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さっきまでの緊張が全て緩く溶けだして、温かな安堵感でいっぱいになる。
声はまだ出せなかったけれど、この人は私の知り合いなんだってことを示すためにぎこちなく手を動かして一松くんにすがり付いた。
相手の人は何も言わず、急いで遠ざかる足音だけがする。
実際には一瞬の出来事だったんだろうけど、恐怖で立ち尽くしていた時間はとてつもなく長く思えた。

でも助かった。
一松くんが助けてくれた。

「…大丈夫?」
「………ん…うん」

もう危険は去ったのに、喉で声がつかえてしまって頷くことしかできない。
背中にあてられた一松くんの手で、自分の体がひどく震えているのに気付いた。
怖かった。一松くんが抱きしめていてくれなければ、地面に座り込んでしまいそうなぐらい。

「…あっ、ご、ごめん、抱きついたままで…」
「いいよ別に」
「…来てくれてありがとう」
「…ごめん、もうちょっと早ければ」
「ううん。本当に、助かった…」

軽い会話を交わしたら、少し気持ちが落ち着いてきた。
ゆっくりと一松くんから身を離して、深呼吸。でも、手はまだ一松くんの服を掴んだまま。
後ろを見返ると、誰もいない静かな商店街に戻っていた。

「もう行っちゃったよね…」
「うん、だから大丈夫」
「びっくりした…いきなり後ろに回られてたの」
「あいつ相当慣れてるね。何がしたいのか分かんないけど」

お姉さんをつけてたのもあの人なんだろうな。
何が目的なんだろう。私は腰を触られただけだったけど…
思い返すと、触られた部分にざわざわと嫌な感じが広がる。
あんな感じで触られるとこんなに気持ち悪く思うものなんだ。

「これからどうする?」
「え」
「一応警察に届けた方がいいと思うんだけど。杏里ちゃんが辛いなら別の日でもいいし」
「…ううん、今から行く」

今あったことを早く話して、パトロールしてもらった方がいいよね。

「付き合ってもらえる…?」
「当然。俺顔見たし」
「た、頼もしい」
「でしょ。安心していいよ」
「ありがとう…」

一松くんすごいな。あの短い時間で冷静に相手の顔を覚えたんだ。
私は誰かいるって気付いた時点で目をそらしちゃったし…こういう時、とっさに動けない自分が少し情けない。
近くの交番に行く、とはいってもここから結構歩かなくてはいけない。商店街を通り抜けた、駅の方に向かわなくては。
コンビニ前を離れて、一松くんと静まり返った薄暗い商店街を歩く。
さっきいつ背後に回られたか全く気付かなかったせいで少しトラウマになったらしく、ちょっとした物音や暗がりに恐怖感を覚えてしまう。
かなりびくびくしながら、辺りをそっと見回しながら進んだ。

「杏里ちゃん歩ける?」
「だ、大丈夫」
「に見えないし。…腕、掴まってていいよ」
「…ありがとう…」

普段なら、心の中で勢いをつけなきゃ一松くんに触るのがためらわれるとこだけど。
今はそんなことよりも何かすがるものが欲しくて、素直に触れることができた。
というか、さっき思い切り抱き付いちゃってたし。かなりパニック状態だったな…
私がぎゅっと密着してたせいで一松くんは歩きづらかったと思うけど、何も言わずに私の歩調に合わせてくれた。

何事もなく交番に着いて、さっきあったことを説明する。
腰を触られただけなので、話を聞いてもらえるか正直不安だったけど、お巡りさんは真剣に耳を傾けてくれた。

「前からそういう奴がいることは情報として入ってるんですが、なかなか見付けられずにいまして…申し訳ない」
「俺顔見ましたよ」
「本当ですか!詳しく話を聞かせてもらえますか」

お巡りさんによると、今まで顔を見た人まではいなかったので、有力な証言になるみたい。
家まで送り届けましょうかとも言われたけど、一松くんが送ってくれると言ったので辞退する。
代わりにすぐパトロールに向かってくれることになった。
ご協力ありがとうございました、と見送られて交番を出る。
お巡りさんに話したらまた気持ちが楽になった…かも。

