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私がちょっとお茶うけを探すのに手間取っている間に、お母さんが勝手に昔の写真を引っ張り出して一松くんに見せていた。
しかも恥ずかしい思い出ばっかりの。

「もうやだ…」

お母さんを恨みのこもった目で睨む。でもお母さんは全然気にしてない様子で、そこがさらに腹が立つ。

「はいはい、ごめんなさいね」
「……」
「それじゃ、ゆっくりしていってね、一松くん」
「あ、はい…」

お母さんがリビングから出ていった。
不貞腐れた顔のまま、一松くんの前にお茶とお菓子を出す。

「……」
「…お、怒ってる…?」
「……ううん。恥ずかしいだけ…」
「じゃあ、もう全部忘れた」

一松くんの呟きにちょっと救われた。優しいなぁ。

「ほんとに?」
「ほんとほんと」
「ならいいや!お茶どうぞ」
「いただきます」

みーちゃんを膝の上に乗せたままゆっくりお茶を飲む一松くん。
一松くんって、取っ手のないコップだと両手で持って飲むんだ。お行儀良くて可愛い…

「…なに」
「な、何でもない」
「ん?」
「何でもないよ」
「んん?」
「ほんとだってば」
「嘘つけだにゃー」
「みーちゃんが喋った!」

一松くんに片手を上げさせられたみーちゃんが、私の腕をぽすぽすと叩く。
というか、一松くんがにゃーって言ったよ…!
猫の前だとより表情が柔らかくなる一松くんがにゃーって言うとほんとに可愛い。やっぱり一松くんみたいな猫がいたら絶対飼いたい。

「なに笑ってんの」
「え、わ、笑ってた…?」
「何か変なこと考えてたでしょ」
「全然変なことじゃないよ!」
「じゃ何考えてたの」
「う…あの…」
「ひどいよねぇ俺は忘れてあげたのに…」
「ううう」
「あ、今靴脱げてるのに気付かないで走ってたの思い出した」
「わーっやめてやめて!言うから!忘れて!」
「あれ、杏里ちゃんの小学生の時ってどんなんだっけ」

表情を変えずにしれっと言い放つ一松くんに勝てる気がしない。たまに一松くんは意地悪だ。
でもこういう会話ができるのが楽しいって思う。
しぶしぶ、一松くんみたいな猫を飼ってみたいと思ったことを話した。

「…前も言ってたよね」
「うん。絶対可愛いと思うよ!」
「首輪とか付けて?」
「うん。あ、でも一松くん自由な野良猫って感じもするからなぁ。家で飼われるの嫌いそう」
「こういう家でなら飼われたい」

一松くんがぐるりと部屋の中を見回した。

「松野さんの家じゃなくて?」
「あいつら猫の餌も食いそうだから嫌」
「っあはは、おそ松くんたちも雑食なんだね」
「意地汚いって言っていいよ」

一松くんに指先で頭を撫でられているみーちゃんが気持ち良さそうに目を閉じている。
いいなぁ。

「うちで一松くんを飼ったら、こういうので遊んであげるよ」

いつか一松くんと一緒に買いに行った猫用の釣竿を取り出す。
みーちゃんがぴくりと反応した。

「お前これ好きなんだ」
「お気に入りみたいだよ。一松くんやる?」
「…やる」

一松くんに釣竿を渡したら、みーちゃんが戦闘体勢になった。
ぴこぴこと釣竿を動かすと、床に降りたみーちゃんが一生懸命追い始める。
あ、一松くんがすっごい楽しそう。その一松くんを見てるのが楽しい。
しばらく一松くんとみーちゃんの戯れを見ていたら、お母さんがリビングに顔を出した。

「杏里、衣替えするんじゃなかったの?服は入れ換えた?」
「あっ…わ、忘れてた」

何にも用意してない…!

