僕らに力ない拍手を送られた杏里ちゃんは、少し照れ笑いをしながら一松兄さんを布団に誘導して寝かせた。

「今日はバイトもないから、いれるだけいるね」
「ごめんねぇ杏里ちゃん、一松が会いたいって言うからさー…」
「っ、は?おそ松兄さんでしょ最初に言いだしたの…!」
「一松、熱上がるぞ」

勢いよく起き上がった一松兄さんをカラ松兄さんがたしなめる。

「あはは、病気の時って人恋しくなるよね。私もそうだったし」
「だろー?」
「うん。あ、みんな何か食べた?ゼリー買ってきたんだけど、冷蔵庫に入れておこうか?」
「ゼリー?食べたーい」

十四松兄さんが真っ先に口を出した。僕も食べたいなぁ。
期待を込めて見つめていたら、杏里ちゃんは僕らの枕元に座って、鞄の中からコンビニのビニール袋を取り出した。
それを枕を抱えながら見守る僕ら。

「みかんのゼリーだよ。同じの六個買ってきたんだ。はい」

一人ずつゼリーとスプーンが配られる。

「ありがとう杏里ちゃん」
「わーいみかんだー」
「どういたしまして。実はこれ、春香と二人で買ったんだ。春香はバイトがあって来れないから、代わりに渡してって」
「春香ちゃん…!」

何ていい子なんだろう。
僕も春香ちゃんに連絡すれば良かったなぁ〜。あぁ、なんか声聞きたくなってきちゃった…あとで連絡しよ。

「春香ちゃんって…あーこないだあった子かぁ」
「大学のともだち?」
「そうだよ、みんなのこと話したらお見舞いにって。…あ、ごめんお喋りしてちゃだめだよね」

そう言って、僕らの頭に乗っている濡れタオルや氷枕を一つ一つ確認していく杏里ちゃん。

「タオルとか氷とか替えた方がいいよね。勝手に持ってきちゃっても大丈夫?」
「うん、そうしてくれるとありがたーい…」
「それじゃ、みんな大人しく食べててね」
「「「「「「はーい」」」」」」

杏里ちゃんが後光の差すような笑顔を向けて、台所に下りていった。
言われた通り大人しくみかんゼリーを食べる僕たち。
冷えたゼリーが枯れかけてる喉に当たって気持ちいい。

「白衣きてたら完全に天使だよね〜…」
「それは思った…三次元にリアルに天使がまいおりたよね」
「このままずっと愛のあるお世話をされつづけたいものだ…」
「うんうん」
「一松、はやく杏里ちゃん嫁にもらってよ」

おそ松兄さんの言葉に、一松兄さんが盛大にむせた。

「っ、は?は…?なに、言ってんの?」
「だって、そーしたら俺たちも恩恵にあずかれんじゃん。つらい時にこうやってやさしくしてもらえてさー」
「うん、それいいかも〜」
「杏里ちゃんが妹か、いいな」
「杏里ちゃんがねーさんかぁー、いーね」
「一松、俺達のドリームをかなえてくれ。わが兄弟に癒しと愛を…」

カラ松兄さんの台詞に珍しく兄弟が次々と同意する。

「か…勝手なこと言ってんじゃ……っだいたい、何で俺…」
「えっ、なら俺杏里ちゃんもらおっかなー、嫁さんに」
「はっ…!?」
「なんだ…一松は杏里ちゃんとつき合いたいわけじゃなかったのか」
「なっ、ちが、そうじゃ…」
「一松兄さんがその気じゃないならぁ、僕も立候補したいかな〜」
「じゃーぼくも!」
「じゅ、十四松まで…!」
「フッ、じゃあ俺は」

言い終わらない内に、カラ松兄さんはす巻きにされて部屋の隅に転がされた。大人しく寝られて良かったね、カラ松兄さん。
みんなにからかわれた一松兄さんは、熱があるのも手伝ってかいつも以上に余裕がなさそうだ。息が上がっている。

「だからっ…何で、そうなるわけ?…いま、そういうの関係ないでしょ…!」
「いや関係あるよ。考えてみろよ…看病してほしいって言われて、ここまで親身になってやってくれる子、そうそういないよ?杏里ちゃん以上の子、このさきお前に見つかるとおもう…?」
「……」
「ま…お前がまだいいって言うなら、べつにいいけどー」

おそ松兄さんは煽るだけ煽って、「ごっそさんでした」とゼリーのカップをゴミ箱へ投げた。

「いいか?いまんとこ俺らとお前は同じスタートラインに立ってんだってこと、わすれんなよ」

嫌な笑顔が似合うなぁおそ松兄さんてば。
わざわざ一松兄さんに杏里ちゃんを呼ばせたんだから九割方からかいたいだけで言ってんだろうけど、一松兄さんにとってはリアルな死活問題だよ。
もし杏里ちゃんが他の男と付き合い始めたら、一松兄さん闇の塊みたいになんだろうな…
ってやばい、今まさに闇になろうとしてんじゃん…!
一松兄さんの持ってる空っぽのゼリーのカップがベコベコと握り潰されていく。
風邪の熱と内側で煮えたぎる闇感情が混ざり合って、ものすごい形相になっていってるよ…!
これヒートアップして死んじゃうんじゃないの?

「一松兄さん、熱上がっちゃう、かくじつに上がっちゃうから…!」
「お待たせ…えっ、一松くん?どうしたの、体調悪くなった?」

あああ、いいところに来てくれたよ杏里ちゃん…!
氷水の入ったボウルやコップを乗せたお盆をすぐに下ろした杏里ちゃんは、一松兄さんの前に膝をついておでこに手を当てた。
途端に僕らにしか見えていない闇がギュルギュル音を立てて渦巻いて消滅した。

「…ぅぅ……」
「わ、熱い…!氷持ってきたからね、これ乗せて寝てて」

布団をかけてもらった上に氷枕をセットされ、濡れタオルで汗まで拭いてもらっている一松兄さんは、杏里ちゃんを溶かす勢いの熱視線を送りながら魂が抜けたようになっていた。でも口元が微妙ににやけている。
一松兄さんって素でデレるとこうなんだ。レアなもの見た〜。

「杏里ちゃーん、俺も俺もー」
「うん、今取り替えるからね。もうちょっと待ってて」

おそ松兄さんの横やりも全く意に介してない一松兄さん。ていうかたぶん夢心地で耳に入ってない。
一通り一松兄さんの汗を拭き終えた杏里ちゃんは、タオルを交換しながら僕らの顔色も一人一人チェックしてくれた。

「みんなはもうあまり熱はないみたい…あれ?カラ松くん、何でそこで寝てるの?」
「フッ…なかなか快適だぜ」
「そうなの?カラ松くんも顔色は悪くなさそうだね、だったらいいんだけど紐はほどいておくね…あ、チョロ松くん体温計いいかな」
「うん、どうぞ」

チョロ松兄さんから体温計を受け取った杏里ちゃんは、それを一松兄さんにくわえさせた。

「起き上がらせちゃったのが良くなかったのかな…ごめんね。今からは寝てていいからね」
「はい…」
「水も持ってきたんだけど、欲しくなったら言ってね」
「はい…」
「気分は悪くない?目まいとかはないかな?」
「はい…」

これはある意味調教だ。一松兄さんがすっかり飼い慣らされてしまった。
風邪で多少リミッター壊れてるからって一松兄さんめろめろしすぎでしょ。面白いからいいけど。
春香ちゃんもお金を出してくれたというゼリーを僕も完食した。
治ったら杏里ちゃんとも一緒に何かお礼しなきゃな〜。


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