「家まで送るよ」
「あ…」

やっぱりだめだ。全然落ち着いてない。
もし家がバレていたら、とか、一人になった瞬間突然現れたら、なんて想像がいくつも浮かんできて、帰りたくないと言ってしまいそうになる。

「杏里ちゃん?」
「…ん、ううん、ありがとう」

でもさすがに、これ以上一松くんまで巻き込んじゃうのは…

「…怖いなら、実家の方に帰る?」
「うちの両親、今北海道に行ってるんだ」
「あー、言ってたねそういや…みーちゃんも?」
「みーちゃんも」
「へー。鮭とか食べれてたらいいね」
「…ふふ…うん、そうだね」

笑ったらちょっと気が紛れた。
大丈夫、もうきっと、何も起こらない。大丈夫。

「アパートに帰るよ。だから…あとちょっとだけ一緒にいてもらってもいい、かな」
「ならうち来たら?」
「えっ……でも…」
「こっからだとうちのが近いし。一人になりたくないなら」
「でも、夜遅いし迷惑に…」
「出た『夜遅いし』。六つ子が全員クズニートの家だよ?これ以上迷惑なことなんてないから」
「…いいの?」
「無理にとは言わないけど」
「…じゃあ、お邪魔してもいい?」
「うん」

そう言って一松くんは電話をかけ始めた。

「…あ、チョロ松兄さん?…うん、母さんに代わって。………そう、今日杏里ちゃん泊めるから」
「えっ」

泊めてくれるの?少しの間お邪魔させてもらうだけかと思ってた。
私の声に一松くんはちらっとこっちを向いたけど、そのまま話を進めていた。
松野家に泊まることはもう決定したらしい。
一松くんが「今から帰るから」と言って電話を切った。

「いいの?泊めてもらっても…」
「最初からそのつもりで話してたんだけど…迷惑だった?」
「ううん、ありがとう…本当はちょっと怖かったから」

バッグを抱え直した時、さっき買ったタピオカドリンクの存在を思い出した。コンビニの袋から取り出して一松くんに渡す。

「これ一松くんが来たらお礼にあげようと思って買ったんだ。あげる」
「…ありがとう」
「泊めてもらうんだったら、こんなのじゃ足りないけど」
「気にしなくていいのに。……で、何でタピオカドリンク?」
「この間一瞬で飲んでたから好きなのかなって思って」
「ああそうそうめっちゃ好き」
「よかった」

一松くんたちの家に向かって歩き始める。
ちょっとした暗がりが怖いから一松くんの側からは離れないまま。
途中、どうして私の居場所が分かったのか聞いたら「猫は夜行性だから」という謎の説明をされた。
一松くんも夜目がきくってことかな。

松野家に着くと、「お帰り」とみんなが普通に迎えてくれた。あのドリルちゃんも出迎えてくれて、足にすりついてくる。
特に何も聞いたりしてこないってことは、私が最初に電話をした時に一松くんがある程度話してくれてたんだろうな。
お母様にも事情が伝わっていたみたいで、「怖かったでしょう」と慰めてくださった。
そして二階に案内される。みんなの部屋の向かい側。

「杏里ちゃんごめんなさいね、部屋がニートたちの近くになっちゃうけど」
「いえ、構いません。ありがとうございます」

お母様が布団を敷いてくださる横で申し訳なく佇む私。
一人で帰らなければ、もう少し早く切り上げていれば、いっそ今日ジムに行かなければ、こんな風に厄介になることもなかったはず。はぁ…

「うちなら気にしなくていいから、騒がしいとは思うけど」
「いえ、逆に安心します」
「そう。あの子たちでも役に立つことがあって良かったわ」

何かあったら言ってちょうだいね、とお母様が下に降りていかれた後、部屋の外から私を呼ぶ声がした。

「あ、トド松くん」
「杏里ちゃんもう寝るとこ?暇だったら僕らの部屋来てもいいよ」
「じゃあ、お邪魔させてもらおうかな」

トド松くんに付いて部屋に入ってびっくりした。
パジャマがお揃いだ…布団もみんなで一つの物使ってるんだ!
その布団の中で誰かが暴れていて、他のみんなが遠巻きに眺めている。
バタフライとか言ってるから十四松くんだ。きっと泳いでるつもりなんだろうな…

