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今日は春香に誘われて、写真サークルのバーベキューに来た。
天気もいいし風も気持ちよくて、バーベキュー会場の河川敷はにぎやかだ。
他の人に交じって調理を手伝ったあと、坂の中腹の、芝の上に座ってご飯を食べ始める。サークルの人たちが河原で遊んでいるのが一望できて、いい場所だ。

「杏里、食べてる?」
「あ、春香。さっきこんなによそってもらったよ。いいのかな、私サークルメンバーじゃないのに…」
「いーの、食べて食べて。後輩が肉買いすぎてさー」
「ふふ、いいお肉食べれてラッキーだった」
「良かった!あたしもどんどん食べないと。なかなか減らなくて」

春香も隣に座った。
暑すぎず寒すぎない、初夏の風がそよそよ吹いてきた。
お肉や野菜の焼けるいい香りと、野原の爽やかな草の匂い。
のどかだなぁ…

「ほんといい天気だね」
「ねー!河川敷でバーベキュー、今の時期が一番いいよねー」
「みんな川に入れて楽しそうだしね」
「ここらへんは浅くて、向こう岸まで歩いて渡れるみたいだよ。あたしたちもあとでちょっとだけ入ってみない?」
「うん、行く行く!」

気持ち良さそう。
水面はきらきらしていて、水を跳ねさせながらはしゃいでいる人たちを見ていると、すごく青春してるって感じがする。
バイトがしたいからってサークルには入らなかったけど、こういうのなんかいいなぁ。
お肉を食べながらみんなを眺めていたら、春香が「ん?」と声を上げる。

「ね、杏里。向こう岸、何だろあれ?」
「え?」

水遊びをするみんなから目を離して、川の向こう側を見てみる。
砂利の敷かれた河原で、一人の男の人が白い服をまとった人たちに囲まれていた。
その白い服は戦隊ヒーローのスーツのような変わった見た目で、白いマントもついている。
何かのイベントでもやってるのかな?
……ん?でも、あの人……

「チョロ松くんっぽい…?」

囲まれている男の人のほうには、なんとなく見覚えがあった。
顔ははっきり見えないけど、緑のチェックのシャツとチノパン。チョロ松くんがよく着ている服だ。
どこかに行った帰りなのか、リュックのほかに紙袋を持っている。
何かを白い人たちに向かって言ってるみたいだけど…あの感じ、チョロ松くんがツッコミしてる時に似てるし。

「チョロ松くん?六つ子の?」
「うん、似てる気がする」
「絡まれてるのかな?」
「…カツアゲ、とかだったらどうしよう…!」
「だったらやばいね…ん、でもそんな感じなくない?ほら、無視して行こうとしてる」
「あ、ほんとだね…引き止められたけど、ちょっと迷惑そう」
「知り合いなのかな?あの人たちと」
「だったらいいんだけど…」

チョロ松くんはめんどくさそうに腕を組んで、白い人が何かを説明しているのを聞いていた。
もし変な勧誘とかだったら助けに行かなきゃ。
すると、白い人たちが集まって、みんなで何かの決めポーズをした。五人いるし、本当に戦隊ヒーローみたい。
それをチョロ松くんはまた無視して通りすぎようとしていた。五人が必死に引き止めている。

「あははっ」

思わず笑ってしまった。コントを見てるみたい。

「なんか心配なさそうだね」
「ね、良かった」

安心してご飯を食べるのに戻る。
川で遊ぶサークルの人たちがひときわ大きい歓声を上げて、続いて和やかな笑い声が河川敷に流れた。

「川の中、けっこう滑りやすいみたいだね。今一人滑りそうになってた」
「着替えなんて持ってないし、気をつけないとね」

私、すぐ転んじゃいそうだな…
服が乾くのにも時間がかかりそう。

「あ、見てあれ。何かやってる」

春香が指さす方を見ると、向こう岸の白い人たちが水際に並んで何かを川へ投げていた。

「あれ、水切りだっけ」
「そうそう!うまく跳ねさせるの難しいんだよね」
「昔の遊びをやってるサークルかな?」
「いやーコスプレサークルじゃない?」
「あんな戦隊ヒーローがいるの?」
「あたしも知らないけど。オリジナルだったらすごいよねー」

白い人たちは河原の小石を次々と拾い、こっち側の岸へ向かって水切りをしている。投げる時に何か叫ぶ声も聞こえてきた。
そのうち、白い人たちの中の一人がチョロ松くんに石を渡し、川を指さした。チョロ松くんにもやれって言ってるみたい。
でもチョロ松くんはそれには答えずに、石を地面に捨てていた。白い人がわめいている。
面白くて、また思わず吹き出してしまった。何だか兄弟といる時のチョロ松くんみたい。

