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「ごめん、友達いたからちょっと話し込んじゃってた」と写真を片手に戻ってきた春香に、いいよと笑って返す。
それから、明日急にバイトが入って来れなくなっちゃった、と嘘をついた。

「そっか、じゃあ告白は次回にお預けだね」

私より残念そうに言う春香に曖昧に笑って、片付けを終わらせる。
春香にサークルのプチ打ち上げに誘われたけど、それも断って一人学校を出た。
歩いて歩いて、気が付けば自分の家の前。
ガチャリ、と鍵の開く重い音と、背後で静かに閉まったドアの音。
そこで初めて涙が溢れてきて止まらなくて、玄関先から一歩も動けずにうずくまった。
一松くんとの思い出が走馬灯みたいに流れ出す。
あれがだめだったんだ、これもだめだったんだ、って今さらどうにもならないことを自己嫌悪と共に思い返して、また泣いて。
好きになってもらえなかっただけじゃない。
余計なことを言ったせいで、友達にも戻れなくなってしまった。
最低。もしかしたら、なんて調子に乗ったりするからだ。
一松くんは私のことそんな目で見てなんかないって、今までにも何度も感じる瞬間があったのに。
それでも、一松くんが優しいからずっと勘違いしてしまってた。
きっと私に呆れてるんだ。気持ち悪いって思われてる。
ばかだ。ばかみたい。

ぐるぐると考えて、泣き通しでなかなか眠れなくて、翌日起きたのはお昼を過ぎた頃だった。腫れた目が重い。
スマホには誰からの連絡もなくて少しほっとする。
けど今は誰とも関わりたくなくて電源は切ってしまった。
恋愛成就の猫がものすごく自分を責めてるように思えて、スマホから外して見えない場所に隠す。
何もする気が起きない。お腹も空かないし他のことをして気をまぎらわすこともできない。
私ってこんなに重い女なんだ。
そういうところも一松くんには見抜かれてたのかな。ほんとはずっと鬱陶しいって思われてたのかな。
昨日あれだけ泣いたのに、涙がまたこぼれてきた。
ベッドの上で丸くなって、何も考えないようにただただ時間を過ごした。
今日は文化祭二日目で、明日は文化祭の片付けで学校は一日休み。
しかも明後日は土曜日。バイトも入れていない。
少なくとも四日間は誰とも会わないでいられる。
月曜日からはまた授業が始まるけど、それまでに立ち直らなきゃ。

…早く、忘れなきゃ。



月曜日、友達の前で何事もなかったように振る舞えるぐらいには外面を取り戻した。
春香は文化祭二日目で、会えてなかった残りの三人と話すことができたらしく、写真を撮れたと嬉しそうだった。

「でも一松くんのだけ撮れなかったんだよねー。来てなかったみたい」

名前を出されただけでまだ胸が痛む。
でも、「そうなんだ」といつも通りの口調で返せてはいたと思う。
一人になってからこのことを思い出して、きっと私と会いたくないから来なかったんだなんて考えて少し泣いた。
一松くんと定期的に行っていた野良猫たちの見回りにも行けなくなった。
猫たちが元気なのか心配だけど、もし一松くんと出会ってしまったらと考えたらできなかった。
私の生活って、ほぼ一松くんを中心に回っていたのかも。
早く自分の生活を取り戻さなきゃ。
きっともう、一松くんに会うことはできないんだから。



ちゃんとした告白もできないままフラれてから、しばらく経とうとしていた。
いつものように大学の授業が終わって家に帰る。
今日はバイトもない。買い物の用事もない。出さなきゃいけない課題もない。
でも未だに失恋の傷を引きずっている私は、こうして何をするでもなくぼんやりと時間を過ごすことが増えた。
ベッドに頭を乗せて、目的もなくつけたテレビを眺める。
ちょうど午後のワイドショーをやっていて、ストーカー男が逮捕されたというニュースが流れていた。
あ、だめだ。また一松くんのこと思い出しちゃう。わざわざ私を助けに来てくれた時のこと。
これからあの優しさを、私じゃない他の女の子に向けていくんだろうな。胸がずきずきと痛む。
次の恋を探した方がいいのかもしれない。
でも、一松くん以上の人なんて、今の私には見つけられそうにない。
ため息をこぼした時、インターホンが鳴った。
誰だろう。体を起こして覗き穴から見てみる。
すると、たった今まで考えていた人の顔が見えて体が強張った。
けど、着ているのは赤いパーカー。おそ松くんだった。
そっと深呼吸をしてドアを開けた。

「おそ松くん、どうしたの?」
「あー良かった杏里ちゃんいたよ〜」

安心した顔。何の用事なんだろう。

「いきなりでごめん、実は杏里ちゃんに頼みたいことがあって…」
「頼みたいこと?」
「うん。猫の面倒を見てほしいんだよね、ちょっとの間」

猫。
ある人を思い出させる言葉で顔が強ばる。
おそ松くんはそんな私の様子に気付いていないみたいで、へらりと笑った。

「うちで今猫預かってんだけどさ、外に出しちゃまずい猫なんだよ。ほんとちょっとの間でいいから杏里ちゃんにうちに来て面倒見ててほしいんだけど」
「…でも、猫なら、一松くんが」

やっと名前を口に出すことができた。

「あーいま誰もいないんだよね。ほんとは俺が見てなきゃなんだけど、ちょっと用事で家空けなきゃなんなくて」
「そうなんだ…」
「帰ってくんのも俺が一番早いと思うし……だめ?」