「ごめん一松くん、ちょっと席外すね。みーちゃんと遊んであげて」
「任せて」

ああ、もうちょっと見てたかったな。
完全に一人と一匹の世界になった空間を後にして、自分の部屋に入る。
リュックに入れてきた季節物の服をクローゼットにしまって、これから必要になりそうな服を入れていく。
ただ、去年は手当たり次第に選んでいたけど、今は一松くんが可愛いって言ってくれそうな服を考えながら詰めている。
服の選別作業をしている途中、春香からメッセージが来た。
今からトド松くんと遊ぶけど一緒にどうかな、だって。
春香とトド松くんって仲いいんだなぁ。結構会う仲なんだ。
そういえばトド松くんとどうやって知り合ったのかも知らないな。
今実家に帰ってるから行けない、というのと、よくトド松くんと遊ぶんだねというのを送ってみた。

『そうかな?まあ一緒にいてて楽しいしね』
『今日は二人で遊ぶの?』
『そうだよーカラオケ行くよ』
『デートみたいだね!』
『うふふ』

うふふ、ってどういう意味だろう…!
もしかして、春香ってトド松くんのこと好きなのかな…?聞いたことはないけど、よくトド松くんの話は聞くな。
私だって一松くんと付き合ってはないけど、私は好きだし、二人で遊びに行ったりするし…春香も同じかも、しれない…?
もしそうだったら応援したいな。
あ、また春香から。

『それじゃあまた今度!次は一松くんも呼んでね!』

…これもどういう意味なんだろう…?
えっ、もしかして、春香も一松くんのこと好きなのかな…?
も、もしそうだったらどうしよう。
春香ってこんな感じで自然に誘えたりするから、もし一松くんと仲良くなったらきっといっぱい遊びに行くんだろうな。
私とは違って遊ぶ場所も楽しいこともたくさん知ってるだろうし…
一松くんと春香ってそんなに接点はないはずだけど、でも一松くんは知らない子にナンパされるぐらいの人だし…
どうしよう…どうしよう…!
って、まだ決まったわけじゃないよね。春香は何も言ってないんだし。うん。
気持ちを落ち着かせて、『いいよ!また遊ぼうね!』と返事をした。
服を詰め替えたリュックを持ってリビングに帰ってくると、一松くんの膝の上で完全にリラックスした状態のみーちゃんがお腹を撫でられていた。
うう、うらやましい。

「すっかり懐いちゃってるね」
「人懐っこい方だよね」
「うん、どっちかっていうとそうかな」
「杏里ちゃんに似てる」
「みーちゃんが?」
「うん」
「そうなのかな。よくペットは飼い主に似るっていうけど、それなら私よりお父さんやお母さんに似てる気がするよ」
「お父さんってどんな人なの」
「えーっと、穏やかな人かな。昔からあんまり怒られたことがなかったんだ。むしろお母さんの方が怒るよ、うち」
「え、あのお母さんが?」
「そうだよ」
「お父さんは聖人かなんかなの?」
「ふふふ、そんなことないよ。普通の人だよ。あ、ちょっとぼんやりしてるかな」
「ふーん。それで杏里ちゃんみたいな子ができたんだ…」
「えっ、それどういう意味?」
「何でもない」
「お、教えてよー」
「何でもない」

一松くんはいくら聞いても答えてくれなかった。
私もぼんやりした子って思われてたってことかな…


そろそろ家に帰る時間が来て、お母さんは私の両手にお土産をたくさん持たせた。

「大きい物は後でアパートの方に送るから、一松くん達と分けなさいね」
「分かった」
「今日は一松くんとお話できて良かったわ。また遊びに来てちょうだいね。この子も待ってるから」
「あ…ありがとうございます。…お土産も」

お母さんに抱かれているみーちゃんを名残惜しそうに撫でた一松くんは「お邪魔しました」と頭を下げた。

「それじゃ、行ってきます」
「気を付けてね」

家を出るとすぐ一松くんが「持つから貸して」と言ってくれた。気遣いが嬉しかったので素直に甘えることにする。
電車を乗り継いで最寄り駅に着いた時には、日が傾きかけていた。
帰り道の途中で大きな橋を渡る。太陽の光が水に反射していて少しまぶしい。

