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AV事変


僕たちは、あの忌まわしい出来事を後にこう名付けた。
AV事変、と。



そもそもの始まりは、杏里ちゃんが家に遊びに来たことだった。
一松兄さんが新しい野良猫を家に連れ込んだのでそれを見に来たのだ。前から約束してたらしい。
普通なら同じ家同じ部屋にリア充カップルがいるなんて粛清するとこだ。
けど相手は杏里ちゃんだし、杏里ちゃんは僕らのことも無下にしないって分かってるので全員快く受け入れた。
ソファーの一角で猫を撫でている杏里ちゃんと、それを穴が開くぐらい見つめている一松兄さん。
そして、杏里ちゃんが持ってきてくれたお菓子を無心に頬張る僕たち。兄弟で何なんだこの格差は。
猫を存分に愛で終えた杏里ちゃんが、僕らに気を遣ってか「いつもみんなで何して遊んでるの?」と聞いてくれた。

「うーん、みんなで遊ぶっていったら麻雀とか?」
「競馬じゃないか?」
「パチンコ!」
「居酒屋じゃね?」
「居酒屋って遊びじゃねぇだろ」
「はいおそ松兄さんお手付き〜」
「えー!これそういう遊び!?」
「…まあこんな感じでだらだら過ごしてるよ」

一松兄さんがまとめた。

「そうなんだ。せっかくみんな揃ってるから何かしたいなって思ったんだけど…麻雀は私分かんないからなぁ」

杏里ちゃんがそう言ってくれたので、男共は考えた。

「トランプ!トランプは?」
「あ、それなら分かるよ!」
「よしトランプやろーぜ!どこ行ったっけ」
「おそ松兄さん、イカサマはなしだからね」
「わぁってるよ…あ、あった」
「で、何やる?杏里ちゃんは何か知ってるのはある?」
「えーと、大富豪とかババ抜きなら」
「んじゃババ抜きな!何か罰ゲーム決める?」
「えー…いいよそんなの。杏里ちゃんだっているんだしさぁ」
「決めた方がスリルあって面白ぇじゃん」
「私は大丈夫だよ。何にする?」
「最下位の奴は裸で町内一周」
「お前バカだろ!杏里ちゃんにもそれさせんのかよ!」
「じゃあおそ松兄さんの罰ゲームはそれね」
「だね!」
「えっちょっ待ってよ」
「それは流石に兄貴がかわいそうじゃないか?」
「カラ松…!」
「心配するな、もしお前が最下位になったら俺のタンクトップぐらいは貸してやる…」
「カラ松…!?」
「はいじゃあそれで決まり。カード配るよ」
「えー!?俺だけ!?嘘だろ!?」

この間杏里ちゃんはずっと笑ってた。
女の子の笑い声があるっていいよね。いつものクソ下らない会話が華やいでる。
カードが配り終えられて手持ちの札を見る。七人いるから数は少ないけど、なかなかシビアかもな…
さて、誰がババだ?
兄さんたちのやり口は大体把握してるつもりだけど、杏里ちゃんがどう出てくるかは分からない。
でも杏里ちゃんのことだから、勝ちとかは考えず普通に楽しんでそうだな。
いつもと同じく腹の読み合いをする負けず嫌いの僕らをよそに、杏里ちゃんは早々と一抜けた。無欲な人が勝つってジンクスは本当なのかもしれないな。

「やったー!」
「良かったね杏里ちゃん」

殺伐とした場が一瞬和んだ。
そこからの試合経過はどうでもいいので割愛するけど、結果的におそ松兄さんがビリになった。罰ゲームを言い出した人が負けるというジンクスも実現されたわけだ。
案の定罰ゲームをやりたくないおそ松兄さんがチョロ松兄さんに言いがかりをつけ、飛び火が僕に来たのでカラ松兄さんになすりつけたら一松兄さんが加勢した。
そして十四松兄さんが意味もなく投げた野球ボールが僕たちを巡りめぐって…
座っている杏里ちゃんの後ろにある棚に激突した。

