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酒に踊らされた男


落ち着いて整理してみよう。

銭湯からの帰り、コンビニまで買い物に行くところだったらしい杏里ちゃんと出会った。
スウェットにカーディガンを羽織っただけの姿だったので、また変な男につけられたらどうすんだと思い家まで送ることにした。そこで兄弟とは別れた。
杏里ちゃんはCMで見た新発売のチューハイが飲みたくなったらしい。コンビニに着き、そのチューハイの他に女子が好きそうなお酒を六本ぐらい買っていた。
ここで、そういえば杏里ちゃんはわりと飲める方だった、と思っただけだったのが一つ目の失敗。
二つ目は杏里ちゃんの「今日全部飲むわけじゃないよ」を鵜呑みにしたことだ。
後で知ったが杏里ちゃんはあればあるだけ飲める子だった。しかしそんなこと、この時は知る由もない。
家まで送ったところで「そっか、もう帰っちゃうんだね…」と寂しそうに言われたので家に上がり込んだ。決して俺の意思じゃない。
帰りたくなったら帰っていいからね、と言った杏里ちゃんは俺をテーブルの前に座らせてテレビをつけ、買ってきたお酒と手作りらしいちょっとした料理を並べ始めた。さらに俺の隣に隙間一センチの距離で座った。
はいもうこれ帰らせる気ゼロでしょ。杏里ちゃんは何も言わなかったけど意図を汲み取って居座ってあげた。決して俺の意思じゃない。
杏里ちゃんの作った料理を食べている間に、全部飲むわけじゃないと言った杏里ちゃんは既に五本を空けていた。驚くべき早さだ。
前に酔わせ過ぎて俺の童貞がひどいことになったのを思い出して、もう飲まない方がいいと一応止めた。
けど杏里ちゃんが「一口だけ…だめ?」と言うので一口だけならと許した。一口だけならしょうがない。決してこれ以上酔わせたかった訳じゃない。だって俺止めたし。
そしたらいつの間にか全部飲んでた。

「えへへ…いちまつくん」

当然、杏里ちゃんはすっかり出来上がってしまった。
そして現在杏里ちゃんはあぐらをかいている俺の足の上に、横抱きをされているような格好で座り俺の首筋に頭を擦りつけている。
整理終了。

こうなったのは誰のせいかなんて犯人探しをしてる場合じゃない。俺のせいかもしれないがどうでもいい。
いつこうなったのか記憶がないが、この体勢のまま結構な時間が過ぎた。垂れ流しのテレビの内容なんて全く頭に入ってこない。
普段手を繋ぐのも恥ずかしがる杏里ちゃんがこんなことするなんて確実に明日記憶飛んでるパターン。アルコールありがとう。でもちょっとやりすぎです。
杏里ちゃんが俺の足の上にしっかり腰を下ろしているので立つに立てない。色々な意味で。
もしかしてこれがしたいから酒の力借りたとか…いや自分の都合のいいように考えるのはよそう。
杏里ちゃんが泥酔してる以上、今の状態は杏里ちゃんにとって不本意なものだと言える。だから俺は手を出すべきじゃない。
両手はさっきから二人分の体重を支えるために後ろについたままだ。そう。それでいい。いくら杏里ちゃんがこんな状態だからって。決して俺が童貞だからとかそんなのは関係な

「ひっ」

急に喉を撫でられて声にならない叫び声が出た。
ふわふわした果実酒の香りを纏った杏里ちゃんが、指先で俺の喉を撫でている。

「な……な…なに…」
「ふふふ、いちまつくんののどぼとけだー」
「ぐぅっ」

両腕が色んなものを堪えようとしてめしりと音を立てた。多分筋肉ぶち切れた気がする。
杏里ちゃんが重しになってくれていて良かった。そうじゃなきゃ全裸で爆発しているところだった。いやもう何回か体内で爆発してるけど。