「…あ!そうだ、私思ってたことがあったんだ」
「なに?」
「一松くんたちの小さい頃の写真も見たいな」
「えっ」
「六人で揃って入学式とか、あったんだよね。見てみたいなー」
「…別に、今と変わんないよ」
「見たいなー」
「ごり押しですか…」
「私のも見たでしょ?」
「忘れてほしかったんじゃないの」
「じゃあ、忘れなくていいから見たい」
「……」

あ、ちょっとしつこかったかな…
黙った一松くんを見て少し焦った。

「あー…俺は別にいいんだけど」
「うん」
「今アルバム封印してるから…」
「封印?」
「…言っとくけど恥ずかしい写真があるわけじゃないからね。ただ過去を改めて振り返るのが怖いっていうか」
「怖い?」
「え?そんな思い出あったっけ?」
「わ!え!?十四松くん!?」

普通にいつの間にか隣にいて会話に参加してたからびっくりした。
一松くんも今気付いたみたいで「いつからいた!?」と珍しく声を荒げていた。
でも十四松くんは全然気にしてないみたい。

「えー?ごめんごめん!二人が歩いてるの見えたから。それより何の話してたの?」
「みんなの小さい頃の写真が見てみたいなって話」
「あ、待っ…」
「ぼくたちの?いーよ!今から見に来る!?」
「えっ、いいの?」
「いーよー!でもどこしまったのかは忘れちゃったけどー。ねえ一松兄さん?」
「いや、あー…」

どうやら封印したいのは一松くんだけみたい。十四松くんはきっと昔からこんな感じで変わらないんだろうなって気がするけど、一松くんは今と違うのかな。

「十四松くんの小さい頃ってどんなのだったの?」
「え?ぼく?ぼくはねー」
「十四松!!これ取りに行ってこい!!」

一松くんが急に何かを投げた。木の棒だ。わぁ、すごく遠くに飛んでいく。
その棒を追いかけて、十四松くんが四足歩行で走り去っていった。あっという間に見えなくなってしまった。

「…えっ」
「はっ…!あ、いや…違うその、いつもこういうことしてるわけじゃ、ないから…」
「十四松くんって四足歩行でも速いんだね…!」
「……ああ、杏里ちゃんってそういう子でしたね…」

一松くんが大きく息を吐いた。

「あんまり昔のことに触れちゃいけない感じ?」
「いや、いいんだけど…基本的にはいいんだけど」

カラーじゃない方は大丈夫か…とかぶつぶつ言っている。
若干地雷の話題だったみたい。話を変えよう。

「北海道のお土産、何だろうね?私もまだちゃんと見てなくて」
「え、あ…そうなの」
「多分食べ物だと思うけど…あ、お酒もある」
「あいつらにすぐに食い尽くされるな」
「足りるかなぁ…」
「文句言う奴はぶっ飛ばすから心配しないで」
「あはは、みんなで仲良く分けてね」
「何を!?」
「わーっ十四松くん!?」
「だからいきなり出てくんなって!!」

び、びっくりした…!
木の棒を持った十四松くんが普通にいた。早いな、もう取ってきたんだ…!
棒を律儀に一松くんに返した十四松くんは、今度は「ハウス!」と言い付けられてまた嵐のようにいなくなっていった。
一松くんが何だか疲れた顔をしている。

「…」
「…」
「…あいつがさ…」
「え、うん」
「昔からああだったら怖いでしょ…」
「そ、そうかな」
「俺らですらもうあいつが何なのか分かんないんだよ」
「兄弟じゃなくて?」
「いや、兄弟は兄弟なんだけど…あいつの正体が謎」
「そういえば十四松くん、前に自分が一番謎って言われた、って言ってたな」
「え、あいつ自覚してんの…!?」
「ううん、自分じゃ分かんないって」
「だよねぇ…」
「でも昔と今で違うより、昔から変わらない方が安心するかな、私は」
「…そんなもん?」
「うん」
「ふーん…杏里ちゃんが言うならそれでいっか」

一松くんの中で何か納得できたみたいだ。
十四松くんの謎って一体何なんだろう?
それも気になるけど、一松くんの昔も気になるな。いつか見せてもらえたらいいな。


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