×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



支払いは体で2


「おじゃまします、みんな久しぶりだね」
「そ、そだね〜」
「あ、これバイト先の新商品なんだ。良かったらみんなで食べて」
「うん、ありがと…」

杏里ちゃんはいつもと変わらない。バイト帰りだからかちょっぴり疲れてるようには見える、でもそれ以外は変化なし。
認めたくない。僕らにとって奇跡に近いこの女の子が、不純異性交遊をしているなんて。
そりゃ大学生とバーベキューやってもマルチの神としかお近づきになれなかったような僕らではあるけれど。
杏里ちゃんは襖にくっついたままの黄色いテープを「ドラマでこういうの見たことある」と笑いながら居間に入ってきて、紫のもこもこに目が釘付けになっていた。

「なあにこれ?大きい毛玉?」

もこもこは怯えていて顔を隠している。

「え、ああ…ちょっと今預かってる化け物」
「ば、化け物?生き物なんだ…ペット?」
「うんまあそんなもんかな」
「へえー、大人しいね。触っても大丈夫?」
「うん」

杏里ちゃんが化け物の側に座った。すごく興味を示してる。
元一松兄さんだとバレて怖がられたら今後の二人の関係にとって良くないんじゃ、ととっさに事実を隠してしまったけれど、そんな心配はいらなかったみたいだ。
化け物を興味津々で観察していた杏里ちゃんは、顔があるのを遂に発見して「一松くんに似てる!」とはしゃいでいた。

「体紫だし、一松くんっぽいね。あ、猫ちゃんにも好かれてるんだ。ふふふ」

あげく、「もこもこだー」と言いながら思いっきり抱きついてた。
これで人間に戻るかと思ったけど、微妙に顔がデレただけでそうはならなかった。化け物の心の闇は深かったらしい。

「それで、話って何かな?一松くんに呼ばれて来たんだけど…いないのかな」
「あ、あー…そう、一松兄さんには代表で連絡取ってもらっただけで、今はちょっと席外してて…」

言葉に詰まっていると、後ろから背中を小突かれた。
四人の兄が「お前が言え」と目で訴えてくる。

「ちょっ、何で僕なの!」

小声で反抗する。

「言い出しっぺはお前だから」
「一松はこの通りだし」
「一番リア充に近いお前なら上手く立ち回れるはず」
「トッティ!」
「チッ、いっつも末っ子が損するんだから…」
「どうしたの?」
「あ、ううん、何でもないよ!」

杏里ちゃんが不思議そうに見てくる。あ〜あ、結局僕がやるのか…
化け物の手を握っている杏里ちゃんを前に、咳払いを一つ。

「杏里ちゃんに直接聞きたいことがあってわざわざ来てもらったわけなんだけど」
「うん」
「えーと…杏里ちゃん、彼氏できた?」
「ううん、いないよ?」

てことはあいつはまんま客ってことか…?

「あれ?そうなんだ。実はね、うちの兄さんたちが、杏里ちゃんが男の人とデートしてたって言うからさぁ」

軽い調子で言ったものの、杏里ちゃんの顔から表情が少しずつ失われていった。
嘘だろ何この反応!

「杏里ちゃん?」
「…それ、今日の話…?」

杏里ちゃんが力なく聞いてくる。

「うん。あと、その……………男の人から、お金もらってた?」
「………」

杏里ちゃんが完全に沈黙してしまった。
部屋の空気が重い。

「ほんとなの、杏里ちゃん」
「………うん…」

うわぁぁぁ現実だったよ…!
本人に肯定されると改めてショックだ。兄さんたちも言葉を失っている。化け物の急激な衰弱もやばい。
でもおそ松兄さんが言ってたみたいに開き直られなかったのが、不幸中の幸いかなぁ…杏里ちゃんの良心は残ってたんだ。
そうそう、ていうかまだ決まったわけじゃないから。

「あ、あのさ、立ち入った話で申し訳ないけど、何でお金を…?」

恐る恐る聞くと、杏里ちゃんは青ざめた顔を少し上げた。

「…じ、実は…………借金があって」
「「「「「借金!?」」」」」

五つ重なる声。さすが六つ子。
いやそれより杏里ちゃんが借金って…!?