「…喉仏、が、何」
「さわってみたかったの」
「な…何で」
「んー、なんでかなぁ」
「何となくかよ」
「いっつもね、いちまつくんの全部さわりたいんだよ」

物心ついてから今に至るまでの何てことないクズへの転落人生が次々と浮かんでくるんだけど何だろう俺死ぬの?
杏里ちゃんは全然気付いてないみたいだけど常日頃から杏里ちゃんに触りたくてしょうがないのに全く手を出せなくて死にそうな男がいるんですよね今ここに。
つか今これ不本意な状況じゃねーってことかよ!!!
あかん…あかんでこれは…
杏里ちゃんは鼻歌を歌い出した。そんな呑気な状況じゃねぇ。生きるか死ぬかの戦場だ。何の生死かって俺の童貞だけど。
いやでもやっぱ一回冷静になった方がいい。何より杏里ちゃんが冷静じゃない。
何が何でもこの場を離れよう。てか帰ろう。せっかくのチャンスとかそんなの知らない。もっとこう…杏里ちゃんが正気の時に…とにかく今じゃない。

「……あの…杏里ちゃん……い、一回どいてくれる…?」
「なんで?」
「あー…そう、水飲みたいから、台所に…」
「はーい」

あっさりどいてくれた。もっと渋ってくれても良かっ…いやこれでいい。そう。問題ない。
テーブルの前でふにゃふにゃしたまま座り込む杏里ちゃんの前に一滴もお酒は残ってないことを確認して、キッチンに出た。
杏里ちゃんの姿が見えないように座り込んで水を飲む。
とりあえず落ち着こう。何か精神的に萎えること考えよう。
あ…そうだレンタル彼女やってたチビ太とイヤミとダヨーン…
ただただえげつない女装だった。三日絶食しても余裕で吐けるレベル。あれでビジネスとして通用すると思ってたあいつらの精神状態もえげつない。
ああこうしよう。今俺が二人きりになってるのはあの女装したダヨーンだと思おう。ダヨーンの体内で見たダヨーン族の中ではまだマシな方っぽかったあの子ではなく、ガチのダヨーンの女装。
俺の足の上に座ってきたのも喉仏触ってきたのも全部ダヨーンだ。
俺の首筋を撫でたのは柔らかい髪なんかじゃなくダヨーンの髭だ。
今俺はダヨーンの部屋でダヨーンと二人きりでダヨーンを…おい飲んでもねぇのに気分悪くなってきたぞ
でもここまで悪夢を膨らませたおかげでだいぶ萎えた。冷静になってきた。
いいぞ。このテンションのまま帰ろう。外に出ればもっと頭が冷えるだろう。
部屋に戻ってテーブルの前に座っている人影を視界に入れないようにしながら適当に片付けた。ついでに水も入れてきて目の前に置いてやった。
そしてまた部屋を出ようとした。

「あの、俺帰るから…」

足早に玄関に向かうがその時に気付いた。
あの泥酔状態で鍵かけれるか?
いやでもダヨーンだし。今後ろにいんのダヨーンだし。
一瞬ためらって足を止めた隙に背後から声がかかる。

「え…ま、まって……あ」

少し高い声がしたと同時に、壁にぶつかったようなドンという音がした。
もう限界。
すぐさま部屋に戻った。

「だ…大丈夫?」

杏里ちゃんが半分壁にもたれてしゃがみこんでいる。

「杏里ちゃん?」
「…うー」
「ど、どっか打った?」
「んん…」

座り込んだ俺の服をさりげなく掴んで、杏里ちゃんがゆっくり倒れこんできた。
俺の胸元に着地した杏里ちゃんの頭がゆるゆると上を向く。

「いかないで…」

ッア゛ーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!
えげつないぐらい可愛い死ぬ誰だよ杏里ちゃんをダヨーンに例えた奴頭おかしいんじゃねぇの死ねよどっちにしろ死ぬ
脳は感電死したのでもう何も考えられない。何も考えてないはずなのに手が全く動かない。やっぱ童貞ってこの世で一番の悪だわ。

「い…行かないから…大丈夫」
「でもかえるって」
「あー、いや、それは」
「…かえっちゃやだ…」

兄弟よ、俺は今日卒業します。

「…何帰っちゃやだって泊まってけってこと…?でででも俺床で寝るとか絶対嫌だからね泊まるんだったら杏里ちゃんと一緒にベッドで寝てやるからねいいの?」
「うん!」
「うんじゃねぇんだよクソがァァァァ…!!!」

いくら俺が童貞で非リア充でもさすがにこのぐらいのフラグは分かる。
しかし童貞で非リア充故にこの先どうしたらいいかが分からない。
でもこれ一緒に寝ていいってことでしょ?
そうでしょ!?
そうだよね!?!?
別に問題はない。だって…だって俺杏里ちゃんの彼氏だし…彼氏ですし!!

