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クリスマス前日譚2


バイトをしようと決めてから数日が経った。
クリスマスイブも間近に差し迫っている最中、俺は街中を歩いていた。バイトではなくただの徘徊。
杏里ちゃんへのプレゼントのためにバイトをして金を工面しようと考えついたまでは良かった。問題はどこで働くかだ。
チョロ松の持ってた情報紙に載っているような所はやたらと『明るい雰囲気です!』『皆仲のいい職場です!』とアピールしてきていて、そんな場所で俺みたいな人間が働き続けられるわけがないと思い即却下した。
ならば以前班長まで上り詰めたブラック工場に行こうかとも思ったが、あれは精神がやられる上に入ってくる金も微々たるものだった。却下だ。
猫カフェはどうだ。前に研修だけ受けたことがあったが、理由もよく分からないまま辞めさせられた。ちゃんと猫に擬態していたというのに何が悪かったのか。これも却下。
兄弟と行った工事現場での肉体労働や漁に出るって方法もある。ただあれは仕事場が遠く、なかなか時間が取られた。クリスマスまでに帰って来られるか分からない。
それに俺はクリスマスまでに金が稼げればいい。一般的に募集しているバイトは大抵長期就業を前提としているし、金がもらえるのもすぐじゃない。給料日ってのがあんだろ。それまで待てない。
なので俺は未だにニートのまま、焦りを募らせ街をぶらついている。
手当たり次第に仕事探せばって?んなことできてるならニートやってないよね今まで。
何度となく通ったコンビニに今日も足を運ぶ。昨日と変わらない情報しか載ってない。それを確認しコンビニを出る。その繰り返し。
出てきたばかりの店先で立ち尽くす。片手には一応持ってきたフリーペーパー。けどすぐゴミになるだろう。
これまた一応持ち歩いている猫カフェでの面接に使った履歴書も、もう俺と同じくらいのゴミでしかないと感じざるを得ない。
相変わらず財布の中には小銭だけ。
いっそ競馬で一攫千金…いやそれこそないだろ。クズの鑑のようなおそ松兄さんじゃあるまいし。
着実に金を手に入れたいからこそ自分の中のクズを圧し殺しバイトの道を選んだのに、これじゃ就職情報紙を読んだだけで就職した気になってるチョロ松の奴と何ら変わらない。
無意識にため息をついたらしく目の前が真っ白に濁った。雲り空と重なって余計に気が滅入る。

「あのー、もしかして猫のお兄さん?」

白曇りの景色の端から人の顔が覗いた。女の子だ。
猫のお兄さんって何だ?誰?
俺が聞かないうちにその女の子は「あ覚えてないですよね〜」と軽い調子で話し始めた。全体的にリア充の雰囲気でこっちは内心びくついてんのに。

「けっこう前に、大学前のコンビニの脇で友達と一緒に猫撫でさせてもらった者です」
「……あー……」
「っても顔までは覚えてないですよねー、私はお兄さんの顔覚えてましたけど。あはは」

杏里ちゃんとまだ付き合ってない頃に女子大生二人が話しかけてきたことが確かにあった。基本女の子に話しかけられることなどないので覚えている。

「あっ、でも誤解しないで下さいね。時々学校の側で見かけるから顔覚えちゃっただけでストーカーとかじゃないですから」
「いや…そんなこと思ってないから」
「なら良かったー」
「…」
「あのー、偶然会ったついでに聞きたいんですけど、お兄さん彼女います?」
「え、……いるけど」
「あーやっぱり。友達がフラれたーって言ってたんで」

…そういえばもう一人の子に連絡先渡されたこともあった。
結局何も返事はしてなかったけどこういうのって連絡しなきゃいけないもんだったとか?まさかこの子はそれを責めに話しかけてきたのか?それ以外あり得ない気がしてきて不安か興奮か分からない震えを感じた。

「…えっと…」
「あー、こんなこと言っといてなんですけどあんまり気にしないで下さい。お兄さんに彼女さんいるっぽいって分かってからあの子も彼氏できたんで」
「あ、そう…そりゃ良かった」

本当に。

「今日は彼女さんと待ち合わせですかー?」
「いや、バイトを…」
「へえ、バイト探してんですかぁ」

思わず言ってしまった。なんかこの子のペースに乗せられて。
今思ったけどこの子十四松の雰囲気にちょっと似ている気がしなくもない。掴み所のない感じとか。

「どんなやつを?」
「え、あー、と…クリスマスまでに辞めれるやつ…」
「短期バイトですか」
「…けど、なかなか見つかんなくて」
「そーですねぇ、クリスマスイベントやってる店とかなら短期で募集してそうですけど」
「……なるほど」
「うちの近くの洋菓子店でもそーいう募集の貼り紙見たことありますよ」
「…どこそれ」
「行ってみます?こっからもそんな遠くないですよ。確か性別問わずだったはずですし」