「杏里、あたしおかわりもらってくるね。杏里は?」
「私まだ残ってるから、これ食べたらもらおうかな」
「オッケー。じゃちょっと行ってくるー」
「行ってらっしゃーい」

バーベキューコンロへ向かっていった春香は、焼き担当の、仲がいいという男の子の背中をこづいて、お肉を多めによそってもらっていた。
焼くばかりでまだあまり食べていなかったのか、春香はその子に自分のお箸でお肉を食べさせてあげている。
見てると、ほんとにお肉はいっぱい余ってるみたい。サークルのほとんどの人たちが食べるのをやめて遊んでるのは、きっと運動してお腹空かせるためなんだろうな…
私も頑張って食べなきゃ…!そのために呼ばれたんだし!
気合いを入れてお肉を食べていると、向こう岸に異変が起きていたのに気づいた。
白い人の一人が河原の上で仰向けに倒れ、その周りで他の白い人たちが泣いている。
ちょっと目を離した間に何があったの…!?
チョロ松くんは泣かずに普通に見下ろしているので、たぶん緊急事態ではないんだろうけど…

「ねー杏里、マジでお肉減らなーい、やばーい」

春香がお皿に山盛りのお肉を乗せて帰ってきた。

「あはは、すごいいっぱい」
「これでも残ってるのに比べたら全然だよー助けてー」
「よし、私ももらってこようかな。…あ、そうだ!」

立ち上がった瞬間、いいことを思いついた。

「チョロ松くんまだあそこにいるから、食べるの手伝ってもらうのはどうかな?」
「あ!それいい〜!めっちゃ助かる!」
「私呼びに行ってくるよ!」

春香に食器を預けておいて、水際で靴と靴下を脱いではだしになる。
今日は天気がいいからって、ショートパンツで来て正解だった。川に入る時に裾をまくらなくていいもんね。
慎重に水の中に入っていく。ちょっと冷たいけど、向こうまで川を渡るのに問題はなさそう。一番深いところでも足首が浸るぐらいだったから、楽に歩いていけた。
向こう岸の近くまで来ると、倒れた一人を中心にして白い人たちが顔を寄せて何かを話し合っているのと、それを見るチョロ松くんの呆れ顔がはっきり見える。
良かった、やっぱりチョロ松くんだった。

「チョロ松くん!」

河原に上がって名前を呼ぶと、チョロ松くんだけじゃなく、輪になっていた白い人たちもこっちを向いた。

「あ…あれ!?杏里ちゃん!」

チョロ松くんが私のところまで来てくれた。

「どうしてここに?」
「向こう岸でバーベキューやっててね、私は誘ってもらったの」
「ああ、あれ杏里ちゃんがいたんだ…」

ちらりとチョロ松くんが白い人たちの方を見る。

「あのね、チョロ松くん今時間ある?」
「うん、全然暇だけど…」
「バーベキュー用のお肉がいっぱい余ってて、食べても減らなくてみんな困ってるんだ。チョロ松くん、良かったら食べに来ない?」
「え、い、いいの?」
「うん!来てくれると助かる!」
「そ、そう?なら…」
「ちょっと待つんだ少年!」

白い人の一人が、私たちの間に入ってきた。

「君は忘れてしまったのか…!?たった今まで君は、我々と同じようにあのリア充たちに呪いの言葉を吐いていたというのに!」
「いや吐いてねーよ!一緒にすんな!」
「…あれ?」

この白い人の声、どこかで聞いたことあると思ったら。

「おそ松くん?」

名前を呼ぶと、白い人はぎくりと体を固まらせた。

「…どっ…どなたかと勘違い、してませんか?」
「急に丁寧になったな」
「フッフッフ…私は自撮りの背後に全裸で写りこむ!新品のおそ松!」
「言ってんじゃねーか名前」
「やっぱりおそ松くんだ!」
「ハッ!?な、なぜバレた…っ!?」
「いや言ったからねお前。同じツッコミさせないで」

そっか、顔に大きく『お』って字があって何だろうと思ってたけど…おそ松くんの『お』だ。
あっ!てことは。
残りの白い人たちを見る。顔にはそれぞれ、名前の最初の一文字がかかれていた。

「そっかー!みんなだったんだね!チョロ松くんはあっちから見ててわかったんだけど、他は誰だろう?って思ってたんだよ」
「わからない方がこいつらの名誉のために良かったかもしれないよ、杏里ちゃん」
「そう?でもみんなと会えて嬉しいよ!」