「いっつも寝る時はこんな感じなんだよね…」

側に来たチョロ松くんが「うるさくてごめん」と言ってくれた。

「ううん、十四松くんっていつでも十四松くんなんだね」
「そうそう、それが十四松なんだよな。杏里ちゃん分かってるねぇ」

おそ松くんに感心されていたら、布団から顔を出した十四松くんと目があった。

「杏里ちゃんぼくたちの部屋で寝るの!?」
「えっ、いや、ここでは寝ないかな…」
「んじゃ杏里ちゃん枕投げやる?」
「フッ、UNOでもいいぜ」
「え〜やっぱ好きな子言ってくのが鉄板でしょ?」
「いやいやいや修学旅行じゃないんだから!」
「何日ぐらい泊まるの!?」
「えっと…今日だけだよ」

十四松くんの問いに答えると、おそ松くんやトド松くんからも「え〜〜っ!?」という反応が返ってきた。

「ずっといてくれてもいいのに〜」
「ぼくたち全然気にしないよ!!」
「いやお前らがどうとかじゃないから!杏里ちゃんの気持ち次第だから!」
「あ、そーだ杏里ちゃんこのまま松野家に就職しない?松野家専属メイド」
「いいねそれ!」
「毎日がスペシャルすぎる!」
「いや、普通メイドって超セレブか忙しくて家事ができない人が雇うもんだろ!?僕達どっちにも当てはまってないからね!?」
「チョロ松兄さん疲れない?」
「だったら静観せずにみんなを止めて一松!」
「杏里ちゃん、眠れないなら子守唄を…」
「ねーねー野球拳は!?」
「それだ十四松!!」
「野球拳しよう杏里ちゃん!!」
「静かにしなさいニートたちィィィィィィィィ!!!!」

静かになった。
止められなかった責任を感じて反省した。
お母様が下に降りられてから、私も部屋に戻ることにする。

「それじゃ私もそろそろ寝ようかな」
「えーやっぱあっちで寝ちゃうのかー」
「僕とカラ松兄さんの間に入りたくなったらいつでも言ってね」
「は?何で俺との間じゃないの?」
「おそ松兄さんは寝相最悪だろ」
「杏里ちゃんが潰されるから却下」
「クズが…」
「おい誰だ今クズとか言ったの?俺にか?俺に言ってんのか?なあ一松?」
「分かってんじゃん」
「てめぇ来いこの野郎ォォ!!」
「え、野球やる!?」
「やらねーよ!!いい加減寝ろよお前ら!!」
「ふふふ」

変わらないやり取りに笑いながら襖に手をかけた。
その瞬間、またさっきの恐怖が背中を走った。

ここを一歩出たら、暗闇……

ううん、誰もいるわけない。ここは家の中だから。

一瞬の迷いは気付かれなかったと思う。
もう一度みんなにお休みを言って、今度こそ部屋を出た。
暗い廊下。一人だけの部屋。
一人だけ、なんて一人暮らしで散々慣れているはずなのに。
すぐに布団に潜り込んだ。頭から被って丸くなる。
大丈夫。ここは誰もいない。
あの時の感触も恐怖も、明日になったら忘れられる。


無理に眠ろうとしてしばらく経った頃、私の部屋の襖が静かに開くような音がした。
感覚が一気に研ぎ澄まされて心臓が震える。違う、こんなとこにいるわけない。
襖はすぐに閉まった。
けど、部屋の中に何かいる気配がする。
嘘じゃない証拠に、布団の端にそれは乗ってきた。
人じゃない、これは…
答えを出す前に、それが布団に潜り込んできて、私の腕の中に無理やり埋まろうとしてきた。

「ドリルちゃん」

小声で名前を呼ぶと、みゃあと鳴き返してくれた。
小さくて温かい存在に心が安らいでいく。

それにしても。
この子が自分で襖を開けて入ってきたんじゃないよね。それなら、襖は開いたままのはずだし…
ということは、誰かが部屋にこの子を入れたということ。

そんなことする人なんて、きっと一人しかいない。


「………ぅぅ……!」


す…好きすぎておかしくなりそう……!!
恐怖とは別のドキドキで眠れなくなる気がして、小さいふわふわを抱きしめて目を閉じた。


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