頷くと「じゃーこっちです」とためらいもなく歩き始めた。この流れに若干ビクつきつつ何となくついていく俺。
一回話したことあるだけの女の子にバイト紹介してもらうってどういう状況?
あ、これ何かの勧誘だったりして…宗教とかマルチとかの。もしそうだったら即帰ろう。帰ってまた何者にもなれないクズに戻ろう。
彼女の話に相づちを打ちつつそんな風に考えていたが、着いた先は何の変哲もない個人経営らしいケーキ屋だった。隣近所にも飲食店があり、クリスマス限定メニューの看板が出ていたりする。
ケーキ屋のドアの横には、『短期バイト募集!(※12/24まで)若い方で男女問わず、詳しくは店長まで』等と書かれた貼り紙があった。

「これ貼られてるってことはまだ募集中ってことですね。店員さんに聞いてみましょっか」
「あ…」

俺が何も言わないうちに、その子は「すいませーん」と店に入っていった。
まだ決めたとか言ってねーんだけど。…まあこの強引さは助かるっちゃ助かる。
俺も覚悟を決め、後に続いて店の中に入った。



結果から言うと、奇跡的にバイトには受かった。
仕事内容は主にクリスマスケーキの予約受付と販売。
休憩有りの午前十時から午後七時まで。最終日のイブは午後十時まで延長。日給手渡し。
基本男の店長一人で回しているので、客足が増えるこの時期に臨時のバイトを雇うことにしたらしい。
正直こんな顔面の人間が即決で雇われるとは思わなかった。しかもケーキ屋…色々と大丈夫か。
とにかく受かったことは受かった。このバイトで手に入る金を合計すれば、杏里ちゃんへのプレゼントの十分な資金になる。
紹介してくれた女の子に礼を言って一人店を後にした俺はしかし、新たな問題に直面していた。
バイト期間はイブまで。
つまり、イブに杏里ちゃんとは遊べなくなる。
苦渋の決断だった。死ぬほど悩んだ。
イブもクリスマスも両方会いたいと言ったのは俺だ。けど、ちゃんとしたプレゼントを贈りたい気持ちの方が上回った。その為にはイブの日にもバイトをしないと金が足りない気がする。
今まで杏里ちゃんから貰った物を思えばそれでも全然足りないけど、今からここより給与のいい別のバイトを探すより、即決してくれたここで働く方が安牌だ。
だからそう、仕方がない。
さっきからポケットの中で握りしめていたスマホをのろのろと取り出した。
…杏里ちゃんに何て言おう。
自分から約束取り付けといてやっぱ無理とか、いかにも俺らしいクズっぷりを晒している。
しかし決まった以上連絡はしなければならない。気が重い。
これで杏里ちゃんに振られたらどうしよう。
連絡したくねぇ…何でイブにもバイト入れますとか言っちゃったんだ?
クズのくせに張り切っちゃって柄にもないったら……でも、杏里ちゃんにいい物あげたかったし……
痛む胃を押さえ路地裏に入り込んだ。
喧騒が遠ざかる中、杏里ちゃんの番号を選択する。
何度かのコール音の後に『もしもし』と柔らかな声が聞こえた。

「…俺、だけど」
『うん。ふふふ、一松くんだね。どうしたの?』
「あの………クリスマス、だけど」
『うん』
「…えっと、…イブ、に予定入って…その、会えなくなった」

クソ言いたくないこんなこと…よりによって自分の口から。

『…そっかぁ。おそ松くんたちとどこか行くの?』
「違う、けど…その、用事入って…」

なるべく杏里ちゃんには何も感付かせたくなかったので言葉を濁した。
例の雑誌にも“せっかくプレゼントをもらっても、手に入れるまでの苦労を自慢げに語られると幻滅”とか書いてたし。杏里ちゃんに幻滅されるリスクは少なくしたい。

『分かった…じゃあクリスマスには会えるのかな?』
「クリスマスはもちろん、死んでも行く」
『ふふふ…それじゃ、クリスマスにね!何したいか考えといて』
「うん。杏里ちゃんも」
『……あの、一松くん』
「ん?」
『…ううん、やっぱり何でもない。クリスマス楽しみにしてるね』
「…ん。俺も」

電話を切り、ゴミ箱の横にうずくまった。杏里ちゃんの優しさが胸に刺さる。
あーやだやだ。金がないって本当終わってる。世の中金だ。
いつかのクリスマスにハタ坊の豪華客船見て学習してなかった俺のせいでもあるけど。
……ハタ坊!!そうだよあいつに金借りりゃ良かったんじゃねえの!?そうすりゃ……
いや、やっぱなし。杏里ちゃんへのプレゼントがハタ坊から贈られてるみたいになる。
それはなんか、やっぱり違うだろ。
上手く言えないけど、ちゃんと俺からのってことで渡したい。
スマホをポケットにしまって立ち上がった。
明日からイブまで俺は社会の歯車となる。杏里ちゃんの為だけに。
しばらく猫達の見回りにも充分時間を費やせないだろうから今日中にたっぷり構いに行こう。
あー…明日何時起きだろ。起きれんのか俺。


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