「っわ…!」

布カーテンで仕切られた棚から、杏里ちゃんを目がけてバサバサと何かが落ちてきた。

「あ、杏里ちゃんごめん…!」
「大丈夫!?」
「うん、大丈夫。何か落ちてきちゃったね、片付け…」

その『何か』を手に取った杏里ちゃんが石になったように固まった。

「え…杏里ちゃん、どうしたの?」

杏里ちゃんに一番近いところにいたチョロ松兄さんが「何か」を見た瞬間、

「ぉわああぁぁぁっっせぇやっ!!!!」

叫び声を上げながら勢いよく取り上げた。
それを見た僕も慌ててフォローにまわる。

「杏里ちゃん!忘れよう!一旦頭を無にしよう!ね!!」

しかし杏里ちゃんは無反応だった。
無理もない。
チョロ松兄さんが取り上げたのは、どこからどう見てもAVだった。
パッケージにはでかでかと『もしも妹がサンタだったら』とタイトルが書かれ、際どいサンタの格好をした女性がしなを作っている。
いくら僕たちがクズと言えど、杏里ちゃんにこんなものを見せて平然としていられるのはおそ松兄さんぐらいだ。

「あーあ、ごめんねぇ杏里ちゃん、誰かがこんなとこに置いといたせいで…つか散らばってんの全部AVじゃん。あ、見たかったやつ見っけ」

この人プライドだけじゃなくて羞恥心もないの?

「冷静に観察してんじゃねーよ!さっさと片付けんぞ!」

杏里ちゃんはAVを手に取った時の姿勢のまま放心状態だった。
多分こういうの見るの初めてなんだろうな…かわいそうなことしちゃったな。
杏里ちゃんの背に手をかけて側に座る。

「杏里ちゃん本当ごめんね、忘れてって言われてもすぐには忘れられないだろうけど…」
「……ううん…あ……ごめんね私こそ……」

やっとの思いで言葉を絞り出している杏里ちゃんの横で、一番どうしていいか分からなかったのは一松兄さんだったと思う。冷や汗をだらだら流しながら何も言えず挙動不審になっていた。
そんな一松兄さんがやっと平常心を取り戻して猫を呼び寄せようとした時、チョロ松兄さんが取り上げたAVを見た十四松兄さんが、更なる爆弾を落とした。

「あれ?これ一松兄さんのだ」

部屋に静寂が訪れた。

「はぁっ!?はぁっ!?はぁぁぁぁっ!?!?ざけんじゃねぇブチ殺すぞ十四松ゥゥゥゥ!!!!」

こんな大声出す一松兄さんを見たの初めてだ。家が震えた。
でも十四松兄さんは動じてなかった。すごいな…

「え、だってこれ一松兄さんが…」
「ちっげぇよ!!これてめぇのだろうが!!」
「うん、そうなんだけど、でもこれくれたの一松兄さんだよ」
「はぁぁぁぁっ!?」

一松兄さんの自我が崩壊しかけている。
そこにおそ松兄さんが入ってきた。

「ああもしかしてクリスマスの時にプレゼント交換したやつ?」
「うん」
「おい、今そんなこといいだろ!杏里ちゃんの気持ち考えろって!」
「でもさぁ、彼氏の好み知っとくのって重要じゃない?」

その言葉に杏里ちゃんがぴくりと反応した。

「べっ…別に好みで買ったんじゃねぇし適当にお前らの好きそうなの選んだだけだって…!」
「え〜?ほんとにぃ〜?」
「こういう時ってさ、とりあえず自分の好きなの買っとくもんだろ?どうせみんなでシェアすんだから」
「だからお前ら場所考えろよ!杏里ちゃんいんだって!」
「あー…杏里ちゃん、とりあえず聞かないでやってくれ…」