「どういうこと?どこかからお金借りてたの?」
「ううん、そうじゃないの…」
「家の事情とか?」
「学費?」
「ううん…」

弱々しく首を振る杏里ちゃん。

「詳しくは、話せないんだけど…急いでお金作らなきゃいけなくて」
「家族は知ってるの?」
「…ううん。でも、私が悪いから……とにかく早くお金返さなきゃいけないの。だから…その…」
「ってことは、杏里ちゃんは男とデートすんのやりたくてやってるわけじゃないってこと?」

おそ松兄さんの言葉に、泣きそうな顔の杏里ちゃんがおずおずと頷く。
僕らは顔を見合わせた。
杏里ちゃんがトラブルに遭って仕方なく、という事情が分かった以上、放っておくわけにはいかない。

「その借金ってどれくらいあんの?」
「…ご、五百万…」
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
「なっ、何その金額ー!?」
「どういうわけでそうなっちゃったの!?」
「ごめん…人には言えないの。そういう約束になってて…」
「約束って…」
「誰に返すかも言えない?」

杏里ちゃんは頷いた。
うーん、助けてあげたいけど、事情が分からないと迂闊にフォローできそうにないかも…
ていうか五百万って何なの?普通の学生が急にそんな借金背負わせられることなんてある?
でも杏里ちゃん、自分が悪いって言ってたな…男とデートすることも、『約束』の範囲なのかもしれない。
部外者の僕らニートにできることって何かあるのかなぁ…
しばらく沈黙が続いた後、おそ松兄さんが突然「あ」と声を上げた。

「杏里ちゃん、人に話せない事情ならそいつに話しなよ」

指差したのは、今までの話を無表情で聞いていた化け物。

「え、この子に…?」
「そうそう。実はそいつ、人の悩みを食べてくれるんだよ。ほら、バクみたいに」
「おそ松兄さん、それって夢じゃ…」
「細けーことはいいの!困った時には猫の手でも化け物の手でも借りよーぜ。意外に何とかなるかもよ?なっ」

おそ松兄さんってマジこういう時の機転の効かせ方何なのほんとナイスだよ!
一松兄さんが一番杏里ちゃんの力になりたいって思ってるだろうし、詳しい事情を聞き出せれば何か突破口が見つかるかもしれない。
おそ松兄さんに背中を押されて、杏里ちゃんは握ったままの化け物の大きい手を見て、次に顔を見上げた。

「……聞いてもらえる?」

化け物は無言で頷いた。
その瞬間、少し杏里ちゃんの顔が和らぐ。誰にも言えずに、ずっと不安だったんだろうな。

「そんじゃ俺たちは一旦外出るから」
「あ…うん、ありがとう」
「ちゃんと聞いてやれよー」

兄さんたちと席を立って廊下に出る。
襖を閉める直前に、化け物が杏里ちゃんの手を握り返すのが見えた。







特に急いでいたわけじゃないけど、その日は少し早足になっていたと思う。
考え事してたんだったかな。でも何を考えてたか忘れてしまった。
車も人通りも少ない道だったから、つい周りにあまり気を配らないで歩いてた。
道の端に止めてある、大型の車の側を通り過ぎようとする時も、注意しないまま歩いてて…
車の陰から出てきた人にぶつかってしまった。

「きゃ…!」

ぶつかった拍子に、私は後ろへ二三歩よろめいた。
同時に、目の前で大きな音がした。ガシャン、って道に何かが叩き付けられたような音。
見ると、原形が分からないぐらいにパーツが飛び散った何かの機械。
血の気が一瞬で引いた。私がぶつかったからこんなことに…!