一松くんもいるし!
きっとあの『一』ってかいてる人が一松くんだ。

「良かったらみんなで来ない?お肉、ほんとにいっぱい残ってて…」
「ほんとに〜?行く行く〜!」

『ト』の人がこっちに来た。これはトド松くんだ。

「お…おい、新品のトド松!」
「ねーもういいじゃん、せっかく誘ってくれてんだよ?みんなで行こうよ〜」
「何を寝ぼけたことを…!新品の十四松を見ろ!リア充の『あーん』にやられてあのザマだぞ!」

『カ』のカラ松くんが唯一倒れたままの白い人を指す。あれ、十四松くんだったんだ…

「近くに行ったら、もっと恐ろしいことになる…」
「恐怖の即興一発芸大会があったら…?」
「タトゥーを見せつけられて昔のヤンチャしてた系武勇伝を聞かせられたら…!」
「ぐうっ…!考えただけでダメージが…っ!!」
「そ、そんなことしないよ…ご飯食べてるだけだよ」

おそ松くんたちの間で、大学生ってどんなイメージなんだろう…

「そんなの普通のバーベキューでするわけないでしょ、ねー杏里ちゃん」
「うん、大丈夫。春香もいるよ」
「えっほんとに〜?あ、ほんとだこっち来た〜!」

ベリ、と顔の布をはぎ取って素顔を出したトド松くんは、「春香ちゃーん」と手を振った。
振り向くと、はだしになった春香がぱしゃぱしゃとこっちに近づいてきていた。

「えっトド松くん!?あはは何その服、めっちゃおもしろいんだけど!」
「へへ、でしょ〜?」
「みんな久しぶりー。文化祭以来だよね?」

春香とみんなで会話が弾みだしたので、私は十四松くんの側から離れない一松くんの元に行った。

「ね、一松くんもお肉食べに来ない?」
「………」

ふい、とそっぽを向かれてしまった。
…え、私、何かしたかな…

「……バーベキュー、行ってたんだ」
「え、うん…春香に誘われて…」
「……ふーん……」

一松くんはのそのそとその場を離れ始めた。

「俺はいいよ…どうぞ楽しんで」
「えっ、一松くん…」

どうしよう。何か怒ってる?
思い当たらなくておろおろしていると、足元から小声で「杏里ちゃん」と呼ぶ声がした。
十四松くんが口に手を当ててこそこそ喋っている。

「一松にーさん、杏里ちゃんに今日電話したんだけど、繋がらなくて落ちこんでたの」
「え…!」

ポケットに入れていたスマホを見ると、たしかに一松くんから何度か電話が来ていた。
私がバーベキューの準備を手伝っていた時間だ。気づかなかったんだ。

「一松くんごめんね!私、気づかなくて…」
「いいよ…俺といるよりバーベキューの方が楽しいもんね」
「あ、違うよ、そんなこと…」

思ってない、と言う前に、一松くんは歩いていってしまう。
その背中が、付き合う前に一度拒絶されてしまった、あの時と重なってしまって。
引き止める言葉が出てこなかった。
追いかけられなかった。

「杏里ー、みんな行くってー!先行ってるねー!」
「あ…わかった」

春香はおそ松くんたちの説得に成功したみたい。一松くんと十四松くん以外の四人は春香と一緒に川を渡っていた。
白いマントの背中は、川とは反対の坂を上りかけている。

「………」
「杏里ちゃん…」
「あ…十四松くん、お肉食べに行く?」

無理やり笑顔を作って振り返る。

「…いいの?一松にーさん」
「……」

本当は良くはないけれど、また一松くんに冷たくされてしまったらと思うと、今は直接話す勇気が出ない。

「ぼく連れ戻して来ようか?」
「…ううん、あとで私からちゃんと謝る」
「一松にーさん、すねてるだけだよ。本気で怒ったりしてないと思う」
「そっか。……十四松くん、何で裸なの?」
「え、今?」

春香たちの後をかなり遅れて、十四松くんと二人で川に入る。
一松くんが気がかりで、何度も後ろを振り返りたくなった。その勇気が出なかったのは、一松くんがこっちを見てくれてないのがわかると心が折れそうになるから。
今すぐ一松くんを追いかけるべきなのかもしれない。でも、それで余計に嫌がられたら…
ううん、逆に、今ちゃんと話をしなかったばっかりに、これで終わりになっちゃったら。
せっかく両想いになれたと思ったのに、こんな終わり方なんてきっと後悔する。
川を半分ほど渡ったところで、私は心を決めた。