眉を下げたおそ松くんに言われると、だめとは言えなくなってしまう。

「…ううん、いいよ。用事もないし」
「やっりぃ!ありがと!んじゃ早速行こ!」

おそ松くんと一緒に松野家へ向かう。
一松くんと出くわしたりしないか心配だったけど、誰とも会わずに家までたどり着いた。
家に入る前に、おそ松くんが「静かに入って」とひそひそ声で言う。

「猫刺激しちゃまずいから」
「びっくりさせちゃだめなんだ」

私も小声でささやき返した。おそ松くんが頷く。
玄関で静かに靴を脱いで、居間に通された。
中には眼鏡をかけたような猫が一匹。あ、この子…

「それじゃ、杏里ちゃん頼む」
「うん」

おそ松くんが音を立てずに家を出ていって、猫ちゃんと一対一になった。
座ると、そっと膝に乗ってきてくれる。
猫と触れ合うこと自体久しぶりだ。かなり癒されるなぁ。
それにこの子、前に会ったことある。一松くんと初めて会った時の…

『一松くん何してるかなぁ』

いきなり猫ちゃんが喋ってびっくりした。声を上げそうになって、慌てて抑える。
えっ、何で…?どういうこと?
今この猫ちゃんが喋ったんだよね…
あ!そっか、猫が喋る薬!
前にも聞いたことがある、デカパン博士が作ったという薬。
きっとそれを使われたんだ。
確かに、喋る猫が外に出ちゃったらまずいもんね。周りが混乱しちゃうし。
どうして薬を使われたのかは分からないけど、怖がらせないように自分も穏やかに接しようと決めた。
今度は普通にみゃあと鳴いた、のんびりした顔の猫ちゃんに小さい声で話しかける。

「君も、一松くんのことが気になるんだね」

猫ちゃんは可愛く首をかしげて、

『一松くんに会いたいな』

と言った。

「ふふふ、そっか。でも君はいつでも会えるよ。ちゃんと帰ってくるからね」
『一松くんに会いたい』

きっとこの子も一松くんのことが好きなんだろうな。
すごく可愛がられて…ああ、私も猫だったらずっと側にいられたかな。

『一松くんが好き』
「…うん、そっか」
『大好き』
「……うん…」

まるで今の私の気持ちを代わりに言ってくれてるみたいで、言葉が出てこなくなった。
胸がいっぱいになってくる。
どうしよう、もう涙なんて枯れるぐらい泣いたのに。

『一松くんに会いたい』
「…っ、…ん…」

『一松くんがいい』
「…うん……っ」

『一松くんじゃなきゃやだ』
「っ…ふ……ぅっ…」

『一松くんが、好き』
「……わ、わたし…もっ………」

『一松くん』
「………ふ、ぇ………」

猫ちゃんが心配そうに頭をすりつけてきて、泣きながら撫でた。
早く涙を止めなきゃ。おそ松くんが帰ってくる前に。

「っ、だ…大丈夫、だよ…君は、ちゃんと…あ、会える、から……」

しゃくりあげながら、何とか猫ちゃんに涙が落ちないように指で拭う。
呼吸を整えて、猫を撫でながら心を落ち着かせることに専念した。
その時、ガラガラと玄関の開く音。

「ただいまー」

おそ松くんが帰ってきちゃった。本当に早かったな。
慌てて服の裾で目元を抑えた。
猫抱いて泣いてるなんて、変だと思われちゃ…

「あれ?一松そこで何してんの?」

……………………え?

頭が真っ白になって、全ての行動が停止した。
居間の襖が開けられる。
そこには、襖に手をかけて不思議そうにしているおそ松くんと、その横で立ち尽くしている一松くんがいた。



気が付いたら公園のベンチに一人で座っていた。
どうやってここに来たのかは分からない。
走ってきたのかもしれない。心臓の鼓動が早くて痛くて、呼吸が苦しい。
ただあの場から逃げ出したくて、お邪魔しましたとだけは言えた気がする。
猫ちゃんどうなったかな。放り出したりしてなかったかな。
二人にも変な目で見られただろうな。

最悪だ。
諦めなきゃいけないのに、みっともなく泣いて。
絶対気味悪がられた。まだ忘れてなかったんだ、って。
一松くんはもう私に会いたくないはずなのに、まだ好きだなんて。
顔を手で覆って、感情を全部心の中で抑え込もうとする。
久しぶりに一松くんの姿が見られて嬉しくて、それと同じぐらい悲しくて。
いつになったら諦められるのか全然分からない。
今も好きで好きでどうしようもない。
デカパン博士に猫になれる薬を作ってもらおうかな、なんてばかなことを考えるぐらい。

でも直接ではないにせよ、一松くんの前でちゃんと好きだって言えた、はず。
これで改めてフラれて、そしたら少しは気が楽になれるかな。
一つの恋をきちんと終わらせられたかな。
ああ、涙でメイクもぐちゃぐちゃになっちゃった。
周りに人はいないけど、ちょっと恥ずかしい。
帰ろう。帰ってお風呂に入ってさっぱりして、美味しいもの食べよう。
鼻をすすって立ち上がった。
泣きまくったからか少し頭が痛くてふらつく。

そんな私の足に、ふわふわとしたものが当たった。
下を見ると、さっきまで一緒にいた眼鏡の猫ちゃん。ごろごろと喉を鳴らしている。
どうしよう、私と一緒に出てきちゃったのかも…
抱き上げて頭を撫でてあげる。
…戻らないといけないよね。
けど今すぐ行くのはちょっと気まずいな。まだ一松くんもいるだろうし。
そうだ、おそ松くんに連絡して迎えに…
スマホを取り出した手は、誰かの手に掴まえられた。

「……っ…、は……」

目の前で荒い呼吸を繰り返すその人は、今一番会いたくなくて、ずっと会いたかった人。


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