「すっ、すみません…!!」

慌てて顔を上げると、何度か見たことのある顔。
一松くんたちの昔からの知り合いというイヤミさんだった。

「あーっ!チミ、何をしてくれたざんすか!!」
「す、すみません、本当にごめんなさい…」
「ごめんじゃ済まないざんすよ!!人の物壊しておいて!!」
「すみません、弁償します…!」
「弁償ったって…おやァ?チミは…」

イヤミさんも私に気付いたみたいだった。
怒りの表情が、何かを考えるような顔つきに変わっていく。

「あ…あの…」
「……チミ、本当に悪いと思ってるざんす?」
「お、思ってます」
「なら弁償してもらうざんす。一ヶ月以内に五百万」
「…ご…っ…!?」

とんでもない金額に頭が真っ白になった。
床に散らばる機械の残骸を見るとそれほど大きな物でもなさそうだけど、五百万の価値があるものだったなんて…
しかも一ヶ月以内って、どうしよう、どうやって払えば…!?

「耳揃えてきっっっちり返してもらうざんすよ!」
「ま、待ってください…すみません、一ヶ月では…」
「そういえばチミは学生か何か…」
「は、はい、そうです。大学生です。バイトはしてますけど、貯金はあまりないので…でも、か、必ずお返ししますから…!」
「ちなみに何のバイトざんす?」
「ケーキ屋で接客を…」
「ああぁダメダメ!そんなの一ヶ月どころじゃ返せないざんすよ!」

確かにイヤミさんの言う通り、バイト代だけじゃすぐに五百万なんて貯まらないよね…
ああ、でもどうすれば…!

「…ミーにいい考えがあるざんす」

イヤミさんが髭を撫でながら、どこか済ました顔で言った。

「な、何ですか…?」

私の肩を抱いて建物の間の暗がりに入ったイヤミさんは、きょろきょろと辺りを見回してからにたりと笑った。

「チミの頑張り次第であっという間に大金を手にできるお仕事があるざんすよ」
「…え」
「やるざんす?とは言ってもチミには選択肢なんてないようなものざんすが」

あっという間に大金。
そんな上手い話、普通に考えたら怪しすぎる。
怪しすぎるけど…
私が機械を壊しちゃったせいだもの。イヤミさんの言う通り、選択肢なんてない。
けど、一応聞いてみようかな…

「あの、期限を少し延ばしていただくのは…」
「何が何でも一ヶ月ざんす。これでもかなり譲歩したざんすよ〜?本当なら今日から使い始める機械だったざんす、その損害を考えると…」
「う、す、すみません分かりました…!」

だめだ、期限は延ばしてもらえなさそう。
こうなったらイヤミさんの話に乗るしかない…!
自分で撒いた種だし、自分で何とかしなきゃ。

「それで、そのお仕事って…?」
「これざんす」

イヤミさんが懐からチラシを取り出した。
可愛い女の子が二人並んでいる。
その上に大きく書かれた文字。

「…レンタル彼女…」

聞いたことある。一松くんたちが騙された…とか言ってたっけ。
え、じゃあこれ…!

「さ、詐欺にならないですか?」
「詐欺?ああ、このチラシは使わないざんすよ?ちゃんと別のを…」
「あ、いえそうではなくて、男の人を騙してお金を取る仕事なんじゃ…?」
「チミ、何か勘違いしてるざんすねぇ。レンタル彼女っていうのは、お金を貰う代わりに客の恋人らしく振る舞えばいいだけの簡単なお仕事ざんすよ」
「そうなんですか?」
「そーざんす。チミがお金に見合うだけの振る舞いをすれば、五百万なんてすーぐざんす!ほら、料金表も渡しとくざんす」
「は、はい…」

意気揚々と話すイヤミさんから分厚いファイルのような物を渡されて、少し途方に暮れた。
レンタル彼女かぁ。本物の恋人もいたことないのに私にできるかな…
それにもし無茶な要求をされたら……

ううん、できるできないじゃなくて、やらなきゃいけないんだ。
五百万円を返さなきゃいけないんだから…!

「分かりました、やります…」

願わくは、一松くんたちには見られませんように…!
レンタル彼女にいい思い出ないって言ってたもん。私がやってるところなんて見られたら良く思われないかもしれない。
その日はイヤミさんと連絡先を交換して別れた。
仕事が来たら連絡するって言われたけど、五百万返せるほどお客さん来るのかな…
うう、気が重い。でも頑張らなきゃ。


*前  次#


戻る