「…十四松くん、やっぱり私、一松くん追いかけてくるね」

私の前を歩いていた十四松くんにそう言って、方向転換する。

「先に行ってて!」
「うん、わかっ…あ、杏里ちゃん!」
「きゃ…っ!?」

十四松くんが返事をしてくれたのと同時に、足を滑らせてしまった。
ばしゃん、と派手な音を立てて水の中にお尻をついてしまう。
思いきり川底についた両腕が水を跳ね上げて、上半身もびしょぬれになってしまった。

「…ううう…」
「杏里ちゃんだいじょーぶ!?」
「だ、大丈夫…」

は、恥ずかしい…!転びそうって思ってたけど、ほんとに転ぶなんて…!
慌ててポケットから出したスマホをつけてみると、一松くんからの着信履歴が表示される。
壊れてなくてほっとした反面、さっきの一松くんの態度を思いだしてしまって。

「……」

一松くんにそっけなくされたり、川で滑ったり、自分が情けなくなってきて目が潤んでくる。
ショックで起き上がれずにいると、前からばしゃばしゃと水音が近づいてきた。うなだれていた顔を上げる。
坂を上がっていたはずの一松くんが、私の方に向かってきてくれていた。

「杏里ちゃん!」
「…一松くん」
「大丈夫?」

一松くんが手を差しのべてくれる。
戻ってきてくれたのが嬉しくて、すぐにその手を取って立ち上がった。

「ありがとう、一松くん」
「…これ」

首の結び目をほどいて、白い大きなマントを私にかけてくれる。
濡れて服が透けてしまっていた私の体を隠すのにちょうどいい大きさだった。

「ありがとう。でも、これも濡れちゃう…」
「いいよこんなの。…杏里ちゃんの方が、大事、だし」
「…!」

その言葉で、さっきまでちくちく痛んでいた胸が一気に軽くなって、じんわりと温かくなってくる。

「わ、私も、一松くんが大事。…電話、気づかなくてごめんね」
「……大した用じゃなかったから」
「ううん。後で何の話だったか聞かせて」
「…うん」
「あの…まだ一緒にいてくれる?」
「…杏里ちゃんの服が乾くまでなら」
「照れ隠しだよ」

十四松くんがこっそり耳元で教えてくれた。

「うん!それまで一緒にご飯食べよう」
「にーく!にーく!」

楽しそうにみんなのいる方へ向かう十四松くんの後を、一松くんと二人で歩いた。



余りに余っていたお肉は六人の登場でほぼ片付いていった。
サークルの人たちと盛り上がるみんなからは少し離れて、私は一松くんと河原の石に腰かけている。
お肉を食べている一松くん、おいしそうで幸せそう。

「うま…さすが大学生様のサークルの肉」
「ふふ、おいしいよねー。そういえばこれ、何の服なの?」
「え?…ウェイ系撲滅戦隊…何だっけ」
「ウェイ系…?」
「さっき名乗ってた名前と違ってない?はいこれ、烏龍茶だって」

チョロ松くんがお茶を二つ持ってきてくれた。

「ありがとう、チョロ松くん」
「こちらこそありがとう。久しぶりに肉なんか食べれたよ」
「あはは、良かった」
「一松も化け物にならずに済んだみたいだしね」
「化け物…?」
「ああいや、こっちの話…それより一松、さっきのあれ、杏里ちゃんに言ったの?」
「いや、まだ…」

一松くんがポケットから一枚のチラシを出した。

「駅前のデパートで、猫の写真展やってて……よ、良かったら、一緒に…」
「わ、行きたい!電話してくれてたのってこれ?」

一松くんが頷く。
チラシを見ると、『21:00まで』と書いてあった。今から行っても間に合いそう。

「今日これから行ってみる?」
「え、いいの?バーベキューが…」
「私、サークルメンバーじゃないし、ご飯要員で呼ばれただけだから。お肉は一松くんたちが食べてくれたから、先に抜けさせてもらえると思うよ」
「…そうなの?…他の人たちと交流とか、しなくていいの」
「うん。春香がいるから来たけど…実はあんまりこういう場は得意じゃなくて」

えへへ、と笑ってみせると、チョロ松くんがなぜか冷ややかな目で一松くんを見下ろした。
一松くんがもくもくと噛んでいたお肉をごくんと飲みこむ。

「…わかる。俺も苦手なんだよねぇ」
「お前が一番矛盾してんじゃねーか!!!」

チョロ松くんの叫びが河川敷に響いた。


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