「杏里ちゃん、たっ…立てる…?」
「すやすや」
「すやすやじゃねぇ襲うぞボケが」
「いちまつくんこわい…」
「ごめんね何か振り切っちゃった嘘だよごめんね」

自分からは杏里ちゃんになるべく触れないで立たせるという至難の技を成功させ、何とかベッドに座らせることができた。
杏里ちゃんの前に立ったままため息をつく。
こっからだ。こっから何すりゃいい?
ちょっと待った杏里ちゃんと距離取ろう。ふらふらしてる杏里ちゃんの頭が俺の腹に沈みそうだ。別に本望ですけどね。逆に俺がなんか孕みそうだから。逆にって何だ童貞ほんと死んでほしい。
とりあえず、ね…寝かせる…?

「杏里ちゃん」
「なあにー」
「……ほんとに一緒に寝てもいいの」
「いいよー」
「………」
「いちまつくん」
「何」
「なんでもないの」

杏里ちゃんの隣に座った。
肩に杏里ちゃんの頭の重みを感じる。
俺も飲めば良かった。そしたらもっと判断力が鈍ってどうにでもできた気がする。
テレビの音だけがまだ俺を理性的な方に傾けてくれてる。下らないバラエティーやってくれててほんとありがとうございます。
一旦目を閉じた。全身の力を目に集結させた。夢だったらもうここら辺で覚めてほしい。哀れなクズが夢で動揺しちゃって馬鹿みたいですね。ほら誰か言えよ。俺に言ってくださいよ。ねえ。
勢いよく目を開けた。現実は現実だった。バラエティーもまだやってるし隣の杏里ちゃんも本物。
あ〜〜〜〜何か暑いな〜〜〜〜〜脱ごっかな〜〜〜〜〜
暑いから脱ぐわけであって別に何も他のことなんか考えてない。ほんとに。ただの体温調節。
あもしかして杏里ちゃんも暑がってたりしない?俺が暑いんだから杏里ちゃんも暑いはずだよね脱ぐよね?杏里ちゃんは酔ってて自分で脱いだりできないから俺が代わりにやってあげますよっていうそれだけ。ただそれだけ。
嘘だよもうそれだけじゃねぇよごめん杏里ちゃんさっきの「嘘だよ」ってのが嘘だった。
杏里ちゃんに変に思われないように息を大きく吸って吐く。
大丈夫。だって俺杏里ちゃんの彼氏だし。杏里ちゃんもほんとに嫌なら夜に俺のこと部屋に上げたりなんかしねぇだろ。
でも杏里ちゃん酔ってんだよ。
そこなんだよ。酔って前後不覚になってるのをいいことにやられたとか思われて嫌われたらどうすんの。そんなの嫌だし。たった一夜の過ちで永遠に嫌われるとかほんと生きていく意味がなくなる………

ちょっと待った。
ていうか俺ゴム持ってない。

マジかよ話になんねぇじゃん…!
杏里ちゃんが持ってるわけないですよね絶対持ってないね。杏里ちゃんはそんな子じゃない。
じゃああれですか。
買いに行きますか。
もちろん別に買ったからと言ってこの後の行為が決定したわけじゃない。けどほらやっぱないよりはある方がなんかあれだろだからそう一刻も早く手に入れよう。
どこに売ってんの?コンビニ?コンビニ行こう。決定。行きます。

「杏里ちゃん、俺ちょっとコンビニに、」

杏里ちゃんを見た。

「行って…」

寝てる。

「くる…」

寝てる。

「とか…」

杏里ちゃんガチで寝てる。

「言いたかっただけですから…」

………………。

良かった。
いや逆に良かった。だって最初はしない方向で考えてたわけですから。初彼女だし大事にしたいし。ちょっと酔い潰れてクソ可愛かったからって軽く済ませるもんじゃないでしょ。
というか相手が合意してないのに手出すとか強姦みたいなもんだからね。そんなの獣以下の行為だから。
しかも見てこの最上級にクソ可愛い寝顔。こんな穏やかに寝てる子を起こしてまで己の欲を先行させるとかそんな鬼畜なことできる奴いんの?
少なくとも俺は無理。童貞だからとかじゃない。そんなの関係ないよね。これ人としての倫理の問題。
杏里ちゃんの体をゆっくりベッドの上に横たえてあげた。
そして杏里ちゃんが寝ているのを朝まで見守った。
朝日が充血した目に染みて泣いた。


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