紳士的なカラ松兄さんが杏里ちゃんの耳をふさいだが遅すぎる。
杏里ちゃんが「妹…」と呟いたのはそんな時だった。
また部屋の中が静まり返った。

「…ち……違……ちがう……」

一松兄さんが崩れ落ちて、這いながら杏里ちゃんの前に行った。まるで神に許しを乞うように。

「ちが………ちがう、からぁ………」

泣いてた。めっちゃ面白い。

「い…妹とか、全然、関係ないし……杏里ちゃんだけだし……っ」
「……一松くん」

杏里ちゃんが正気を取り戻した。良かった。

「…ありがとう、一松くん」
「……うん」

一松兄さんがぐすぐす言いながら何度も頷いた。
それで二人はなんか和んだみたいだった。良かった。

「あ……でもね、私…あ、あんなに…胸、ないから……あの…ごめんね」

でも杏里ちゃんは、僕たちが思っていたより深刻に受け止めていたようだ。ちょっと泣きそうになっている。
一松兄さんはしばらく思考停止していたみたいだけど、不意に立ち上がってチョロ松兄さんの手からAVを奪い取った。
そして、中の円盤をバキリと折った。

「「あ゛ぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!!」」

おそ松兄さんと十四松兄さんが絶叫した。

「にーさぁん!!それまだ二回しか見てないのにぃ!!」
「俺もまだ五回ぐらいしか見てないのに!!」

一松兄さんは二人の声を無視して床に散らばるAVをかき集め始めた。
まさか……

「おい…おいやめろよ一松…!」
「分かった、俺たちが悪かったって!」
「ブラザー…一旦冷静になろうか、ん?」
「兄さん…!」
「やめて一松兄さん…!」

少しも反応を見せない一松兄さんが、AVの山を抱える。

「おい一松…!」
「ふざけんなよやるならお前のだけでいいだろうが!」

おそ松兄さんの声に振り返った一松兄さんは、無表情なのに目が完全に闇に浸かっていた。
言い知れぬ威圧感に支配された場が静まり返る。

「…杏里ちゃんを苦しめる物はこの世にいらない…」

ぼそりと一言だけを残して、一松兄さんは屋根上に向かった。
一瞬遅れた兄さんたちが我に返って後を追いかけていく。

「ああああ!一松!一松待って!」
「もう絶対杏里ちゃんに見せないから!」
「せめて、せめてあの一枚だけは助けてやってくれ!」
「にいさぁぁぁん!!」

屋根上でどたばたと忙しない音がしたかと思えば、バラバラと空から円盤が大量に降ってくるのが窓から見えた。

「うわぁ…」

AV嬢に謝れとか俺の智子を返せとか聞こえてきた。大変なことになっているらしい。
あーあ、ゴミの不法投棄とかに当たらないのかな、あれ…
ていうか近所迷惑だよもう。ほんと恥ずかしい奴らだな。
まあ恥をかくのは兄さんたちだけだからいいとして、僕は呆然としている杏里ちゃんのフォローをしないと。

「なんかごめんね、変なところ見せちゃって…でも一松兄さん、杏里ちゃんのこと大事にしたいみたいだから」
「…ん、うん…それは、分かったよ」

はにかんだ杏里ちゃん。やっと笑ってくれた。

「でも、ごめんね。大変なことになっちゃって…あれ、みんなの大事な物なんだよね」
「いいよあんなの。それより杏里ちゃんがショック受けてないかが心配だな、僕は」
「私は大丈夫。ありがとうトド松くん」
「ううん、僕のことは気にしないでいいからね」

だって僕のコレクションはあの中にないからね。
今日杏里ちゃんが家に来るってことは分かってたんだから、万が一のこと考えて安全な場所に移動させとくのは当然でしょ常識的に考えて。
まあ兄さんたちのが見れなくなるのは残念だけど。
兄さんたちの断末魔を聞きながら、杏里ちゃんと一緒に嵐が過ぎ去るのを待った。


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